第52話 神回

 シオンとソフィアがコメントに戸惑っているとティフが床に膝をつき、左胸に手をあてて敬意を示す姿勢を取った。



『あのときは申し訳ありませんでした。敬意を示すべきは私の方でありました。

 そしてソフィアさんへの暴言も、今一度謝罪させていただきます。

 まことに申し訳ありませんでした』



 今ティフが行っている謝罪は、以前のものとは違い悔いていることが伝わる誠実さが見て取れるものであった。



「もう、あのようなことは他の人にはしないでください」


『はい』


「あとこれはみなさんにわかっていただきたかったんですが、僕は彼に敬意は持っています。

 彼は実戦訓練のバトルフィールドで僕の班長だったのですが、今までアスラと戦ってきたことがわかる経験と戦い振りでした。

 学生のうちからあれだけ動けるのは、それだけソルジャーとして戦ってきたからです。

 だから僕は同じソルジャーとして彼に敬意を持っているので、僕が彼より上のクラスのソルジャーであっても、敬意を示すことはなにもおかしいことではないと思っています」



 だがこのシオンの言葉に、少ないが否定的なコメントが流れた。



『それは示しがつかないだろ』『名誉毀損じゃね?』『SSランクを貶めてる』



 決して多いわけではないが、何割かは納得できない人もいるようだった。

 だがシオンはさっきと変わらずに言葉を続ける。



「納得できない人もいるようですが今は――すごいですね。今この配信は二〇〇万人以上の方が観ているようです。

 これは今現在のことなので、まだ増える可能性もあるでしょう。

 彼はそんな場所で頭を丸めています。これ以上は必要ないと僕は思っています。

 名誉毀損ということも言われていますが、僕が敬意を示したことはそれにはあたりません。

 それでいくと上のクラスは敬意を持たれ、下のクラスはそれに値しないということになってしまいます。

 みなさん知っての通り、僕はFランクバトルフィールドにも出撃していました。

 Fランクバトルフィールドでは、敬意を持つに値しませんか?

 僕はすべてのソルジャーが敬意を持たれていいと思っています。

 軍がソルジャーランクの公開を推奨していないのは、これによるものです。

 ですから僕が彼に敬意を示したとしても、なんの問題もないんです」


『~~~~本当に~~申し訳ありませんでした』



 シオンが話し終えると、ティフが泣きながら謝罪を口にした。

 姿勢は膝をついたままで、ボロボロ泣きながら目が赤くなっている。



(これでできることはしたかな。あとはこれで潰れてしまわないことを祈るしかない)


『シオンかっけぇ』『ホジホジ』『これはソフィア当たりだわ』『ディーナさんが気になって仕方ない』『許すのえらい』『惚れそう』『ホジホジしてるのなに?』

『まぁいんじゃね?』



 コメントもほとんど落ち着き、一応の収拾がついたかに思われた。

 だがそれで終わりではなかった。

 今まで黙っていた相談者が、落ち着きかけた雰囲気を断ち切る。



『謝って済むと思ってるの?』


『ソフィアと関係を持ってるって話は別だから!』


『コイツらなんなの?』『コワッ』『てかボイチェンいらね』『もういいよ』『もう終わりでよくね?』『ジホジホ』『ディーナさん普通に推せる』『証拠もねぇじゃん』『ティフがセクハラ発言しただけでしょ?』



 シオンたちにとって問題はむしろこっちであった。こっちに関しては許す、許さないという話ではなく、たんに噂と呼べるようなものでしかない。

 それゆえに憶測はしやすいものであり、シオンのことよりも厄介であった。



「なんの根拠を持って言われているのかわからないけど、私はそういうことはしていません」



 ソフィアがキッパリと否定するが、それに相談者たちが応戦する。



『してないって証拠はあるの?』


「こんなの証拠なんて無理だと思う。あなたたちが言っている証拠はあるんですか?」


『そんなのないよ。だからって関係がないってことにはならないでしょ』


(これじゃただの言いがかりにしかなってない。だからこそ余計に厄介だな)



 この言いがかりレベルの話では、なにを言っても憶測で逃げることができる。

 通常なら相談者がそれなりに根拠を示すなり証拠が必要なことがあるはずであるが、そこは完全に開き直っている状態であった。



(この部分については、言いがかりでしかないっていう印象を強くするくらいしかできそうなことはないか……)



 シオンが現状の問題を整理して方針をある程度決めたところで、今まで黙っていたディーナが割って入ってきた。



『このような場合相談者が確たる証拠を出して立証する必要があるのですが、それはできないということでしょうか?』


『さっきも言いましたけど、証拠なんてありません』


『まぁそうなんでしょう。そもそもあなたたちは今の状態にすることが目的のように見受けられますからね。ですがこれは情報開示させることもできる内容ですよ?』


『……そこのハゲのことを相談しただけで、情報開示が認められるとは思えないけど?

 それにVirtual Private Network使ってるし。

 できるならやってみればいいんじゃない?』


『ええ。もうすでにやって、あなたたちが誰なのかも特定していますよ? ロサナ・ミュールさん』


『は?』『ロサナ?!』『マジか』『エクシアの?』『アイドルのロサナ?』『キタァーーーー』『これは神回』『三人ってエクシアメンバーじゃん』『ヤバス』『アイドルいっぱい』『ホジホジ』『これマジか?』『これエクシアだったらヤバ』『どうなる……』



 ディーナが爆弾発言したことで、コメントがまた一気に加速して流れていく。



『ハァ? なに言ってんの? 違うんだけど』


『勝手に他の人の名前出したら迷惑になっちゃうからやめてあげてください』


『ロサナさんってアイドル活動されてるんですよ? こんなところで名前出して、あなたに責任取れるんですか?』



 ボイスチェンジャーで加工された相談者たちが言うが、映像に映っているディーナは顔色一つ変えずに聞いていた。



『あなた方もただの憶測でソフィアさんの名前を出していますが? VPNを使っていようと無駄ですよ? 私が……あなた名前は?』


『えっと、ホットボンボンです』


『妙な名前ですね。私がホットボンボンさんの家にいる時点で情報開示をしていることはわかりそうなものですが、そこまで考えられませんでしたか?

 先ほど証拠として出していたティフというソルジャーが暴言を吐き、シオン様が敬意を示す姿勢を取っている動画ですが、あれはオリジナルではなく編集していますよね?

 あの動画のオリジナルですが、すでに私の方で押さえていますよ?

 ロサナ・ミュールがソフィアさんに対して暴言を吐いているシーンもしっかり映っています』

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