第7話 ヴァイオリンジャンキー
翌日、俺は変わらず大学に登校した。
ヴァイオリンの練習を欠かすわけにはいかないからだ。
別に誰かにそう指示されたからではない。ヴァイオリニストを目指すのなら、毎日練習するのが当たり前だから、でもない。
ただ単に、ヴァイオリンを弾かずにはいられないのだ。
練習しない日が続くと禁断症状が出る。
熱を出して寝込んだ時など、風邪の症状より、ヴァイオリンを弾けないもどかしさの方が苦しかったくらいだ。
もはや俺はヴァイオリンジャンキーだ。
だがそれでも構わない。
この世には、ヴァイオリンの美しい音色以上に価値あるもなのなどないのだから。
「新、さすがだね。すぐに回復してヴァイオリン練習してて……」
授業の合間に中庭で、ヴィエニャフスキの『華麗なるポロネーズ第二番』を練習していると、奏が声をかけてきた。
昨日は白い仮面に黒のドレスという恰好だったので、なんだか普段着が逆に新鮮に見える。
「まぁヴァイオリン弾くのやめたら体調悪くなるしな。これも健康管理の一環だよ」
「もはやそのレベルなのね……相変わらずのヴァイオリン中毒ぶりだね」
「中毒ではない。もはや食事と同じくらい欠かすことのできない習慣だ」
俺はきっぱりと答える。食事を欠かしたら生きていけないように、俺もヴァイオリンを欠かしたら生きていけない。中毒とかいう次元ではない。
「そう……それよりさ、ムーサイにまた二人でダイブしてみない? もちろん、新は正統派ってかんじだから気に入らないかもだけど、二人でやってみたい曲があってさ」
「いいんじゃないか。で、何の曲だ?」
「ブラームスの『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』」
これはまた、相当な難曲をチョイスしてきたな。
「あぁ、ブラームスのドッペル(ドイツ語で『二重』の意)か。なかなか難しいが、個人的にさらったことはある。俺もやってみたい。奏がチェロパートやるのか?」
ムーサイならヴァイオリンでチェロの音域を出すくらいできそうだな。
「そう、私が音域オプション買って、チェロパート弾くかんじ。でも驚いた」
「驚いたって、何に?」
「新はムーサイ嫌いなんじゃないかと勝手に思ってた」
「そんなことはない。ヴァイオリンのための空間がバーチャル上でできるのは、いわば現実の拡張だ。ヴァイオリンをより効果的に弾ける環境が増えるのはいいことだと思ってるよ」
「そうなんだ。なんか意外。新って、フランコ・ベルギー派の正当継承者を自負しているから、こういうの邪道とか言って批判するのかと思った」
「最初はそうだったが、あの『レクイエム』の演奏を聴いてむしろ可能性の塊だと感じている」
それに、音楽に邪道もなにもないしな。
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