第2話 ちぐはぐ
「だから何度も聞いているが、あんた何処から来たんだ?名前は?」
「もしもし?なに言ってるか全く分かんないんですけど、私なにもしてないし、混乱してるし、お腹空いてるし、足痛いし。普通は傷の手当とかしてくれるんじゃないんですかね?あ、いや。消毒液と絆創膏とか頂ければ自分でやりますけど」
痛いのだと足の裏を上げ訴えているが、白い内腿が見えてバダムが大いに焦ってのけぞる。
「あー!見せなくていい!!まいったなぁ。言葉は通じないし、色々剥き出しだし。あのね。この村にはあんたみたいな得体の知れない者を養う様な余裕も蓄えもないんだよ。だから頼むからどっか違う所に行ってくれないかね?」
「あ!ちゃんと見てくださいよ。ほらここ。ぺろっと皮がめくれちゃってるでしょ?うわぁ……痛そう、っていうか痛いんですけどね!」
ばい菌入ったりしたらあとで困るからやっぱり消毒薬くださいよと詰め寄られ押され気味なバダムの様子を見ているのはなかなか面白い。
イヴリールの後ろでグリッドがあわわと声を上げている。
「なんだってこの村に厄介な事ばかり転がり込んでくるのかな……。いいかい?もう一度聞くが、あんたは一人かい?見たことも無い服を着て聞いたことの無い言葉で喋るし。もう勘弁してくれ」
村長のぼやきに愚痴が混じり始めて厄介事のひとつであるイヴリールはバツが悪くなる。
そのまま扉を閉めてしまおうかと迷っているところで珍妙な来訪者がぴゃっと変な声を上げた。
「今気付いたけど私ノーブラだ!?家で寝ててトイレに行っただけだし、眼鏡もコンタクトも無いから正直このおじさんの顔も良く見えないし!夢ならそこは都合よく視力戻って良くない?それにそろそろ目が覚めるとかさー!」
グリッドはが見れば解ると言葉を濁したのも頷けるような恰好をしている女は「気付いたけど私ノーブラだ」と悲鳴を上げた時に袖の無い肌着の胸元を掻き抱くようにして両腕で隠している。
丈の短いその肌着が上に上がって臍が丸見えになっているのは気づいてないのか、平気なのか。
今更羞恥に震えるぐらいならばそんな格好をしなければいいのだが、女の出で立ちが妙なのはそれだけではない。
生白い脚を隠す長いスカートも穿かず、イブリール達が穿いているようなズボンを腿の付け根辺りまで短くして身につけている。
隠すのならば下もしっかり隠せよ!と注意したかったが今はそれどころではない。
「バダム小父さん。変わったのが紛れ込んだな」
「おお!イヴ!良かった、本当に助かった。お前にならなんて言ってるか解るだろう?頼む、この村から出て行ってくれるように説得してくれ」
バダムがイヴリールを見て本当に嬉しそうな顔をしたのは初めてだ。
駆け寄って腕に縋りついて来たので余程困っていたんだろう。
「一応は話してみるけど、説得できるかはちょっと」
「頼むから!」
出て行くという返答以外は許さないぞという強い目を向けられ、曖昧に頷いて女に近づいた。
「あんた、名前は?」
「ふえ?ええっ!?言葉、なんて言ってんのか解る!なんで?」
「その説明は後で。とにかくあんた何処の誰なんだ?――っておい!」
目を丸くして女がイヴリールを振り返り、裸足で床を蹴って距離を詰めてきた。
そして眉を寄せてからぐいっと顔を近づけてくる。
鼻が触れあうではなく、実際に鼻先がぶつかった。
勢いが良すぎるのだ。
慌てて後ろへ下がるとグリッドが乾いた声で笑い「ほら強烈な挨拶きたでしょ」と説明したので、これが例の挨拶らしい。
「近い!近すぎるだろ!なんだよ、その恥ずかしすぎる挨拶は!」
「え?挨拶ってなんのこと?」
黒い瞳を瞬かせて胡乱な顔で睨み上げてくる女の顔は鼻も低く、目は二重ながらも大きくないから成長途中の子どものような不安定さを感じさせる。
ローラよりも身長は低いから、もしかしたら子どもなのかもしれない。
だから大人の女性がしないような恰好をしていても平気なのだろう。
それでも円やか胸は頼りない紐だけで吊られた肌着の隙間から谷間が見えているし、臍の見える腹部の白さと腰の張りや、短いズボンが隠している尻の膨らみと腿の線から脹脛までの流れは十分に成熟しているかのように見える。
「────っ!だめだ!どう考えてもそんな格好の女とまともな話なんかできる訳ないだろ!子どもだとしてもだ!」
探るようなイヴリールの視線にも動じていなかったくせに子どもという言葉には過敏に反応して「ちょっと!」と声を荒げた。
