第5話 死の真相
ヴェルクマイスター先生は俺がウィーンに留学していた時の恩師だ。ヴィエニャフスキ国際音楽コンクールに挑戦すべく猛練習していた、当時16歳の俺を指導してくれた。
そんな先生が、自殺? 考えられない。ヴァイオリンを究め尽くすには、人生は短すぎると言っていたあの先生が、寿命を迎えずして自殺するはずがない。
今すぐにでも駆け付けたいが、このご時世なので叶わない。2020年以来、30年にわたって猛威を振るい続ける新型コロナウイルスのせいだ。
俺は気が付くと、約束通り奏の家に向かっていた。
奏は気まずそうに俺を出迎えてくれた。
「新、大丈夫? 独りにしてほしいならそう言ってくれてもいいんだよ?」
奏は相変わらず優しいな。
「大丈夫じゃない。独りでいるとおかしくなりそうなんで、話し相手が欲しかったんだ」
俺がどうにか絞り出すと、奏は無言で部屋へと案内してくれた。部屋には、数多の名ヴァイオリニストのレコードやCDが整然と並べられていた。ハイフェッツにオイストラフ、メニューインにスターン、ミルシティン……そしてヴェルクマイスター先生のものもある。
ヴェルクマイスター先生の出したソロアルバムは、グラミー賞を獲ったこともあるそうだ。
「なんていうか……ムーサイにダイブするどころじゃないよね。片づけるね」
奏はダイブ用のヘッドギアを片付けようとする。
「ヴェルクマイスター先生は自殺なんてしない……」
俺は思わずそう呟いていた。
「そうだよね……私もそう思う」
なんだか気を遣わせてしまっているな。だが申し訳ないが、誰かと話していないと錯乱してしまいそうだ。
「先生、言ってたんだ。『たとえ私が世界で一番ヴァイオリンが下手であっても、ヴァイオリンを止めることはない』って」
「どうして今それを?」
「ネットでは、ムーサイのヴァーチャルヴァイオリニストが台頭してソリストとしての仕事を奪われたのが、自殺の原因なんじゃないかと言われてる」
今の精神状態ではそうした情報に触れないほうが良いと分かりつつ、見てしまった。
「そんなの気にすることないって……ほら、もうスマホ見るのやめよ?」
奏は俺のスマホをそっと奪い取ろうとする。俺は素早くその手を躱した。
「あぁそうだな。スマホは見ないようにする。ただ、ヴェルクマイスター先生が、そんな些末なことで自殺するなんてありえない。これは他殺だ」
「だとして、私たちに何ができるの?」
「犯人探しをするつもりはない。ただ、これは見逃せない」
俺はスマホを操作し、あるネット記事を表示させた。
【ムーサイ上で、日本時間午後7時からヴェルクマイスター氏追悼演奏会】
という表題の記事だ。これは弟子として参加せざるを得ないだろう。
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