第47話 シュティーナのグラビア

 意識が戻ったシオンは二週間そのまま軍でリハビリを行い、その後は自宅でのトレーニングに移行した。

 シオンの意識が戻ったことはメディアを通じて公表され、周囲の変化にシオンは若干驚くことになる。

 だが世間の変化よりも、シオンは別のことの方に戸惑いを感じていた。



「ねぇ、シオン? なに見てるの?」



 シオンはSSランクと公表されたことで、他国の軍の反応が気になっていた。

 それを読み取れるようなニュースがないかをソファでネットサーフィンしていると、ソフィアが隣に座って訊ねてくる。

 まぁここまでは以前とそう変わることではなかったのだが、問題は別のところにあった。



「クラリス女王陛下が僕の派遣などについて結構やりあったらしいので、なにかそれが読み取れるようなニュースがないかと思いまして」


「ふ~ん」



 二人がけのソファでシオンがタブレットを使っていると、ソフィアがくっついてきて一緒にタブレットを覗き込む。

 以前もスキンシップがないわけではなかったが、こんなにべったりくっついてくることはあまりなかった。

 だが今はこれがいつもの距離感という感じになってしまっていて、この変化にシオンは動揺してしまうことになっている。

 特に夜などはラフな格好だったりするので、それが余計に拍車をかけることになっていた。

 そしてもう一つ変わったことは、毎朝ソフィアがシオンを起こしに来ること。



「シオン、起きて。もう朝よ……シオン?」



 まだ視界が暗いなか声が届く。自然とゆっくり視界が広がっていくと、目の前には赤色の瞳で覗き込んでいるソフィアの顔。

 視界一杯に広がるソフィアの顔は綺麗で、起きた瞬間目の前にあったらそれは驚く。

 それは当然シオンも例外ではなく、最初は漫画のようにビックリして後退あとずさりしたくらいだ。



「こんな可愛い女の子に起こされて、ビックリしちゃった?」



 そんなシオンの様子を見て面白かったのか、面白いものを見つけたような表情をみせてソフィアが言う。

 だがその前の表情はまったく違うもので、それはとても不安そうな顔だった。

 そしてこれは一度だけではなく、シオンが帰宅してから毎朝のこと。



(以前と違って毎日ってことは、また意識が戻らないんじゃないかって不安にさせてしまってるのかな……)



 だがそんな様子をソフィアは見せないので、シオンもそれに合わせてこのことに言及することはなかった。

 そんな変化があったシオンだが、今日のソフィアは朝から楽しそうにしていた。

 階段の辺りにはエスプレッソの香ばしい香りが漂い、シオンにとっての朝の香りがする。



「シオン、入れておいたわ。はい」


「ありがとうございます」



 いつもより楽しそうな顔でコーヒーを渡してきたソフィアにシオンは訊ねるが、返ってきたのは言葉はべつに、というものだった。

 雰囲気から絶対なにかあるとシオンは思っていたが、ソフィアが答えるつもりがないようなのでどうしようもない。

 だがそれは、すぐにわかることになった。



「シオン様!」


「え? シオン様?」


(え? ――なんだこれ……」



 回復してから初めての学園。シオンが送ってもらったアイズの車から降りた瞬間のことだ。

 こんなところで名前を呼ばれることなど今までなかった上、一人が口にした瞬間一気に視線が集まってくる。

 その上どの学生もみんな様づけということもあり、シオンは明らかに動揺していた。


 だがそんなシオンを周囲は待ってなどくれない。すぐにシオンのいる場所は人集りができることとなり、シオンはどうしたらいいのかわからずとっさにソフィアの方を見る。

 それでシオンは悟った。ソフィアはこのことを予期していたのだろう。

 シオンの顔を見てニヤニヤしていたのだから。



「もう大丈夫なのですか?」


「SSランクバトルフィールドの戦い観ました!」


「銀色の魔力素敵です!」



 シオンたちは車の側から一歩も動けない状態になってしまい、もうすでにいつもなら講師がクラスに来るような時間になってしまう。

 さすがにそんな時間帯に送迎用の駐車スペースに学生が集ってしまっているのを見て、講師たちが何人かで調べに来た。



「こんなところでなにしてる! 早くクラスに行きなさいっ!」


「いったいなんの騒ぎだ」



 二、三〇〇人はいるなかをかき分けて、講師たちがこの状態の原因となっている中心へと突き進む。

 そして講師たちは、以前シュティーナが突然訪問してきたときのような反応をすることになった。



「っ――シ、シオン様!」


(…………え……講師がそんな風に呼んでほしくないんだけど)



