第8話 禁域の女神

 同日17時13分。


 VR空間ムーサイの最上層部、《禁域》には、パルナッソス社経営陣のうち三人が集っていた。


「カルロ・ヴェルクマイスターの死は実に好都合だ。よくやってくれた。エラトー」


 色白の若い男が声をかける。黒地に金のラインの入ったスーツ姿という、変わった恰好をしていた。彼こそが、パルナッソス社CEOにして、ムーサイの開発者、天堂操であった。


「もったいなきお言葉、ありがとうございます。これでストラディバリウスの黄金期モデルは全てわが社のものとなりました。ストラディバリウスの音色を完璧に再現できる日も近いでしょう」


 エラトーと呼ばれた女は、無数の宝石がちりばめられた仮面で素顔を隠していた。


「ストラド(ストラディバリウスの略称)ほど弾き手を選ぶ楽器もない。プロでさえ弾きこなせないこともあるくらいだ」


 そう語りつつ操が指を振ると、壁に数々のストラドの画像が表示された。


「だから私はね、誰もがストラドを手に取り、最初から美しく甘美な音色を出せる環境を整えたいんだ。練習なしでね。ヴェルクマイスター氏のようないわゆる【往年の巨匠】には、もう出る幕はないとうことだね」


 エラトーは恍惚とした表情で操の話に聞き入る。対するもう一人の女は、興味無さそうにただ画像を眺めていた。


「テレプシコラー、君の方も大衆操作を丁寧に進めてくれ」


「承知いたしました」


 素顔を晒すテレプシコラーという女は、能面のような表情のまま《禁域》を後にした。

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