第9話 仲直りの言葉
〜カンパの好きな言葉〜
「カンパてさ、好きな言葉とかあるの?」
「好きな言葉?」
「そそ。カンパだってこの校舎のこと詳しいんでしょ?それなら言葉、沢山知ってるんじゃないかな〜て。」
言葉集めもかなり終盤になってきた頃、春香はそう僕に聞いた。好きな言葉か、そんなこと聞かれるなんて生まれてはじめてだ。
「ん〜。そうだな。僕は『鳴神の...』。」
「『鳴神の』?」
春香は好奇心に満ち溢れるような目をして僕を見る。そんな目で見るなと僕は心の中で反射的に照れ隠しをした。
「僕は『情けは人の為ならず 巡り巡って己の為』ていう言葉が好きだな。」
「それって、『情けは人の為ならず』じゃなくて?」
「誰かが変に端折って『情けは人の為ならず』になってしまったんだよ。」
「へぇ〜。カンパは何でも知ってるね!」
春香は相変わらず輝く目でこちらを見ている。そんな春香の輝く光は、僕にとってはかなり眩しく思えた。
〜忠実な欲望〜
「過去に戻れないかな?」
珍しくため息混じりにはく弱音。前にしか進まないこの世界で、ありもしないことを考えている。クイズも終盤に近づいている。それでも、全て空欄を埋めたところで、全てが上手くいくなんて保証は何処にもない。私は不安になる心をぐっと堪えて秋斗の背を眺めながら次のクイズを探し求めた。
―――・・・
「半分に折れてる折り紙と、これは数直線だな。」
「でもこの数直線ちょっと変わってるわね。矢印が左に向いていてそれでいて書かれた数字が4と7と8。そして4と7の間に②があって、7と8の間に①がある。」
今回の問題の内容は2つ。問題1は『はてな①とはてな②に当てはまる文字を入れろ。』これは折り紙についての問題。問題2は『数直線に②と①を当てはめて5マスに文字を入れろ。』という内容。
「まずは問題1から解かなくてはならないみたいね。折り紙の左に赤い縁取りがあるのはなんなんだろう。」
「半分・・・てことはなんだ?」
そういえば折り紙の上にまた別のイラストがある。これをヒントにしろということなのだろうか。
「折り紙の上には5本線のあみだくじがあって、左から二本目に線が引いてあって、右矢印に網のイラスト。あ、こっれあみだくじの左二文字取って網だ!」
秋斗が声をあげる。それに応じて折り紙の上のイラストを見てみると秋斗の言う通りであることに納得する。ということは、折り紙の方は...
「『おりがみ』の半分で『おり』だ!」
私達は喜びに満ちた顔を見合わせて頷き合う。問題1が分かれば次は問題2だ。
「矢印が左、そして3つの数字の間の数字にさっきのを当てはめると?」
「左ってことは右から左に読めてことじゃ?だとしたら?」
「そしたら、『はちりななおよん』。違うわね。」
首を傾げて考え直してみると、秋斗はまた別の回答を声に出す。
「『やりしちおし』。違うか。」
私は試しに手紙のある一文を読んでみる。私達が埋めたい空欄は...と。『できることならもう一度あの日を□たいです。』心のなかで何度も私は繰り返す。『□たい。』だから私達の願いの言葉を導き出したいのだろう。すると私はさっき溢した弱音を思い出す。「過去に戻りたい。」という私の弱音。私はもう一度数直線を見やる。『やりななおし』あ、答えは『やりなおし』だ!そう、気付いた瞬間、私は心がズキッと痛んだ。確かに、答えを導き出せたのは嬉しい。でも、素直な気持ちであるとここで証明されたことに少しだけ俯いた。私は、自分勝手だ。そう思ってしまったから。
―――・・・
『この間はお母さんの言う事に反発してしまってごめんなさい。私はいつも自分の事ばかりで、つい苛立ってしまいました。』
もう既に埋めた2文。自分勝手である自分が好きではないこと。それが明確に示されたことで不安になった。
―――・・・
「えっと、後空欄は1、2、3…。春香、もしかして落ち込んでる?」
「い、いや、えーと。落ち込んではない。」
落ち込んでることバレた!?慌てふためいて嘘があやふやになる私を、秋斗は見逃す訳がなかった。秋斗は何かと感が鋭い。そのことをしばらく忘れていた。「はははっ」と乾笑いで誤魔化せる相手ではない。その事を秋斗からの圧を感じた時点で諦めた。長年隣にいればはぐらかしたところで引き下がらないことぐらい分かる。
「ごめん。実は凄く落ち込んでた。秋斗には隠せないね。」
私は息を大きく吸って自分の悩んでいることについて話した。
「私、お母さんに我儘言って喧嘩したの。だから、自分は自分勝手なんじゃないかって。思い込みすぎよね。私でも分かってる。」
「ふ〜ん。ならきっと、俺の方が我儘だな。」
私は秋斗の返答を聞いて勢いよく俯いた顔をあげた。今、なんて?
「秋斗はなんの我儘を?」
試しに聞いてみる。
「インコを飼いたいって、幼稚園の頃からずっと母さんに言ってた。だから俺の方が我儘。これでいいだろ?」
私は思わず「ぷっ」と吹き出してしまう。
「そんなこと?」
「『そんなこと。』てなんだよ。重要なことだ。」
「インコそんなに好きだったっけ?」
兄弟の他愛もない会話。こんな会話ができるようにしてくれたのは誰だったっけ?あ、そうだ。カンパのおかげだ。
そんなこんなで残るは後空欄は一つだ。これでようやくお母さんは助かる。でも...カンパは?
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