第45話 二人を繋いでいるもの

 ソフィアはシオンが倒れてからも、極力以前と変わらない生活をするようにしていた。

 朝はキッチンに立ち、学園のお弁当を用意する。

 だが用意するのは自分の分だけ。

 起き抜けはいつもぼーっとしているシオンは、毎朝コーヒーを飲む。

 本当に毎朝なので、ソフィアがエスプレッソメーカーを置いたくらいだ。

 朝はこのエスプレッソの香りがしていたが、今はお弁当と一緒でこの香りもしない。

 そんな生活が一ヶ月半続いていた。


 魔力研究所のローランド所長は、前回のときは三週間だと言っていた。

 これを今回のベースにすれば、少なくともシオンが意識を取り戻すのは三週間以上はかかるだろうと推測していた。

 だが今までと違い、今回はソフィアという歌姫の存在がある。

 ソフィアによってシオンの負担が軽減しているのもあるため、もしかしたら前回と同じ三週間ほどで意識が戻る可能性もあり得るとも言っていた。

 結局のところ、わからないということに帰結するのだが。


 この一ヶ月半の間、度々機密を知るシュティーナやユリアが泊まりに来ていた。

 連絡先の交換などもしていたが、気にかけてくれたのは二人だけではない。

 ラージュリアでSランクソルジャーのリーダー的な存在であるヴァレリオも何度か病院で一緒になり、妻のマリーも交えて食事にも行っていた。



『ニルス・クロフォードさん! ソフィアさんと縁談の話があるということでしたがどうなったんですか?』



 TVからはニルスに突撃インタビューをしている映像が流れている。

 ソフィアはすでに公式で公表しているが、ニルスは前回インタビューで話してしまっていたため突撃されたようだった。



『お互い貴族同士なのでそういうお話もあったというだけで、残念ながらご縁はありませんでした……』


『シオン様とお話にはなられたんですか?』


『……すみませんが急いでますので』



 シオンのことが騒がれているのもあって、ニルスは若干炎上状態になっている。

 ソフィアは話もせずに断っていたのもあり、縁談の話自体していないと公表していたというのもあったのだろう。

 そのためニルスが強引に政略結婚に動こうとしていたのでは? という憶測が出ることとなり、第二歌姫となっていた女性にはパートナーを解消されてしまっていた。

 だがこういうことは決して珍しいことではない。

 恋人関係になったソルジャーと歌姫が別れたときには、ほとんどのケースで解消されているのが現状であった。


 アイズに学園に送ってもらい、ソフィアが車から降りると以前よりも声をかけられる。

 今は落ち着いたが、少し前まではシオンの意識が戻っていないのが公表されていたのもあり歩くことすらできない状態になっていた。

 だがこれを面白くなさそうに見ている学生もいる。

 アイドルユニットとして活動している、エクシアのロサナ・ミュールたちだ。



「しょうがないけど、今はシオン様のことばっかりになっちゃってるね」


「だってSSランクのソルジャーよ? ソフィアのMVなんて全部一〇〇〇万以上再生されてるし、ミュージックチャートだって独占状態になっちゃってる」



 二人の言葉に、ロサナは苦虫を噛むような顔で拳を握り込んでいる。

 次々にソフィアに声をかけている学生たちの光景を見て、嫌悪感が雰囲気で出てしまっているのも気にせずに口を開く。



「彼はFランクだったんじゃないの?! なんでそれがSSランクソルジャーになるのよっ!」


「「…………」」


「ソフィアなんてバトルフィールドに立ってないときからチャート上位で、今度はSSランクバトルフィールドでメインステージよっ⁉

 高ランクのニルス・クロフォードからも誘われて噂されていたようなアバズレなんかのどこがいいのっ!

 どうせシオン・ティアーズのことだって前からSSランクって知っていて、股を開いて第一歌姫にしてもらったのよ」


「まぁそれはあるかもねぇ」


「案外胸とかでしてあげたら、簡単に歌姫にしてもらえたり」


「もうSNSでもシオン様のこと言ってたコメント消したり、あかごと消したりしてる感じだしねぇ。

 ここまでの流れになっちゃうと、ちょっと対抗するのも難しいかな」


「~~~~なによっ! みんなソフィアばっかりっ!」





 ソフィアは講義が行われているなか、ここ数ヶ月のことを考えていた。

 シオンと初めて話したときの制服も夏服だったが、もう少しすれば冬服になる。

 この短期間の間で、ソフィアの状況は目まぐるしく変わっていた。


 今講義を受けている自分の席でさえ、孤独な歌姫と呼ばれていた時期は肩身の狭い思いを感じていた。

 自意識過剰という部分もあったのだろうが、周囲の期待が大きかったというのもある。

 だがこれもシオンと出会ってすべてが変わった。

 今まで停滞していたのが、一気に動き始めたかのように。


(…………)


 なのに今は、ソフィアの側にはシオンだけがいなかった。

 触り慣れた感触が右手に伝わる。

 ソフィアは無意識に左腕にあるブレスレットに触れることが癖になってしまっていた。



「っ――――!」



 突然立ち上がったソフィアに驚き、周囲の視線が集まる。

 講師も話しかけたが、そのときにはもうカバンを持ってソフィアは駆け出していた。

 気づいた瞬間から胸が不安と期待でごちゃ混ぜになってドクンドクンしている。

 ソフィアは広い敷地を全速力で駆け息が上がってきていたが、それでも走り続け大通りでタクシーを拾う。



「お願い、軍の基地まで急いで!」



 タクシーの後部座席に座り、ソフィアは息を整える。

 意識的に深く息を吸い込み、ブレスレットに触れている右手をズラしていく。

 今も胸はうるさく鳴り、ソフィアはブレスレッドを見ることが怖くなっていた。



(まだ消えてない――)



 ブレスレットにはめられたアダマンタイトには、微かに輝く銀の色が見えていた。

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