二.不釣合

 

 

「峰さまは、ご縁は纏まったのですか」

 頂いた茶の湯を吸い切り、碗を鑑賞する峰を見つめて、りくが訊ねた。

 すると峰はどっと大きな吐息をしてから、りくを見ないまま頷いた。

「一応は、纏まりましたけど……」

「まあ、それはようございました。どちらへ嫁がれるのか、お訊きしても?」

 すると漸く峰がそのつぶらな眼をりくへ向けた。

 しかし縁談が纏まったというわりに、峰の顔が苦々しく歪んだところを見ると、手放しで喜べる縁では無いのだろう。

 峰の家は藩屈指の名家であり、その父は元家老で、今は峰の長兄・太兵衛が家督を継いでいる。

 りくの父・竹内丈左衛門は郡奉行を勤めて四百石を喰んでいるが、峰との家格の差は歴然だった。

 しかし峰とは同い年で、茶の湯で同じ師についていたこともあり、何かと顔を合わせるうちに親しく付き合うようになったのである。

「お相手は従兄弟殿です、宇多家のご嫡男。私より五つも年上のくせに、隼人さまはいつも私に意地の悪いことを仰るから好きではないわ」

「でも、宇多家と言えばやはり御城代や御番頭を輩出される立派なお家柄ですし、峰さまに相応しいと思いますけれど」

 それに、夫婦というのは互いに連れ添ううちに絆を深めていくもの。そのうちに想い合うようになっていくのだと教えられている。

 りくがそう話すと、峰はまたぞろ厭な顔をした。

「人によるのではないかしら」

 少なくとも、自分と隼人とは相性が悪いと言い張り、峰は譲らなかった。

 そこへくすくすと控えめに忍び笑う声が入り、この日の亭主として二人を茶室に招いていたさと・・が峰を嗜めた。

「隼人どのは照れくさいのですよ。本当は峰さまを大切に思っているのに、素直になれずにいるだけ。殿方にはそういう方が多いのです」

 さとは郡代・植村主計の娘であり、赤沢家から二男の修輔を婿養子に迎えている。さとと峰は義理の姉妹ということになっていた。

 絢爛たる家柄の二人を前に、りくはどことなく場違いなところに居合わせている感覚を覚えた。

 そもそも今日は父に帯同して植村の別邸に訪れたのである。郡代の植村主計は郡奉行を勤める父の上役であり、談義の間はさとが相手をするからと一緒に呼ばれたのである。

 着いて早々、さとに茶室へ招かれると、折良く年始の挨拶に尋ねていた峰が既に席に着いていたのだった。

 峰もさとも、世間から見れば大身の姫様である。りくが中士の娘であっても彼女たちは対等に接するし、りく自身も二人には好感を持っていた。それでも内心に疎外感を覚えるのには、他に理由があった。

「りくさまはどうなの? 白井家と縁組されたと伺った時は驚いたけれど」

 峰が自分の話はもうよいとばかりに、りくに話題を移した時、りくはぎくりと身を強張らせた。

「あれは父が勝手に進めた話です。私の本意ではありません」

「でも結納はもうお済みなのでしょう? 確かに白井家と竹内家では随分と不釣合な縁組だとは思っていたけれど」

 さとは気遣わしげな視線を投げて寄こしたが、峰は隣で暢気に笑った。

「白井麟十郎どのと言えば、家中でも秀才と評判でしょう。りくさまの御父上は相当見込んでおいでなのね」

 峰の言う通りだった。城下の地代官を勤める白井麟十郎という二十四歳の若い藩士は、学を好み物静かな質で、勤めも順調。この縁談は、父が麟十郎を見込んで持ち掛けたものであった。

 だが、先頃麟十郎には役の異動が申し付けられたという。それも、城下を十里も離れた土地の遠代官に任ぜられたというのだ。

 代官には、大まかに分けて地代官と遠代官とがある。

 城下周辺の近郷を預かる代官は、地代官として城下の役宅に住まい、そこで執務を行う。だが、領地の中でも遠方を預かる代官は、遠代官として現地に代官所を充てがわれていた。

 代官所には敷地内に役宅を併設してあり、そこに家族を連れて移り住むのが普通だ。

 白井家に嫁入るとなれば、りくも当然代官所へ移らねばならない。それがどうにも納得がいかず、父の勧めにも難色を示していたのである。

 もっと言えば白井家は百石取の家で、その家禄にも不満がないとは言えない。

 峰とさとが口を揃えて不釣合と言うように、実家よりも家禄の低い家の台所を回すことを考えると、暗澹とした気分になる。

「りくどのにもお伝えしておいたほうが良いかと思うのだけど、麟十郎どのの赴任される先は、あまり穏やかでないと聞いています」

 さとがやや沈んだ声で溢した。

 穏やかでないというのがどういう意味合いを持つのか、すぐには見当がつかなかった。

 さとはやおら立ち上がり、りくに近寄ると一層声を潜める。

「口にするのも憚られるのですけれど……。どうも間引きや姥捨てが行われているようなのです」

 さともこのことは郡代の父親から強く口留めされていたというが、りくの嫁ぎ先が白井家となるだろうことを案じて注意を促した様子であった。

 

 

 【三.へ続く】

 

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