第13話 二人の初陣(下)

 ディーヴァからビットが発射され、バトルフィールドに伴奏が流れ始めた。

 歌姫たちの歌声がバトルフィールドに広がり、ソルジャーたちは魔法を展開してアスラとの接敵に備える。

 歌姫の魔力強化をソルジャーたちは受けているはずであったが、シオンにはそれが感じられなかった。



(なにかトラブルでもあったのだろうか……いや、初陣の緊張で思ったようにできていないだけかもしれない。

 それなら問題はない。この初陣でバトルフィールドに慣れてもらうだけ)



 ソフィアのことよりも、シオンはシオンで問題を持っている。

 今まで歌姫の魔力強化を受けて戦闘をしたことがなく、どれほど強化がされるのかわからないからだ。

 いつも通りに身体強化をすれば、間違いなく過剰な強化になってしまう。



(いつもより抑えて、慎重に段階を踏んでやっていくしかないだろうな)



 ソルジャーたちが展開していた魔法をアスラに向かって放ったタイミングで、シオンはソフィアの魔力が自身を強化していることを感じた。

 一度魔力研究所で感じた感覚と同じ。



「さすがですね」



 ギリギリではあったが、ソフィアの魔力強化がされている。

 だが魔力研究所のときより強化は弱い。今の出来事を考慮すると、時間の経過とともに強化は強くなるかもしれないとシオンは考えた。

 それを踏まえた上で、シオンは身体強化を調整する。


 ソルジャーたちの放った魔法が、向かってくるアスラの勢いを止める。

 それを見たヴァンガードワンが先陣を切って出た。呼応するように前衛がアスラへと距離を詰めに行く。

 シオンもゆっくりと一呼吸入れ、地面を蹴った。


「っ――――」


 目の前に迫るソルジャー。シオンはぶつかりそうになるソルジャーのすぐ後ろで地面を再度蹴り、自身を上空へと逃がす。


(想定が甘かった――。思っていた以上に魔力強化されている)


 ソフィアの魔力強化がシオンの想定より高く、他のソルジャーにぶつかってしまうところであった。

 それを上空に逃げることでシオンは回避したが、そのせいでソルジャーたちの前に出てしまう。

 シオンの身体強化は明らかにFランクのものではなく、ヴァンガードワンに入っているソルジャーが視線を向けてくる。


(仕方ない……)


「左をお願いします」


 イヤーデバイスで左側を任せることを伝え、シオンは右の方へ斬り込む。

 移動しながら視線を向けると、向こうもこっちの意図を理解したのか左寄りへと位置をズラした。

 シオンは一番手近にいるアスラを蹴り飛ばし、後方のアスラを蹴り飛ばしたアスラで巻き添えにして斬り込んでいくラインを確保するつもりでいた。


「っ――――!」


「お、おい、アイツ、アスラ蹴り殺しちまったぞ⁉」


「Dランクか? いや、Dランクの出撃はなかったよな?」


「今日のバトルフィールドはおかしいな。Sランクのシュティーナ様がいるのもそうだが、わけがわからん」


(これでもダメなのか)


 シオンが蹴り飛ばしたアスラの頭はどこかに飛んでいき、首がなくなった胴体はその場に崩れ落ちる。

 アスラを蹴り飛ばすという目論見は叶わず、シオンはもう一度魔力の調整をする。

 だがそれは思っていた以上に低出力にしなければならず、その魔力コントロールは繊細なコントロールが必要であった。


 アスラが長い腕を振り上げて迫ってきたところを、シオンは側面に踏み込むことで回避してMGAマギアを後ろ手に払う。

 だがそのMGAマギアから感覚が伝わってこない。

 一呼吸分送れて確認すると、イメージ通りアスラの首は落ちていた。


(ソフィアさんの魔力強化が強過ぎて、斬った感覚も伝わってこない)


「おいっ! お前ヴァンガードじゃないな? 自分の隊はあるのか?」


 一つ上のランクであるEランクのソルジャーなのだろう。

 ヴァンガードワン以外は、隊を受け持つか属す形になる。

 だが他にヴァンガードワンがいるのは周知の事実であるため、隊を無視して独断行動をしているのか確認したいのだろう。


「すみません。事情があってこうなってしまいました。僕は単独任務をしているので――――」


 背中側を確認に来たソルジャーに任せ、前のアスラをシオンが請け負う。


「他のソルジャーが負担になるようなことは――――ないです」


「そう――――か。シュティーナ様まで出撃しているし、なにか裏で動いてるのか。

 まぁいい。それなら今日はヴァンガードが二枚みたいなもんだ。

 俺から指示を飛ばしておく。お前はこっちサイドをこのままいけ」


「わかりました」


 そのソルジャーから離れて、アスラを斬って周囲に視線を流す。

 ヴァンガードワンの役割は殲滅であることは確かだが、それによってソルジャーたちの被害を抑えることも期待されている。

 そのためにはどこの場所でアスラを叩くのがいいのかというのは大事なことであった。


「あそこだな」


 アスラが四体固まっているところにシオンは斬り込む。

 人類側はソルジャーの生存率を上げるために集団戦を取っている。

 だが複数であたるには、それなりの距離感がなければできない。

 目の前にあるようなアスラが固まった状態では、思うように攻撃できないのだ。

 だがここで、またも想定外なことが起こる。


 調整したはずだが、シオンのスピードはまた一段上がっていた。一歩の加速がさっきまでとまったく違う。

 そのままの勢いでMGAマギアをアスラの頭部に突き刺して絶命させる。

 だが固まっているところなので、すぐに動かなければ隣りにいるアスラに捕食されてしまう。

 シオンは突き刺したMGAマギアを水平にしながら、一気に横一閃。

 さっきのように勢いをつけているわけでもないのに、MGAマギアからの感触がなにも伝わっていなかった。


 時間の経過とともに、ソフィアは少しずつ力を発揮できるようになってきている。

 その結果シオンの身体強化は、時間の経過とともにさらに強化されていく。

 この時点でシオンは思っていた。もうFランクのバトルフィールドでは戦えないだろうと。

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