第5話 残冬

 ……もう、あの日から、一年になっちゃったね。


 もう少ししたら、また桜も咲くんじゃないかな。


 雪もほとんど残ってないよ。


 ――ねえ、覚えてる?


 約束のあの日はさ、本当に楽しみだったんだよ。


 日帰りだったけど、ふたりで小旅行の約束してさ。


 でも、どんなに待っても、君は来なくて……


 わたしね、心配になって、何度も何度も何度も……君に連絡したんだよ?


 でも、ぜんぜん繋がらなくて。


 ……そりゃそうだよね。


 君のスマホは、粉々になっちゃってたんだもんね。


 おばさんから連絡もらって、慌てて病院に駆けつけて。


 事故ったバイクから、子供守ろうとしたんだってね?


 君らしいよ。


 ホント……君らしい。


 それで君が眠ったままになっちゃうくらいなら――っ!


 ……はは。わたし、ひどい女だよね。


 でもね、知らない子なんかより、君の方がずっとずっと大事。


 大事だったんだよ!


 ここに来るたびにね、今日は目覚めるはず、今度こそ起きてるはずって、ずっとずっと思ってたんだ。


 それでも君は、ぜんぜん目覚めなくて。


 知ってる?


 眠ってる君に、こっそりキスだってした事あるんだ。


 お伽噺みたいに、君が目を覚ましてくれるんじゃないかって。


 ……バカみたいだよね。


 そんな物語みたいな事、起きるはずがないってわかってる。


 神様がホントにいるなら、あの日に……幸せそのものだったあの日に、事故なんて起こさないはずだもん。


 ――ねえ、君の声が聞きたいよ。


 また、わたしの名前を呼んで欲しい。


 ううん。わがままは言わない。なんでも良いから、ただお話して欲しい。


 わたしの話を聞いて、ただ「ああ」でも「うん」でも良いんだ。


 ――ただ、君の応えが欲しいよ……


 ……わたしね、隆くんに告白されちゃった。


 ずっと君の為に病院に通うわたしが、見てられないんだって。


 ……忘れさせてくれるって。


 もう、どうしたら良いのか、わかんないよ!


 ……ぐちゃぐちゃだよぉ。


 わたしはこんなにも君の事を好きなのに。


 思い出全部が宝物なのに――


 ……楽になりたいって、そう考えちゃったわたしが嫌い!


 ああ、なんであんな事……嫌い嫌い!


 隆くんなんて嫌い!


 わたしに遠慮してる、のんちゃんもマッキーも嫌い!


 ワケ知り顔で気遣ってくるアッコも、お姉ちゃんも、みんなみんな大っきらいだ!


 ねえ、起きてよ!


 目を覚まして……


 ……君の声が聞きたいんだよぉ……


 …………そうだよね。


 一年間、こうして呼びかけてきたのに、君は目覚めてくれないもんね。


 もうわたしなんて、忘れちゃったのかな。


 子供なんて見捨てたら良かったのに、なんて考えたバチが当たったのかもしれないね。


 ……もう疲れちゃった。


 おばさんがね、言ってたんだ。


 隣の県に腕の良いお医者さんが居て、そこに転院するかもしれないって。


 そうなったらもう、こうして会いに来れなくなっちゃうね。


 ……お花見、また一緒に行きたかったなぁ。


 ……海にも花火にも行きたかった。


 また一緒に文化祭を回って、遅くまでみんなで勉強会してさ。


 ふたりだけのクリスマスイヴを過ごして、君はまた誕生日を祝ってくれて。


 初詣、バレンタイン。


 ……旅行、行きたかったね。


 全部、全部、キラっキラの宝物。


 でも……もう、この思い出にフタをしなきゃいけないのかなぁ……


 最後にひょっとしたらって思ったんだけどね……


 ……ダメみたいだね。


 やっぱり神様なんて居ないし、奇跡なんて起こらないんだ。


 ごめんね。


 困らせちゃって。


 いつかきっと、笑って再会できると良いね。


 そう……なれると……良いね。


 ――じゃあ、そろそろ行くね。


 ……ばいばい。

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