「勝手に子ども扱いしないで!私は十分大人です!」
「大人がそんな格好するか!取り敢えず来い!」
納得がいかないとわめく女の手首を掴んで入口へと向かう。
バダムは明らかにほっとした顔で、グリッドは驚いたような表情でイヴリールを見送る。
扉を閉める前に「後で報告に来るから」とバダムに言い置いてぐいぐいと引っ張りながら廊下を進み、玄関に集まった村人たちの物問いたげな瞳を無視して村外れへと足早に歩いた。
「ちょ……ちょっと待って!私、これからどうすればいいの?もしかして放り出されるの?言葉も解らないのに」
「うるさい。少し黙ってろ」
「意思疎通できるの貴方だけなのに、捨てられるかもしれない状況で黙っていられるほど私冷静でもなければ利口でもないんだから。自慢じゃないけどずーっと成績表オール三で平凡を地で行ってるような女なんだからね!」
自慢げに締め括った女を、チラリと振り返り一瞥するとへらへらと笑っていた。
言葉も通じない、これからどうなるのかも分からない状況の中で危機感無く笑う女に嫌悪感よりも呆れが勝つ。
「なに?オール三を笑うのならあなたの成績も聞いちゃうんだからね」
「お前の言ってることは全く理解不能だ」
「そんな難しい事言ってないのに?」
首を傾げた所で女は足をもつれさせて転びそうになる。
腕を引いて引き寄せると女の柔らかな胸が脇腹に当たった。
その感触にぞわっと総毛立ち、血が熱くなるのを感じて引き離し掴んでいた手も放した。
「え?なに?いきなり」
「こっちの台詞だ!お前本当になんでそんな格好してんだよ!」
「格好?」
自分の姿を眺めながら「なんか変かな?」と不思議そうに首をひねる女に舌打ちして、イヴリールはさっさと歩き出す。
集落の中を過ぎて森の入り口へと入ると家に続く小道をひたすら足を動かして進んだ。
「なんで!俺が、」
動揺しなくちゃならないんだ!
心の中の叫びを口にしないだけの理性はあった。
だが後をついてくる女が裸足であることを失念するぐらいには正常では無かったのだろう。
「ちょっと、待って――痛っ!」
「なんだ?どうした?」
異常に気付いて女を見ると地面にしゃがみ込んで右足首を押えている。
地面には降り積もった落ち葉があり、その間から折れた枝が見えていた。
「おい、大丈夫か?」
「────っ。分かんない。恐くて、見れない」
「見せてみろ」
息を詰めて痛みを堪えている女の足首を掴んで持ち上げると、踏み抜いた枝が刺さっていてその周りに薄らと血が滲んでいた。
枝を掴んで種類を確認すると毒のある樹ではなかったので取り敢えずは安堵する。
だが枝の大きさはイヴリールの小指ほどの大きさはあり、ここで抜けば大量に血が流れるだろう。
森の中で血の臭いをさせていては危険が向こうからやって来る。
「悪かった」
「っなんで、謝るの。怪我したのは私の不注意なのに」
「森の中を裸足で歩かせたなんて母さんに知られたら俺半殺しにされる」
「はは……。剛毅なお母さんだね」
一応笑い声を上げるが女の顔には当然の如く笑みは無い。
痛みと突然の出来事に恐怖を感じているので瞳はぼんやりとしている。
前屈みになっている女の胸元から白い胸が零れていて自然とそこに目がいく自分の愚かさを心で責めた。
「もう少しで家だ。我慢しろ」
「我慢しろって、歩けそうにないんですけど」
「これ以上歩かせたら俺は確実に明日には死んでる。ほら」
背中を向けて促すと女は戸惑ったように「えっと……おんぶってこと?」と尋ねて来るので「早くしろ」照れ隠しで怒鳴ったイヴリールの肩にそっと女の手が乗った。
「頼むから身体は離してくれよ」
「なんで?」
「なんでって――もういい」
女の膝の裏を腕で抱えて立ち上がると「あわわ、ちょっと立つときは声かけてよ」と文句を言われたが無視する。
前で横抱きに抱えたら無防備な胸元や脚に勝手に目が行ってしまうからと背負う事を選んだが間違いだったかもしれない。
腰を挟んでいる女の腿の張りのある柔らかさに眩暈がしそうだ。
できるだけ頭を空っぽにしてイヴリールは小道を急ぐ。
急いだお陰か直ぐに見えてきた小屋にほっと力を抜くと、途端に弾力のある肉の感触に絡め取られ「勘弁してくれ」と心の中で叫んだのを知ったら女はきっと軽蔑の眼差しを向けたに違いない。
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