第64話 二人の変化

 シオンが目を覚ましたのは薄暗い部屋のなか。

 ザイオンのディーヴァでシオンに割り当てられている部屋だ。

 シオンはバトルフィールドから帰艦すると、重い眠気に襲われた。

 魔力研究所に通っていた頃もちょくちょくあったこと。

 今回の戦闘ではかなり魔力消費をセーブしながら戦闘を行っていたため、前回のようなことにはならなかったのだ。


 シオンの左側には手を握ったまま眠っているソフィアが寝息を立てている。

 バトルフィールドですれ違ったときの不安そうだった表情とは違い、寝顔はいつもと変わらない。

 そんなソフィアを見て、シオンの胸はキュウっと締め付けられた。



「――――シオン様、まだ一日も経っていませんが体調はいかがですか?」


「大丈夫。バトルフィールドの被害は?」



 ソファで眠っていたディーナが目を覚まし、小さく声をかけてきた。



「死傷者で四二%と聞いています」


「そうですか……」



 シオンが時計を確認すると、午前三時になろうとしている。

 ディーナはシオンの様子に少しだけホッとした表情に、少し悲壮な感じが混じったような目をしていた。

 ディーヴァは現在動いておらず、元々簡単な調査はする予定で待機状態になっている。

 一番話すべきことは今後のことではあるのだろうが、それは今でなくても問題はない。

 クラリス女王も交えた話になるというのもあるのと、シオン自身そういう気分でもなかった。



「少し外に出てきます」



 シオンはコートを着込み、今回の目的であった塩湖へと向かう。

 空には星が輝き、時間的に空気は冷たいがもう少し時期が変われば気温はまだ下がるだろう。

 薄く広がった水にシオンは歩みを進める。

 周囲の水が夜空を映し、まるで別の世界に来たかのような感動をシオンは覚えた。

 だが上空の夜空と足下にある夜空の間には、さっきまで戦っていた光景。

 自然とシオンの手はグッと拳を作り奥歯を噛みしめる。


(完璧に……追い詰めていた)


 あのときのシオンであれば、決して大きいリスクではなかった。

 右腕を斬り落とした段階で詰めに行くべきだったのかもしれない。

 そうすればあのような状況が起こることはなかった可能性もある。

 こんなかもしれなかったことを考えるのは、無駄なことだとシオンもわかっている。

 それでも悔やんで考えてしまう。


 カイザーが取った行動は、可能性として事前に予測することは可能であった。

 それが起こらないように手を打っておくことができていなかったのは確かである。

 カイザーとシオンたちとでは持っている情報が格段に違うため、対応できるのはシオンたちだけ。

 シオンが他のSSランクソルジャーに対して実力差を示せていれば。

 各国で情報を共有できていれば。

 可能性を潰すだけの根回しができていなかったから起きたことでもある。


 だがすでにそれらは過ぎ去ったことであり、シオンが他の人と同じようにいることはもうできない。

 ローランド所長が言っていたように、次はどうなるのかわからないのだから。



「――――いた」



 うしろからかけられた声は、今となっては振り向かなくてもシオンにはわかる。



「おはようございます、には少し早いですね」



 そこにはやさしい笑顔をしたソフィアが立っていた。



「いつもシオンは朝弱いのに早過ぎよ」



 シオンの隣にきたソフィアは、そっとシオンの手を握ってきた。



「こんなに綺麗な景色を二人っきりなんて、なんかロマンチックね?」


「こういうのを贅沢ぜいたくって言うんでしょうね」


「……また、こういう思い出一緒に作りたいね?」


「…………」



 シオンは黙ったままだった。クィーンのことを考えれば、またがあるかはわからない。

 この場だけ合わせるという選択肢もあったが、このことについてシオンにそれはできなかった。

 それがなにを意味するのかわかっているのだろう。

 ソフィアの頬に涙が流れていた。

 それでもかける言葉はなく、シオンはそっとソフィアを抱きしめる。



「――――戦わないで――好きなの」



 その後ディーヴァはザイオンへと戻り、翌日シオンたちはラージュリアへと帰国した。

 そしてシオンはソフィアが伝えた気持ちに答えることができなかった。





『クラリス女王、緊急の国際オンライン会談なんてどうしたのですか?』



 王宮の一室で、クラリス女王は各国にオンライン会談の招集をかけた。

 宙に映し出されたウィンドウには各国の王と女王が映っており、背後には各国の国旗が置かれている。

 クラリス女王の背後にも同じようにラージュリアの国旗が置かれていた。



「先日のザイオンでのバトルフィールド、及び我が国のSSランクソルジャー、シオン・ティアーズについてです」


『あの作戦では、クィーンが現れたときには驚きましたな。正直冷や汗が出た』


『被害は小さくはなかったが作戦は成功、クィーンの撃退もできたのはなによりでした』



 情報を渡していないのだからしかたがないが、状況をどの国もわかっていない。

 それがクラリス女王を内心苛立たせていた。



「我が国はクィーンと戦闘を行う場合、必殺でクィーンにあたっていました。

 そして先日のバトルフィールドにおいてクィーンの出現があり、現場の判断でクィーンとの戦闘に挑むことになりました」


『その件に関してはラージュリアに感謝せねばならぬだろうな。SSランクのシオン・ティアーズが派遣されていたことは幸いだった』


「ええ。ですがザイオンのSSランクソルジャー、カイザー・デーメルによってシオン・ティアーズは後手に回り、結果クィーンを逃がすことになってしまいました」


『あれは現場の判断と言えるだろう! 通常アスラには複数であたるのが定石。

 SSランクソルジャーが援護に入ってもおかしくはないはずだ』



 ザイオンの王が即座に反論してくる。結果的にクィーンを倒せなかった原因とも考えられるため必死なのだろう。

 実際現場では事前の取り決め以外の動きをしていた。

 ラージュリアも中央にソルジャーを援護に回す動きなどをしている。

 そういう意味では現場の判断が入ってくることは当然とも言えることだった。



『クラリス女王、今回は倒せませんでしたがクィーンを撃退し、作戦も成功したのですからいいのではありませんか?』」


「クィーンを倒せる戦力があればよいでしょう。ですが現状我々はクィーンを倒すだけの戦力がないから緊急招集をしたのです」


『確かにクィーンの能力は想定以上だったのは確かですな。

 SSランクソルジャーのカイザー・デーメルでも対峙するのがギリギリという印象だった。

 現状シオン・ティアーズ以外にクィーンは戦えないのかもしれぬな』


「そのシオン・ティアーズですが、もうクィーンと戦うことができません」



 ウィンドウに映っている一五ヵ国の代表たちが、一様に同じような表情を浮かべていた。

 次々と今クラリス女王が言ったことの真意を問い始める。

 クラリス女王はシオンの魔法、特性、なぜシオンのランクを秘匿してきたのかを包み隠さずに伝えた。

 どの国もクィーンに対しての戦力を持ち合わせておらず、なにか手を打たなければクィーンに蹂躙じゅうりんされる未来しかないのだ。

 今回の緊急招集は、人類が窮地きゅうちに陥ったことを各国に認識させるためのものであった。

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