第18話 ストラディバリウス【ヴィオッティ】

 練習を終え、帰途に着くと、またしてもニュースアプリの通知がスマホに表示された。


 ヴェルクマイスター先生の一件があってから通知は切っていたはずなのだが、重大ニュースの場合は例外らしい。


『パルナッソス社、時価総額急騰。10万円の課金アイテム実装のためか』


 と書いてあった。


「課金アイテム?」


 音域オプションや音色オプションが何か追加されたのだろうか?


『VR音楽コミュニティ【ムーサイ】のヴァイオリンサーバーにて、ストラディバリウスの音色を完全再現した課金アイテム【ハートエクステレプシコラー】が実装された』


 続く見出し文にはそうあった。


「どうやってそんなことを?」


 俺は気になってパルナッソス社のホームページを検索、閲覧した。


 見ると、ここ5年で、パルナッソス社CEOの天堂操は、恐るべき数のストラディバリウスを蒐集していた。


 その数、30挺。


 それも十数億円で取引されるような、有名なストラドばかりだ。


 ストラドには、過去の所有者の名前や楽器の特徴などが、愛称として付けられることが多い。例えば、ハンマ商会が所有していたから【ハンマ】だとか、イルカのような光沢を放っているから【ドルフィン】だとかだ。


 そして、所有楽器リストの中には、あの楽器もあった。


―ストラディバリウス【ヴィオッティ】―


 ヴェルクマイスター先生の所有していたヴァイオリンだ。


 数々の名作曲家のヴァイオリン曲成立に影響を与え、自身も数多のヴァイオリン曲を作曲したフランコ・ベルギー派中興の祖。ジョバンニ・バッティスタ・ヴィオッティの名を冠する名器だ。


「まさか、本当に……?」


 本当にヴェルクマイスター先生は自殺でなく、他殺だったのだろうか?


 今回の一報を受けて、そんな俺独自の仮説が現実味を帯びてくる。


 パルナッソス社が手を回して、何者かにヴェルクマイスター先生を殺させ、死後パルナッソス社に【ヴィオッティ】の所有権が移るよう細工した?


「いや、そんな映画みたいなことあり得ないよな……」


 俺は気を取り直そうとするが、どうにも引っかかる。この疑念が頭から消えない。


 早く真実を知りたい。そんな思いで、俺はムーサイにダイブした。


 ムーサイには世界中からログインユーザーが集まっている。言語は自動翻訳されるため、外国人ともコミュニケーション可能だ。もっとも、留学時に英語をマスターした俺には不要な機能だが。


 つまり、このコロナ禍の中でヴェルクマイスター先生に近い人物を探すには、こうした方が早い。


 もちろん、SNSを使うことも考えたが、あえてパルナッソス社のお膝元で探した方が、何か反応があるかもしれないと考えたからだ。


 俺は、DQと共にアップした動画の中から、一番再生回数の多い動画を選び、全コメントに対しメンションをつけて返信した。


『ヴェルクマイスター先生の生前について、情報提供お願いします。特に亡くなる直前について』


 これで何か反応があれば御の字だ。

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