第3話 悪魔の女王

「確かに。もう人間が生で演奏する需要はなくなっていきそうだ。どこかの音楽系の企業にでも就職するかな」


 例えば、【ムーサイ】の運営会社にあたる、パルナッソス社でも受けてみるといいかもしれない。音大卒の経歴を買われて、好待遇で雇ってもらえるかもしれないし。


「ま、私は会計士受かってるから、普通に監査法人行くけどね」


「そういえばそうだったな」


 奏は、名前からして分かるように、音楽一家に生まれてエリート音楽教育を受けてきたサラブレッドだ。なのに音大の授業や課題、レッスンと並行して資格の勉強をし、公認会計士試験に受かっている。


 それで美人なのだから、ハイスペックすぎるよな。なんでヴァイオリンしか取り柄のない俺なんかと仲良くしてくれるのか不明だ。不明だからこそ、いつ離れて行ってしまうか不安なところもあるが、今は考えないようにしよう。


「そんなことよりさ、見た? DQの動画」


「DQ? ドンキーコングのことか?」


 俺がわざとふざけると、奏は呆れたような顔をした。


「いや、それはDKでしょ……Demonic Queenの略。今【ムーサイ】で一番勢いに乗っているバーチャルヴァイオリニストだよ」


 そう言って奏はタブレット端末で動画を見せてきた。


 普通に顔出ししてるんだな。平均的な顔立ちだ。それにしても、Demonicなんて名乗る時点で、悪魔と呼ばれた伝説のヴァイオリニスト、パガニーニをオマージュしているのは明らかだ。自己評価高すぎだろ。


 音源を聴いてみたが、物凄い演奏だ。パガニーニ作曲の『「うつろな心」による変奏曲』を電脳空間上のヴァイオリンで弾いているのだが、一音一音がオーケストラ級の迫力を持って響いている。いや、轟いているというべきか?


 ソロの曲なのに、まるで合奏しているかのような迫力だ。


 もともとが怒涛の展開を見せる超絶技巧曲なだけに、さらに圧が増している。


「すごいな。どうやって弾いてるんだ? これ?」


「どうやら、課金して【弦楽合奏】の音色オプションを買うと、一挺の楽器で何人もの音が重なったような音色を出せるみたい」


 そんな機能まであるのか。ソリストだけでなく、もはやオーケストラまで用済みになりそうだな。


「チッ、結局は課金ゲーってわけか」


「多額の授業料・レッスン料を払ってる私たち音大生の方が、課金ゲーしてるようなもんだけど……」


「まぁそうだが……ホントに金さえあれば楽器の巧さまで買える時代になったんだな」


「そうだね。ただ、DQは、AIによる演奏アシストは使ってないらしいよ?」


「じゃあ、この曲が弾けるのは本人の実力ってことか?」


「そうなるね」


 俺には理解できなかった。それだけの腕前がありながら、なぜ【ムーサイ】の音色オプションを買い、邪道に走る必要があるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る