 あくまでシオンは学園の学生である。学園のなかには学園のルール、立場がある。

 シオンはそれを弁えているし、それを尊重もしている。

 だが講師たちはそうもいかなかったようだ。

 なにしろ以前シオンにソルジャーの出撃に関することを述べさせた講師までが、他と同じような反応をしていた。

 そしてその変化は、クラスに行っても変わらない。



「よ、よぉ! 身体は大丈夫か? シ、シオン、様」


「……イゴール、気持ち悪い」


「……俺も気持ち悪い」


「だったらやめてくれる?」



 クラスというだけではなく、イゴールまでもがおかしなことになっていた。

 だが今日はこれで終わりではない。今日は身体もだいぶ回復してきたのもあり、シオンがホームパーティーを開くことになっている。

 シオンが眠っている間、ヴァレリオたちがソフィアを気にかけてくれていたことへのお礼だ。

 そのためにシオンはディーナに頼み、ディーナ直轄部隊から帰りの車を用意してもらった。

 帰宅して準備があるため、朝のように囲まれて動けないということになるわけにはいかなかったからだ。

 そして今日のメインイベントは訪れる。

 シオンがソフィアとアイズ、イゴールと四人で料理の準備をしていたところでインターホンが鳴る。



「イゴール、悪いんだけど出迎えてきてくれる?」


「ああ、いいぜ」



 いつもの調子で玄関に行くイゴールを後目しりめに、シオンは若干ニヤけながらも準備を進める。



「きっと私のときみたいになっちゃうよ?」


「そうかもしれないですね」



 ソフィアも楽しそうな顔で準備を手伝っていると――。



「シ、シオぉぉーン! しおォォーーーん⁉ シオウン?!」



 玄関の方から変な声でシオンを呼ぶイゴール。

 その反応がおかしかったようで、二人はキッチンで笑ってしまう。



「シュティーナ様たちをいきなり目の前にすれば、あーもなってしまいますよ?」



 アイズが注意をするが、その顔はシオンたちと同じように笑いそうになっているのを我慢している顔だった。

 シオンの家に集まったのは、ヴァレリオを始めとしたSランクソルジャー、その歌姫とディーナであった。

 ソフィアはシュティーナたちとは打ち解け、ケネットとユリアは事務所が同じである。

 ヴァレリオ夫妻とも食事に何度か行っているので、もうそこまで以前のように緊張することはない。

 アイズは若干緊張が見られたが、それでもこのようなメンバー構成が初めてということはなかったのでまだマシであった。


 だがイゴールはそうもいかない。

 食事中も見るからに緊張していて、ブルブルと震えている子犬のようになっている。

 そんなイゴールを見て、ヴァレリオがいつもの調子で話しかけた。



「そんなに緊張すんなって。ソルジャーなんてみんな戦友なんだから」


「は、ハイ! ありがトウ、ゴザイマス」


「シオン、友だち? なんて珍しい」



 シュティーナが一瞬イゴールに目をやって、シオンに言った。



「クラスで最初馴染めなかったときイゴールが声をかけてくれて、今まで仲良くしてくれてたんです」


「そういえば、学園の実戦訓練でも同じ班でしたね?」



 ディーナが言うと、これにヴァレリオとケネットが反応していた。



「そうなのか。俺も一緒に出てみたいとは思ってるんだけどな」


「僕たちではなかなかシオンさんと一緒ってことにはならないですからね」



 だが一人、シュティーナだけはイゴールをジッと見て反応が違った。

 憧れのシュティーナにジッと見られ、イゴールは隣に座るシオンの袖を掴んでカチンコチンになっている。



「シオンと――仲いい。見どころ、ある」


「せっかくだし、シュティーナさんに訊いてみたいこととか言ってみたら?」



 シオンが言うと、シュティーナがコクコクと頷いた。

 どうやらイゴールはシュティーナに一目置かれたようだ。

 イゴールは真剣な顔になり、深く考え込んでいる。普通ならこんな機会など絶対になく、今後こんな機会があるかはわからない。

 真剣に考え込むのも無理はなかった。



「あのお、シュティーナ様のグラビアがほしいです!」


(イゴール、それは訊きたいことじゃないよ)


「……シオン、持ってる。一回だけ見て、いい」


「「――――――‼」」



 シュティーナの言葉に、ソフィアとイゴールが反応していた。

 目が持っているのかと言ってきている。



「――あぁ。何年か前に、私と三人でプールに行ったときのやつですか」



 ディーナが言うと、シュティーナがコクコクと頷いた。

 ディーナの言葉にイゴールはすがるような目で、ソフィアは泣きそうな目でシオンを見てくる。

 だが流れていたTVの速報で、全員がニュースに意識が向くことになった。

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