第42話 最高機密

 まるでここまでは基礎的な情報だったかのように、ローランド所長の顔からふわっとしたようなものが消えた。

 真面目な顔じゃなかったというわけではないが、より真面目な顔になったといったところだろうか。



「魔力の回復が遅いというのはあったが、魔力の回復とともにシオン君の落ちていた身体機能も回復したんだ。

 今のシオン君もほぼ間違いなくこの状態だから、魔力が回復すれば意識が戻るはずだよ」


「本当ですか!」


「うん。この部分は心配しなくていいよ」


「よかった」



 ソフィアはホッとするのと同時に、話は終わっていないということに気づく。



(この部分は……)


「シオン君の意識が戻って、魔力研究所でいろいろ調べることになったんだ。

 当然だよね。未知の魔法属性というのもあったし、クィーンに唯一対抗しうる存在だったからね。

 だがここでわかったのは、シオン君が魔法を使うたびに魔力の回復量が落ちていったことだ」


「回復量が落ちる?」


「わかりやすく言うと回復するのが遅くなって、魔力の回復にかかる時間が長くなるっていうことだよ。

 例えばソフィアさんの魔力の回復量が一〇〇だったとして、シオン君は三〇だったとする。

 これが二五に下がるようなかんじだ。

 一見出撃できる回転率が落ちるだけに思えるけど、この事実は無視できるものではなかった」


「……どういうことですか?」


「回復量が落ちるということは、回復できなくなる可能性があるよね?

 つまりソルジャーとして戦えなくなる可能性が浮上した。

 これはクィーンがいる現状、無視できるものじゃない」



 ここでもハッとした表情をしたソフィアであったが、ローランド所長はジッとソフィアの目を見てくる。

 まるでソフィアが答えに思い至るかを観察しているような感じだ。

 そう感じたのはソフィアであって、そんなものがあるのかはわからない。

 だがソフィアは今までの話を思い返す。



「――――魔力が失われるって」


「そう、そこでさっきの話だ。

 魔力を持った人間というのは、歳を重ねていくと魔力の回復量は落ちていく。

 まるで人間の細胞……わかりやすいのならターンオーバーみたいなものだね。

 これと非常に似ていると思わないかい?

 魔力が回復できなくなった場合、シオン君は命を落とす可能性もあるかもしれないということだ」


「…………」


「シオン君はなかなか察しがいい子を歌姫にしたようだね」



 そう言うとローランド所長はゆっくりとティーカップに口をつけた。

 まるで自分が話すべきことは終えたという感じで。

 それを見たジョルディ総督がそのあとを引き継いだ。



「たぶんソフィアちゃんはシオンのソルジャーランクに思うところがあったと思うが、ローランド所長が話したのが要因の一つだ」


「他にも、なにかあるんですか?」


「もうわかっていることだが、シオンはSSランクだ。ソルジャーに関しては各国で派遣し合っているだろ?

