第11話 シオンに言われたくない

 軍で正式にソフィアが歌姫として登録されて数日、その間に二人の環境はかなり変わることになった。

 ソフィアが芸能活動をしている関係で、歌姫になったことを公表する必要があったからだ。

 これについての話し合いをソフィアが所属している事務所、エリアルミュージックスタジオとディーナが軍の代表として行われた。

 争点になったのは、シオンのソルジャーランクと能力についての公表。


 ソルジャーランクについては、憶測が出ることも考慮した上で伏せられることになる。

 これはディーナが異論を認めなかったからだ。

 ただパートナーが誰であるのかや、能力については公表されることになった。

 バトルフィールドは映像での配信がリアルタイムで行われているためだ。

 シオンは魔法が使えないということ、一般ソルジャー科に在籍していることが公表された。


 この話し合いで、アイズはディーナにかなり食い下がっている。

 情報についてもそうだが、記者会見でシオンの同席だけは取り付けたかったらしい。

 大抵こういう場合、どのソルジャーや歌姫も同席をしているからだ。

 だがこれもディーナは受け入れず、異論を認めなかった。

 ソフィアは気にしていないようだったが、事務所としては納得できていないようであった。


 この記者会見によって、ネット上で話題にされていることが変化の一つだ。

 そしてもう一つ変わったことは、ソフィアがシオンの家に引っ越してきたこと。

 これについてはメディアへの対策が取られることになった。


 メディアの取材を警戒し、学園の送迎をしばらくはアイズが行う。

 だが尾行するメディアが出てくることも予想され、ディーナが対応することになった。

 これには事務所側も驚いていたが、同居についてソフィアの芸能活動に影響が出ることと、シオンにもその影響が出ることが懸念されてのことである。

 実際これについては帰宅時を狙った尾行が行われ、短い時間ではあるが取材班を軍は見せしめに拘束していた。





「このクラスではイゴール・バシュレとシオン・ティアーズが実戦訓練に参加するようだが、すぐ各国代表ヴェルドの選抜試験も行われる。

 実力次第では講師の推薦で強制参加もあるから、そうなった場合は辞退できないからな」



 朝のホームルームで、クラス担当の講師が告げた。

 シオンとイゴールが参加するのは、五回生と六回生だけが年に一度行われる実戦訓練だ。

 二人は三回生だが、パートナーの歌姫が該当するために参加となっている。


 そしてもう一つの選抜試験。ヴェルドは年に一回、各国ソルジャーの代表が集まる大会。

 毎年持ち回りで開催され、参加資格は学生となっている。

 これは正規のソルジャーを動員すると、ヴェルド期間中の防衛力低下に繋がるためだ。

 とはいえソルジャーの大会はヴェルドしかないので、世間の人気はかなり高い。

 一般の人たちはソルジャーの戦闘を生で見る機会などまずないので、ヴェルドのチケットはすぐ完売するほどの人気であった。


 この選抜試験の知らせにクラスは沸き立つ。

 ヴェルドに参加できるのは一八歳になる年から四年間限定の資格で、クラスが沸き立つのもしかたない。

 歌姫は出場するソルジャーがいなければ参加資格すらないので、この時期は臨時でパートナーになる人たちもいるくらいであった。


 シオンはこの実戦訓練がソフィアの初陣になるだろうと考えていた。

 この訓練はバトルフィールドの空気を肌で感じることがメインであり、正規に出撃するソルジャーは通常より多く設定される。

 フィールドランクがFならばヴァンガードワンにはEランクソルジャーが入るのが普通だが、この日は二つ上のDランクが出撃して安全の確保も軍から行う。

 初陣にはもってこいだとシオンは考えていたのだが、それを裏切るアラートが講義中に鳴り響いた。



(都合よくはいかないってことか)



 視線が集まるなか、シオンはソフィアにメッセージを送る。



『中庭で合流します』


『わかった』



 講義中はいつも外している方のMGAマギアを、シオンは腰の後ろで固定する。

 何度かシオンのこういう姿を見ているので、特段クラスが騒がしくなることはない。

 だが今日は少し違った。



「もしかしてソフィアも出撃する?」



 割合的に少ない女性ソルジャーの一人が訊いた。

 連日ネット上では推測からの噂があり、またBランクソルジャーのニルス・クロフォードとパートナーになるのではという憶測が以前広まっていたこともあって気になっているらしい。



