第11話 AIに嫌われた男

 まずはチェロのソロからだ。


 驚くべきことに、奏のヴァイオリンからは、本当にチェロ並みの深い響きが出せている。ヴァイオリンという比較的小さい箱から出ているとは思えない音色だ。


 俺も負けじと、続く主題をヴァイオリンで奏でる。


 だが、なんとなく思うような音が出ないな。いつも使ってる楽器じゃないからだろうか。『弘法筆を選ばず』というが、ヴァイオリンの世界ではそれは当てはまらない。ヴァイオリンは自分に合うものを選んだほうが良いし、逆にヴァイオリンも人を選ぶ。


 特に、ストラディバリウスやグァルネリ・デル・ジェスといった、高価な名器ほどクセが強い。プロが数か月弾き込んでもうまく鳴らせないことがあるほどだ。


 その点、ムーサイのヴァイオリンは、最適化され過ぎて個性もクセも何もない、というのが俺の弾いた感触だった。なんだか肌に合わない。


 だがそれにしても、さすがは奏だな。この難曲をいきなり合わせたというのに、全く落ちる気配がない。ハイスペック女子だな。


 と思ったのも束の間、速いパッセージが続くところで音程を外していた。そのままテンポが落ちかけるが、すぐに持ち直した。見ると、手元が赤く発光していた。あれはAIアシストのエフェクトなのか?


 なんにせよ、ある程度ヴァイオリン弾ける奴が、失敗しそうになった時だけAIアシストを使うという手もあるのか。俺はやらないが、そういうハイブリッドスタイルもありだな。


 俺も危なかったが、辛うじて第三楽章を弾き終えた。


「あー疲れた」


「お疲れ。AIアシストにあんな使い方があったとはな」


「あ、バレてた?」


「そりゃあな。あんな不自然な持ち直し方はないだろ」


「新も試してみるといいよ。案外気分がいいしさ」


「はぁ。じゃあやってみるか」


 メニューウィンドウを操作すると、AIアシストの項目があった。だが、オプションがいくつもあるようで、【完全自動演奏モード】、【ミス救済モード】、【理想の音色実現モード】など、色々あってよく分からなかった。


「ま、自動演奏とやらがどんなものか試してみるか」


 俺はメニューを選択し、弾きたい曲を思い浮かべる。


 だが次の瞬間、バチッ、という音と共に静電気が走り、モードは解除された。


「え? なんだ? まさか不具合か?」


「こんなことってあるの? エラーメッセージが出ているわけでもないのに」


 奏も驚いている。ということは、そうそうあることでもないのだろう。


 なんだ? 俺、AIに嫌われてるのか?

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