第19話 前奏曲【2030年】

【知らない】

【カルロ・ヴェルクマイスターほどの大人物となるとねぇ】

【ヴェルクマイスター氏のお弟子さんなんですよね。尊敬します!】


 そんな何の参考にもならないコメントばかりが増え続けていく。


 何か、何か手がかりはないか?


 ヴェルクマイスター先生は生涯独身で、しかも70代だったので、家族をあたってみようにもできない。


 こうするしかないのだ。


 そんなとき、遥か向こうの山脈の上から、高らかに響き渡る、澄んだヴァイオリンの音が聞こえてきた。だが、なんだか違和感を覚える。まるでプロが何年と弾き込んだオールドヴァイオリンのような音色だ。


 このムーサイで、何のオプションもつけていない音は珍しい。


 だからこそ、分かってしまう。


 これは、ストラディバリウスの音色だ。しかも、ヴェルクマイスター先生の音に酷似している。


「なんだこの曲?」


「音声検索にかけてもヒットしないんだけど」


「でもなんかいい曲だな」


 近くにいるユーザーが口々に感想を述べる。


 違う。


 なんでこの曲が流れている?


 これは、この曲は、お前らが耳にしていい曲ではない。


 俺とヴェルクマイスター先生以外の何者も、演奏していい曲ではない。


 なぜならこの曲は、俺とヴェルクマイスター先生しか知らないはずの曲だからだ。



『ヴァイオリンのための前奏曲【2030年】』



 俺の誕生日祝いに、ヴェルクマイスター先生が作曲し、自らの演奏で披露してくれた曲だ。俺が2030年生まれなので、チャイコフスキーの『序曲【1812年】』に肖ってタイトルをつけてくださった。前奏曲というタイトルにしたのは、俺の人生はまだ始まったばかりだという期待を込めてのことだと、先生は仰っていた。


 俺も先生も、人前でこれを弾くことはなかった。


「どうしてこれが、今流れているんだっ……!」


 俺は山に向かって走り出していた。


 だが落ち着かなければ。


 俺が先生の他殺を疑ってアクションを起こした途端、この曲が流れた。


 これはパルナッソス社の闇に深入りするなという警告? あるいはお前のことなどすべて知っているという脅迫?


「いや、あるいは……」


 俺の仮説が正しいと伝えるための、「導き」なのかもしれない。


 だとしたら、誰が、何のために、どうやって?


 謎は深まるばかりだ。

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