第2章 兄弟喧嘩

第5話 Tell me what to doーTell meWhat to doー

「『キライ』て、何?間違ってるんだよね?この答え。」


間違っていることを信じるが、それを裏切るように正解音が耳の奥で悲鳴をあげる。青ざめる秋斗。私は怒りと悲しみで頭がおかしくなりそうだ。


「いいよ。キライならキライで。」

「いや、違うよ。これはなにかの間違いで。」

「言い訳しないでよ。」


ここのところの日常でほんの少し疑っていた。自分がいるせいで家族が割れたのだということを。それでも、やはり言葉は直接胸を痛めつける。この痛々しい空気の中、カンパも珍しく真顔で、このやり取りをじっと見守っている。きっとこの会話の中に入るスキもないのだろう。


「だから、お母さんのとこに来なかったんだ。私の顔も見たくなかったから。」

「なんでそうなるんだ。」

「だってそういうことでしょ。私とわざわざ時間をずらしてまで避けてた。いいよ。私一人で頑張るよ。」

「だから、違うって。」

「違くない。」

「確かにお前面倒くさいとこはあるけど何もキライとまでは」

「やっぱ面倒くさいて思ってるんだ。」


秋斗は失言したことに気付くと今度は逆ギレして春香に当たる。


「あーそうだよ。そうだよ。春香は面倒くさい。ケチで意地悪くてすぐ怒って」

「そんなに言わなくたっていいじゃない。」

「だって本当のことだろ?」

「もう秋斗といるのもうんざりだわ。この親不孝者。」

「親不孝で悪かったな。」


するとどうだ。今まで頑張って埋めてきた手紙の破れる音がこの場を沈黙へと誘った。


「仲悪くするからだよ。これはとても繊細なものなんだ。禍言という力がこの手紙を切り裂いた。」


沈黙を破って言ったのは喧嘩を見守っていたカンパだった。その話を聞いてこの場に居づらくなった私は背を向けて走り去った。「このバカ。」とだけ言って。


- Tell me what to do−


Tell me what to do


満たされないの 何をしても

私は1人の人を求めて

会えないの それを選んだ大丈夫だと

思っていた 勘違いしてた


何をしようとしても 空回りするだけ

嘘をついて 演じている

フィクションではなんとでもなる

死ななない 死なない 物語の上で

笑ってる 笑ってる 空想の中で

上手くいく 未来で 次は見えている


選んだ選択肢はハズレだと言うの?

まだまだこれからだ

終わりを夢に見る

信じれないの 自分の心

教えて? 教えて 何処へむかえばいいの?


埋まらないの パズルのピースが

私は1人の人を怖がって

会わないと それを信じて大丈夫だと

思っていた 体は恐怖を覚えてた


何をしようとしても 思い通りにならないの

本音を言っても 苦笑いしている

現実ではなんにもできないの

落ちる 気持ち 闇の底へ

苦笑い 嘲笑 醜い心

上手くいかない 過去で つまづいている


選んだ選択肢はハズレだと言うの?

まだまだこれからだ

終わりを夢に見る

信じてたかった 自分の心

教えて? 教えて 君に会いたい

Tell me what to do


何かをする度に暗い闇に落ちるの

勇敢なことや新しいことはとても私にはできない

助けたかっただけ 大切にしたかっただけ

言い訳が好きすぎて自分を悪者にはしたくない


選んだ選択肢はハズレだと言うの?

まだまだ踏ん張れる

なんて夢に見ている

信じてたいの 私も君も

教えて? 教えて 前を向く方法を


―――・・・


校舎内に入って行く宛もなく彷徨う。一人で歩いていることが「寂しい」と思ったのが子供みたいで恥ずかしくなった。


「なんであんなこと言っちゃったんだろう。『違う。』て言ってたのに。」


手紙は消えた。また一からやり直し。もううんざりよ。


「ねえ、お母さん教えてよ。どうしたら私は報われるの?どんなに頑張っても結果がでないの。テストでも一番勉強した教科が一番点数が悪くて落ち込むことも多いし、頑張って人と関わろうとしても影でコソコソ良くないこと思われるし、もうどうなってるのよ。安心させたいのに上手くいかないことばかり。」


言いたかった本音がボロボロと口から出てくる。本当はこんなところで言葉探しなんかしなくてもいいたいことが沢山出てくるの。自分のことは自分が一番知っている。こんな初めて来たような場所に知られてるなんて心のどこかでは気持ち悪いのよ。


「私はこんなところで何をしているんだろう。」


秋斗と話をしようと決断し、この場を後にしようと来た廊下を振り返ると誰かの声がした。


「難しく考えないの。」


よく知っている人の声だ。私は信じられない気持ちで振り返ってみる。その姿を確認すると「お母さん」と小鳥のような声で彼女を呼んだ。病室で眠っているはずの母の姿に困惑するのと同時にどこか救われたような気持ちになる。すると母は私に近づいてにこりと微笑み、語りだした。


「私も若い頃は沢山悩んだわ。母親とも兄弟とも沢山喧嘩した。自分は大人だって勘違いしていたのね。大切なのは自分を信じることよ。」

「でも、自分の何を信じればいいの?何に興味を持って何を好きになればいいのかも分からない。」

「明日を楽しみにすればいいのよ。今日が上手くいかなかったとしても、明日はきっと楽しいことが待っているわ。信じられないほど運に恵まれるかもしれないし、もしかしたら昔の友達に会えるのかもしれない。だって未来のことは誰にも分からないんだから。」


母は私の手を引き、ある場所へ連れていく。


「どこ行くの?」


というと母は立ち止まり、こちらを振り向いて言った。


「春香は大丈夫だよ。」


私の頭を小さい頃にしてくれたように撫でると一瞬にして姿を消した。


「お母さん?」


突然のことで頭の理解が追いつかないが、ただただ頭に残る母の手の温もりが私を励まし、消えることがないように気持ちを奮い立たせた。そして、母が姿を消した場所を見やると見慣れたクイズの用紙が目に止まった。また一からやり直すために、秋斗とちゃんと話をする覚悟を決めよう。もう一度だけでも頑張ってみたいと思えたことの喜びを噛み締めていた。

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