第63話 選択
「――――⁉」
息を整えるために一度距離を取ったシオンの前で、今までのアスラとは違う行動をクィーンが取る。
シオンが斬り落とした右腕を、クィーンは胴体にある巨大な口に放り込んだのだ。
さすがにそれは予想外の行動で、シオンの目が見開かれる。
そしてその行動がなんのためなのかをシオンはすぐに知ることになった。
シオンが斬り裂いたクィーンの左腕が再生する。
だが右腕までは再生できないようで、治癒するために右腕を使ったと考えるのが妥当だろう。
そしてクィーンは以前シオンが与えたダメージを完全に再生できていたことを考えると、今以上に捕食をすれば他の部位も再生可能だという結論に行き着いた。
(再生できないように捕食できない状態にまでするしかない)
シオンの体勢が沈み込み、クィーンに向かって地面を蹴る。
身体強化によってシオンの身体の
クィーンは間合いを詰められるのを嫌ってすぐに回避行動に移ったが、シオンはその先へと空間転移をして現れる。
すでに
その瞬間シオンの目の前に壁となって妨害してくる触手の束。
あれだけ巨大なサイズのクィーンすらまったく視認できないほどの触手をシオンとの間に割り込ませてくる。
だが空間転移をしたシオンにはそれも関係ない。
クィーンの斜め後方に現れたシオンの目の前には、どす黒い灰色をした巨大な脚。
アダマンタイト製の
脚部は甲殻のようなものがあり、腕などより硬いというのもあるのだろう。
シオンは
シオンはクィーンが体勢を立て直す前に視線を流して確認する。
今足下に転がっている二本の脚と、さっき斬り落とした鎌。
また再生されると厄介であるため、この二箇所にクィーンを近づかせないため位置関係を確認していた。
ここまでシオンは着実にことを進めてきている。鎌と腕で一本ずつと、片側の脚を二本。
もう片側の脚を削げば、予想に反するような回避行動も抑えることができるだろうとシオンは考えていた。
(チェックメイトまであと一手)
シオンは再度加速して空間転移を行う。クィーンの間合いでもある距離で何度も斬りつけては空間転移をする。
スピードで斬りつけた勢いをそのままに、別の場所から次々と現れては消えてしまう。
クィーンの周辺にはシオンの銀の線が軌跡となり、常に二本の軌跡が絶えず描かれ続ける。
巨大な胴体を斬り裂き、振り下ろされた鎌は
シオンの出どころがわからない超スピード戦闘に持ち込まれたクィーンには、この攻撃に抗うだけのものはない。
さらにシオンは脚部を斬り落とすと、クィーンが闇雲に身体ごとぶつかってくるような動きを見せる。
機動力と攻撃手段の大部分を排除したシオンは、それを回避したタイミングで深いダメージを与えにいく。
すでにシオンのなかでは仕留めに行く詰めの段階に入っていたが、ここで目算は外れることになった。
「――――!」
クィーンに身構えたことで、一瞬反応が遅れる。
明らかにシオンに対しての予備動作であったが、それが突然別の方向へと変わっていた。
一瞬遅れた反応の間に視線をクィーンに向けると、クィーンの先にはザイオンのSSランクソルジャーであるカイザーの姿。
だが当然重力の影響下に入ることになり、カイザーはうまく動けていない。
このまま追いかけても、シオンがたどり着く前にクィーンはカイザーと接触してしまうタイミング。
カイザーにも重力の魔法で相殺することが頭に過る。
だが目の前に迫るクィーンにすぐ反応できるかはわからない。
仮にできたとしても、そもそもカイザーがクィーンと対峙できるかどうかもわからないのだ。
シオンは瞬間的に判断し、カイザーの前に空間転移をした。
シオンが現れた先では、目前にまでクィーンが迫っている。
クィーンの爪がすでに振り下ろされているタイミングで、受ける体勢すら取れていなかった。
「ぐっ――」
それでも
クィーンの重い衝撃が襲う。うしろにいるカイザー諸共シオンは弾かれ、何度も地面にぶつかりながら受け身を取って顔を上げた。