「そうですね」



 これにシオンは短く応えて準備を進める。これは出撃すれば誰でもわかることなので隠しても意味はなく、隠す理由も特にない。

 客観的事実に関しては、答えられるものは答えてしまう方が得策だとシオンは考えていた。



「出てきたぞっ!」



 中庭でソフィアと合流した視線の先には、門のところでメディアが張っているのが見える。

 距離があるなか叫んで質問を飛ばしてきている。

 だがまだ講義中の時間というのもあって、その異変に気づく人がいた。



「出撃ですか⁉」



 そんななか、一台の黒塗りの車が敷地内に入ってきた。

 門のところでは軍の関係者が道を空けている。



「ディーナ隊長から命令で、お迎えにあがりました」



 二人は車に乗り込んで基地へつくと、ディーヴァの準備が進められていた。



「助かりました」


「メディアが張っていることは確認していましたので。出撃前に総督室に来てください」



 初陣というのと、その出撃前に総督室への呼び出し。

 ソフィアは緊張しているのか視線はキョロキョロしていて、あたふたとシオンのあとについてきていた。

 ディーナに扉を開けられてなかに入ると、総督は言い聞かせるように話している最中だった。

 困った顔をしている総督とは裏腹に、元々大きな猫目をさらに大きくしてソフィアが緊張する。



「え――えっ! シュティーナ様⁉ シオン! シュティーナ様‼」



 さらさらで銀色の長い髪が動いたことで揺れたのは、シュティーナ・アルヴェーン。

 淡いクリーム色のレースが使われた白いワンピースに、細いレイピア型のMGAマギアを帯剣していた。

 ワンピースとMGAマギアという不釣り合いなはずの組み合わせだが、まるでファッションの一部のように見える。


 シュティーナは世界でも珍しい歌姫の資質を持つソルジャーで、一人でソルジャーとして完結している稀有けうな存在であった。

 自身で魔力強化をしているので、他の歌姫のように魔力のロスもまったくない。

 シュティーナはラージュリアに三人しかいないSランクソルジャーの一人であり、そんな彼女が目の前にいることにソフィアは舞い上がっているようだった。



「……ソフィア。シオンの歌姫?」



 ソフィアを一度見て、シオンにシュティーナが訊ねた。



「はい。ソフィア・エーベルハインさんです」


「ソ、ソフィア・エーベルハインです! シュティーナ様が載ってる雑誌はいつも買ってるくらいファンです!」


「シオン、こいつをなんとかしてくれよ。Fランクのバトルフィールドに出撃するってきかねーんだ」



 総督が言うのを見て、ソフィアが怪訝な顔をシオンに向けていた。

 Sランクのソルジャーに対して、シオンに話を振るのが理解できないような表情をしている。



「シュティーナさん、FランクフィールドにSランクソルジャーが出撃なんて聞いたことがありませんよ」


「……シオンに、言われたくない」


「「ブッ」」



 シュティーナの返しに、総督とディーナが堪えるようにしながらも吹いた。

 二人とは違い、ソフィアは顔を青くして不安そうにしている。

 相手はSランクソルジャーであり、口答えできるような者など限られるような相手だ。

 なにしろ総督ですら言い聞かせられていないという状況だったのだから。



「今日、ソフィア初陣。シオン、歌姫と初めて。だから、護衛につく」



 思いもしなかった理由だったのか、他の者たちは固まっていた。

 ソフィアに関しては、感激しているのか口元に手を持っていって顔を赤くしている。



「わかった。ソフィアちゃんのこともあるから、今日だけだぞ。他のソルジャーのこともあるんだからな」


「ん」



 結局どうにもならなそうなのを見て、総督が折れる形となった。



「それでシオン、ランク帯なんだが大丈夫そうか?」


「僕も初めてなので、あとで報告であげます」


「まぁ、そうだよな。わかった、頼む」

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