第46話 目覚め

 その感覚は、シオンが知っている感覚。

 はっきりと感じられるというほどではないが、シオンはそれがソフィアのものだと感じていた。

 それがまどろみのなかにあったシオンの意識をクリアにしていく。


 ゆっくりと視界が広がっていくのと同時に、ぼやけていた視界がはっきりし始めた。

 シオンは自分がいる部屋を見て、どういう状態であるのかを思い出す。

 若干緊張しながら、サイドテーブルに置かれている携帯を手に取る。

 シオンからすれば、どれくらい眠ってしまったのかわからない状態なので緊張してしまうのも当然だろう。

 そしてホーム画面を見たシオンは、ホッとしたような顔をしていた。


 シオンは身体を起こそうとするが、次の瞬間には天井を見上げていた。

 自分では身体を起こすつもりだったようだが、動かし方を忘れてしまったかのような感じだ。

 人は五週間ほど寝たきりだと五〇%くらい筋力の低下が起こるが、シオンには意識がない間もそれを極力抑えるケアがされている。

 以前とまったく同じ状態というわけではないが、身体を起こすくらいはできるだろうとシオンは考えていた。



「っ――――」



 一瞬息を吸い込み、今度は勢いをつけるとさっきのことが嘘のように起き上がる。

 だが急に起き上がったことで、今度は一瞬目眩がシオンを襲う。

 シオンはそれが収まるのを待ち、ゆっくりとベッドに座った。



(この部屋も久し振りだな)



 三〇平米くらいの広さに、セミダブルのベッド、応接セットにTV、タブレット、トイレや浴室もあり、一通りは揃っている。

 以前クィーンが現れたバトルフィールドのあとと、魔力研究所に通っていた頃によく使っていた部屋だった。

 何度もというほどでもないがこういうことは経験済みでもあったため、シオンは自分の身体を確認するように力を順にいれていく。



(意識がない間、こまめにケアされていたみたいだな)



 倒れないように気をつけながら、ベッドの背もたれの部分に掴まりゆっくりとした動きでベッドから降りた。

 一歩一歩踏みしめるように足を出していき、窓際へと進む。

 窓を開けるとまだ爽やかな感じがし、ラージュリアの街並みが広がっている。

 ここが軍の敷地内だと考えれば、この景色は気が利いたものだ。

 窓を開けたら軍の敷地が広がっているより数段いいのは間違いないだろう。



「っ――――……シオン?」



 後ろで勢いよく部屋のドアが開けられ、ソフィアが不安そうな目でシオンの背中を見ている。

 もう二人は以前と同じソルジャーと歌姫という関係ではない。

 今のソフィアはすべてを聞いて知っているのだから。


 シオンが振り返ると、ソフィアの瞳には涙が溜まっていた。

 髪が少し伸びていて、離れていた時間をシオンに感じさせる。

 シオンからしてみれば、そんな時間はなかったのだが。



「えっと……おはようございます」



 シオンが口にしたのは感動的な再開、と言えるような言葉ではなかった。

 ただの挨拶でしかなく、気の利いた言葉とは言えないだろう。

 そんなシオンの胸にソフィアが飛び込んできて、シオンは壁に身体を預ける形で尻もちをつくことになった。

 細心の注意が払われケアされていたとはいっても、筋力の低下を少なくするだけで抑えることはできない。

 こうなってしまうのも仕方なかった。


 ソフィアはシオンの胸で静かに泣いていて、ドアのところには異変に気づいて見に来た看護師の姿がある。

 シオンは人差し指を口元にあて、静かにしてもらうように合図を送った。



「――――シオンのこと聞いたよ」



 少しして落ち着くと、ソフィアが核心に触れることを言ってきた。



「シオンが家族を失くしたのって、クィーンが現れたバトルフィールドだったんだね」


「はい」


「ねぇ、どうしてソルジャーになったの? シオンしかクィーンと戦えないから?」



 お互い向かい合って床に座ったまま、ソフィアが訊いてくる。

 責めるような感じもなければ、怒っているような雰囲気もない。

 むしろソフィアの表情はやわらかく、本当に他にはなにもなくシオンのことを知りたいだけのように見えた。



「それもないわけではないですが、それがなかったとしてもソルジャーにはなっていたと思います」


「どうして?」


「あのバトルフィールドは本当に悲惨でした。クィーンが現れたことで、五人を除いたすべての人が死んだんです。

 クィーンの影響下に入っていた人たちは一瞬で亡くなったのでまだマシだったと思います。

 ですがそうでない人たちは、自分の子供が捕食されているのを助けることもできない。

 その逆もあって、そんな光景を死ぬ直前に見させられたんです。

 もうあんな思いは誰かにしてほしくないですから」


「そっか……あのね、私たちのことだけど」



 ソフィアが不安そうな目を向けて言ってきた。二人の関係はヴェルドが終わるまでというのがあったからだだろう。



「そうですね。今はすべてわかっていると思いますが、その上で僕の歌姫になってほしいです」


「――――うん。私がシオンの負担、軽くしてあげる」



 そう答えたソフィアの表情はこれ以上ないというくらいの笑顔で、ソフィアが自分の歌姫になってくれたことにうれしさをシオンは感じていた。



「他の人にもシオンの意識が戻ったって知らせないとね」




 その後クラリス女王はカメラでの通話であったが、入れ替わり立ち替わりで関係者が訪れることになった。

 そして一通りの関係者が帰ったところで、アイズの行動にシオンは慌てることになる。



「シオン様、知らぬことだったとは言え、失礼なことを口にし申し訳ございませんでした」



 ベッドに座っているシオンに対し、床に額がつくほど平伏してアイズが謝罪の言葉を口にする。

 シオンも突然のことに驚いていたが、ソフィアも同じくらい驚いた様子でシオンとアイズに目を向けていた。



「あのときはソフィアを思ったことであり、あの時点での判断について後悔はありません。

 ですが結果としてそれは間違いであったと思っています。

 私が辞表を出すことで、前言の撤回をさせてください。どうか、ソフィアをシオン様の歌姫として歌わせて上げてください」


「ちょっと、辞表ってなに? どういうことなの?」


「アイズさん、僕の歌姫はソフィアさんですから、そこの心配はしないでください。

 あのときは僕のこともありましたし、僕自身アイズさんの言っていたことも理解できるものでしたから。

 それにアイズさんがいなくなっては、ソフィアさんが悲しんでしまいますから辞めるなんて言わないでください。

 できればこれからも助けてくれるとうれしいです」



 これで一件落着という雰囲気がシオンとアイズの間に流れていたが、ソフィアはそうもいかなかった。

 このあとソフィアが事の真相を知り、怒ることになったのは言うまでもない。

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