そして目に入ったのはソルジャーが背後からアスラに捕食されそうになっている光景。
急いでクィーンに視線を向けると、クィーンは崖がある海の方へと離脱してしまっている。
弾き飛ばされた分だけ距離ができてしまっており、すぐに追いかけても崖の向こう。
空間転移をするにしても崖の向こうではする場所がない。
一瞬シオンの脳裏にソフィアのことが浮かぶが、シオンは選択するしかなかった。
「っ――――」
シオンは空間転移し、
クィーンを追いかけてもどうにもならないのはほぼ間違いないが、こっちの選択はソルジャーを一人助けることができる。
ならばどっちを選択するべきかは明白だ。逆に言えばこの瞬間、リスクが少ない最初で最後の戦闘をシオンは自ら捨てた。
「――――ふざけん……なよ――くそっ!」
バトルフィールドを包むソフィアの声が震えている。
ソフィアもこの結果がどういうことなのかを理解しているのだろう。
シオンはそのまま近場にいるアスラを手当たり次第に倒していく。
今のシオンの前では、クィーン以外のアスラのランクなど関係なかった。
三体のアスラが同時に迫り、正面のアスラに
まだ魔力は半分以上の余力がある状態で、確実にクィーンを追い詰めていたはずでだった。
だがクィーンには逃げられ、人類は
投げたアダマンタイト製の
今も震えた歌声がバトルフィールを包み、その歌声がシオンの魔力を強化し続ける。
それがシオンの心を締め付けた。
元々立て直していた戦線は、シオンが参戦したことによってあっという間にアスラを殲滅することになる。
シオンは最後のアスラを倒すまで戦い続けたが、それは虐殺と表現する方が近い戦いぶりであった。
「司令! あれはどういうことです! なぜザイオンのソルジャーがクィーンに向かったのですか!」
ディーヴァではザイオンの司令にディーナが詰め寄っていた。
「いや、私もわからん」
ディーナにもわかってはいたことだった。あれはカイザーが勝手に動いたこと。
だが、それでもディーナは言わずにはいられない。
「そう熱くならずともいいでしょう? クィーンの撃退はでき、奪還作戦は成功している。
カイザーもSSランクソルジャーという立場がある。少しでも力になりたかっただけだろう」
「――っ。今回のことはラージュリアに戻り問題にさせていただく」
ディーナもシオンと同じようにこのあとの状況が見えているのだろう。
とても
そしてそれはバトルフィールドにいたヴァレリオも同じである。
戦闘が終わりシオンに近づいてはきたが声をかけることはない。
いや、かける言葉がないという方が正しいであろう表情をしていた。
「……さっきは、すまなかった――――――」
「っ――――ふざけるな! お前のせいで――――」
カイザーが寄ってきて謝罪の言葉を口にし、シオンは珍しく怒りをあらわにして殴っていた。
倒れているカイザーを拳を握って見下ろすシオンは、言葉にしそうことを途中で黙る。
カイザーはSSランクソルジャーであり、シオンの援護にきてくれたのだ。
それはカイザーがSSランクソルジャーという責任もあるはずで、同じソルジャーであるシオンにも理解できること。
だが怒りがあるのは確かであり、これ以上言葉にすればさらに責めてしまうことはシオンにもわかっていた。
だからシオンは黙って口を閉じた。
バトルフィールドでまったく動かないソルジャーたち。
戦闘後の雰囲気がいつもと違うことに歌姫たちも困惑している。
そしてマリーと一緒にソフィアがシオンたちの下へ小走りできていた。
シオンがソフィアに目を向けるとソフィアの表情は不安そうで、それがさらにシオンの気持ちを締め付けた。
「……シオン?」
声色も不安を含んでいるが、ソフィアを不安にさせているのは自分だということもシオンはわかっている。
だがシオンに言葉は見つからなかった。
「ごめん……」
すれ違いに一言だけなんとか言葉にし、シオンはディーヴァに帰艦した。
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