 知っての通り、これは条約が結ばれていることでもある。

 そしてバトルフィールドでは損害を抑えるために、上のランクのソルジャーを出撃させる」



 各国の間ではSランクソルジャーの存在、高ランクソルジャーの数は共有されている。

 これは一人しかいない国からは極力派遣の要請をしないことや、各国の位置関係でどこに要請をするかなどの判断に使われていた。

 だがSSランクのソルジャーとなるとシオンだけになり、Sランクバトルフィールドのたびに派遣要請がされる可能性がある。

 だがシオンの特性を考えれば、これをするわけにはいかなかった。

 もちろんすべてを開示して、各国から理解を得るという案も出ないわけがない。

 だがこれはこれで懸念されることがあった。



「バトルフィールドで一番被害が出やすいのはFランクだ。

 これは戦闘経験ってところが大きいからなんだが、各国がシオンをバトルフィールドに出させないために横槍を入れてくる可能性もあった。

 だがクィーンと戦えるのがシオンしかいない現状では、経験が乏しい状態であてるのは危険過ぎる。

 だからラージュリアではシオンを各国に秘匿することにし、負担の少ないバトルフィールドで経験を積ませる選択になった。

 実戦の感を維持させるっていうのもあるんだけどな」


「それでシオンは歌姫がいない状態でFランクに出撃していたんですね」


「そういうことだ。一応高ランクの感覚は、シオンの家の地下にあるシミュレーションで補えるようにはしている。

 だが実戦は違う。ソフィアちゃんが歌姫になったことでシオンの負担も軽減されるから、そのうち上のランクでも出てもらおうとは思っていたんだ」



 これらの結果が今までのシオンであった。身体強化の魔力強化はそこまで大きくはないが、魔法は負担が大きいため制限がかけられる。

 さらに身体強化についても周りと違い過ぎるため、基本は抑えて行く方向になっていた。



「シオンはそういう特殊な事情があるソルジャーだ。実はな、ラージュリアにはシオンの完全な指揮権を持っている者はいない」


「どういうことですか? シオンは軍に属していると言っていましたが」


「今までの話でわかると思うが、シオンは魔法を使ったら消耗してしまう。

 今回はまだ大丈夫なはずだが、意識が戻らない可能性はゼロではない。

 だから俺はAランクまでの出撃命令を出すことはできるが、Sランクフィールド、SSランクとしてのシオンには命令権を持っていない。

 そして現在SSランクとしてのシオンには、クラリス女王陛下も命令権がない。

 クラリス女王陛下でもできるのは出撃要請・・までだ。

 これはシオンに選択できる機会を与えるために、クラリス女王陛下が決めたことなんだが」


「……」


「これがシオン様のすべてになります。今回のことでいろいろ変わってしまうと思いますが、魔力の回復量に関わる部分は今後も最高機密扱いになると思われます。

 これからいくつかメディアを通して公表はされますが、それ以外に関しては必ず秘匿してください」



 ディーナが最後に注意をするが、ソフィアとアイズから言葉はなかった。

 今聞いたことを消化するのに頭が一杯になっているようだ。



「シオン様は今まで、特定の歌姫を置いてくれませんでした」



 そんなソフィアを見て、トーンが少し落ち着いた声でディーナが話し始めた。

 ソフィアはそんなディーナに視線を向ける。



「ソフィアさんも断られたのを憶えているでしょう。シオン様はご自分のことを欠陥品だと言っていました。

 戦闘が終わったあとの歌姫のことを考えると、第一歌姫を置きたくないと。

 シオン様はご両親を突然亡くされていますから、戦闘以外でそういう想いをできるだけさせたくないということだったみたいです」


「――――――」





 ジョルディ総督たちが出ていくと、そう時間を置かずにシュティーナたちが来た。

 シュティーナはいつものようにソフィアの頭を撫で、ユリアとマリーはそっとソフィアの手を取る。

 少しだけシュティーナたちは話し、アイズをつれて部屋を出ていった。

 部屋で一人になったソフィアは、シオンが寝ているベッドに腰をかける。

 シオンの顔色は相変わらず青白く、取り付けられている機器が痛々しさを感じさせた。



「私と離れようとしたのは、このことがあったからなの?」



 出撃前にあった出来事が思い出され、ソフィアは問いかけるが答えは返ってこない。

 ベッドの脇には二本のMGAマギアが立てかけられていて、それを見たソフィアの視界に見慣れない携帯がある。

 それはいつもシオンが使っている携帯だったが、そこにはイヤホンが繋がっていた。

 飛行機では使っていなかったので、ディーヴァに乗ってからなのだろう。

 ソフィアが電源のスイッチを押すと、直前まで使われていた画面が表示された。



「っ――~~~~」



 それを見たソフィアは息を呑み、とっさに口元に手をあてていた。

 涙を溢れさせながら見た画面にはミュージックアプリが起動され、そこにはソフィアの曲だけが一覧で表示されていた。

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