第9話 草原に響く爆音
俺が再びムーサイにログインすると、今度は大草原のど真ん中に放り出された。
「なんだこれ? 街とか劇場に転移するんじゃないのか?」
モンスターを狩るRPGじゃないんだから、こんな何もないところからスタートされても困る。
「あぁ、私はストレス発散のために一人で爆音出したいから、いつもこの草原で好き勝手弾いてるの」
なるほど。前回ログアウト時の位置情報が引き継がれる仕様なのか。
「そういう利用の仕方もあるのか」
「まぁ特殊な用途だとは思うけどね。そもそも今まで楽器に縁が無くて、でも急にクラシック音楽の魅力とかに目覚めた人がユーザーの殆どだから」
「初心者だけど練習なしで上手く弾きたいってことか」
そんなことをしても面白くなさそうだけどな。
「そういうこと。最初からAIアシストに頼って難曲を弾いて、その様子をひけらかしたいって人が多いね」
「でも、AIアシスト使ってるんなら何の自慢にもならんだろ。自己満足のためか?」
「そう。ほぼみんな自己満足のためにやってる。ムーサイの音色オプションや音域オプションをフル活用してパフォーマンスしたいと考えてるのは、DQみたいなごく一部のユーザーだけだよ」
なんだか、楽器演奏に対する価値観が一変してしまったな。楽器は苦労して習得するのが醍醐味だと思っていた。
ヴァイオリンに限らずどの楽器もそうだが、努力すればしただけ上手くなれるとは限らない。むしろ努力しても全く上達しないことの方が多く、あるときふと急成長したりする。
そういうのが楽しいんじゃないのか?
という俺の価値観も、もう古くなってきたということか。
「へぇ。ちなみに奏は、普段ムーサイではどんな曲を弾いてるんだ?」
「そりゃあもう、音大では弾けないようなド派手な音色・音量でパガニーニ弾いてるよ」
そこはロックやデスメタルの曲じゃないんだな。
そうとだけ言うと、奏はヴァイオリンを召喚し、パガニーニの『24のカプリースより第5番』を弾き始めた。
最初のアルペジオからかっ飛ばしている。耳をつんざくような爆音だ。音色もエレキヴァイオリンのように、オーバドライブのエフェクトがかかっている。
続くメインの無窮動部分は、とんでもない速さで弾いている。奏は確かにかなりの実力者だが、こんな速度で弾けるほどの技量はなかったはずだ。まさか。
「お前、AIアシストを少し使ったな?」
「あーバレちゃった? まぁカヴァコスとかならこれくらいの速度で弾いてたと思うんだけど……」
お前にカヴァコスと同等の演奏ができるわけないだろ。
そんなツッコミは胸にしまい、俺は奏に演奏を続けるよう促した。
俺も視界に表示されるメニューを操作し、初期装備のヴァイオリンを召喚してみた。
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