第10話 全ての空欄が埋まるとき

〜最後の言葉〜


いよいよ最後の言葉を探すことに。よくここまで頑張ったと心の底から思う。そこで、最後の言葉は何処にあるのだろうと私と秋斗が頭を悩ませている時にカンパが口を開いた。


「最後の言葉は僕が案内するよ。ついてきて。」


私達を手招きしてヒラヒラと飛んでいくカンパを見つめ、私と秋斗は顔を見合わせてからカンパの後を追った。


―――・・・


「さぁ、最後の言葉探しだ。」


カンパが指差すそこには問題が書かれている看板が置いてあった。内容は...


「『最後の言葉は自分で考えろ。』書くことはなんでもいいてこと?」


カンパの方に体を向けてそう尋ねるとカンパはコクリと頷く。


「ただし、二人の素直な言葉をその空欄に埋めること。じゃないと無効になる。」


私はその話を聞き、手紙に視線を落とした。最後の言葉、最後に言いたい言葉。「大好き。」とはもう書かれているし、仲直りするための本音だって、ちゃんと文面に書かれている。それならば、最後に言いたいこととはなんなのだろうか。私が黙って考えていると秋斗の方がさきに口を開いた。


「これ、過去の思い出話みたいになってないか?」

「どういうこと?」


首を傾げて問う。


「なんていうか、未来の話は一個もない。と思う。俺らはこれからもずっと母と一緒に生きることを望んでいる。なのにこれじゃあ、助かったら永遠の終わり、みたいな。」


私は秋斗の話を聞いてはっとした。確かにそうだ。これは全て母を助けて仲直りをするために今まで頑張ってきた。だというのに、ずっと続いていく未来を見据えていない。これでは母が助かったとしても、その先、母がまた病を抱えないという保証はできない。


「それじゃあ、書くことは一つね。」


私は秋斗と目を合わせてコクリと頷いてペンを取り、空白に最後の言葉を書いた。


『これからもずっと大好きなお母さんと一緒に生きることを望んでいます。Akito&Haruka』


「さすが、私のお兄ちゃんね。」


〜言葉を埋めたその先へ〜


「カンパ、全部埋めたけど、これでお母さんは助かるの?」

「うん!まっかせなさい!」


自信満々に胸を張ると「えい!」と声に出して両手を地面にかざした。すると突然、大きな幹が顔を出していく。葉がない枝だけの、真冬の裸坊の巨大な幹。私と秋斗は「スゲェ―」や「わー」などの感嘆な声を漏らす。


「よし、これで君たちの願いが叶う。それでは!」

「ちょっと待って。」


すぐに願いを叶えようとしてくれるカンパを静止する。何故なら私は一つだけ気がかりなことがあったからだ。


「願いが叶ったらカンパはどうなるの?離れ離れ?」

「・・・。」


何も応えようとしないカンパ。ただただカンパはにこりと微笑んだまま黙っている。目を伏せるわけでもなく、暗い顔になるわけでもなく。今はそれが妙に恐怖を引き立てる心の奥の焦りを感じつつも私はもう一度問う。


「願いが叶ったらカンパはどうなるの?」

「カンパ、別れなんて言わないよな。」


じっと二人でカンパへ視線の圧をかけると、それに負けたように視線を外す。


「願いを叶えなきゃ、お母さんは助からないよ。」

「そうじゃなくて。」


どうしてこの気持ちが伝わらないの?カンパははぐらかしてばかりで。


「そうじゃなくて、カンパは寂しくないの?」


カンパは春香の言い切ったその言葉と勢いにびっくりしたように目を見開き口をぽかんと開ける。そう言われるとは思っていなかったのだろうか。


「さ、寂しくないよ。全然平気。」

「声震えてんじゃん。寂しいんだろ?」


カンパの声はわなわなと震えて涙を目にためている。その様子と表情に、私の心は救われた。寂しいのは、お互い様だということが分かったから


「寂しくなんかないもーん!!!!」


カンパが私の胸に飛び込んできて声をあげて泣き始めた。それが無性に愛おしく思えてくる。小さくて可愛い赤子のようで。それを秋斗がまた上から被せるように抱きしめる。


「カンパ、ありがとう。」

「ありがとうな。」


割れた家族の中、兄である秋斗と私を繋いでくれた。そんなカンパに感謝してもしきれない。そんな大切な存在に、ありったけの感謝の言葉を。


〜言葉の木〜


「よし、それじゃあ、気を取り直して、最後にこの木のことを話してから願いを叶えよぉ〜!」


目の前に立ちはだかる、葉一つもないむき出しの枝。その枝にちょこんと座り、カンパは語り始める。


「この木は『言葉の木』言葉が葉になって緑を増やす。あれだ。光合成の元が太陽の光であるように、この『言葉の木』は言葉が光合成の元だ。それでだ。今まで集めてきた素直な言葉をこの木に照らし合わせて葉を作る。簡単だろ?」

「照らし合わせるって、どうやって?」


私が問うと、カンパは小さな手で私の手を取った。


「二人でこの手紙を両手で持って、それで。」


すると手紙は鮮やかな緑の光を放つ。それは怖いほど幻想的で、綺麗だった。


「さようなら。カンパ。」

「さようなら。色々とありがとな。」


煌めく緑の光は木のてっぺんから葉を作り出し、次第に青々とした立派な大樹となる。カンパは光の向こう側でにこりと笑ってじっとこちらを見つめていた。もう、お別れなんだな。そして一瞬にして光は消え、もとの学校へと戻ってきた。懐かしい風景と懐かしい自動車の走る音。


私達は、俺達は、帰ってきた。

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