第10話 勅命

 その日の午後、シオンはアイズが運転する車で軍基地へと向かっていた。



「まずは会見を開いて、ことの推移を見ながら戦略を練り直す必要があるわね」


「影響がないとは言わないけど、アイドル売りしてきたわけじゃないからなんとかなるわよ」


(え?)


「確かにそうだけど、でも世間はソフィアをアイドルとして認識してるから厳しくなるでしょうね」


「ソフィアさんって、アイドルじゃないんですか?」



 シオンのソフィアに対する認識はアイドルであったため、率直に出た疑問だった。



「少なくとも私はアイドルだって言ったことはないわ。私の活動はアーティストとモデル。

 なんでかアイドルって思ってる人がいるのよね」



 軍への入口ではシオンが対応しそのまま駐車場へと向かうと、そこにはディーナが待っていた。



「シオン様、お疲れ様です。すでに準備はさせてあります」



 シオンは挨拶をして二人にディーナを紹介する。



「来ましたね。待っていましたよ」


(ソフィアさんと面識があった? いや、学園のデータは軍とも共有されているから、ソフィアさんのステータスを考えれば軍が注目していてもおかしくはないか)



 シオンがお互いの紹介を済ませ、ディーナの案内で初めに向かったのは総督室であった。



「ジョルディ・エイセルだ。総督なんてやっているが、二人は軍人ってわけでもないし、気楽にしてくれていいから」



 総督は元Aランクソルジャーでもあり、短く刈った髪には白髪が混じり雰囲気を持っている軍人だ。



「娘がソフィアちゃんのファンだから、総督としてサインをお願いしたいんだ」


(初めにここに来たのはこれか……)



 そんな総督が二言目に口にしたのは、ソフィアに頼むサイン。



「総督の立場からのお願いがサインって……」



 シオンが呆気にとられて言うと、総督は真剣な顔で反論する。



「バカ野郎! 総督の肩書使わなきゃ、俺なんかがアイドルのサインもらえるわけないだろ?

 サインどころかお願いすらできないぞ!」


「まぁ、こんな知らないおじさんがサインをお願いしてきたら、私なら逃げます」


「おい、ディーナ。俺は今娘のために頑張ってるんだ。お前も援護射撃しろ」


「そうですね、なら助言をしてあげます。娘さんの画像を見せて差し上げれば、可能性はあるかもしれないですよ?」



 ハッとした総督は、急いで携帯で表示していた。

 それを見たソフィアは、ニコニコしながらサインを書く。

 最初からお願いするつもりだったのか、驚きだが色紙がすでに用意されていた。



「ディーナ、研究所のあとはソフィアちゃんの事務所で打ち合わせになるのか?」


「そうなりますね。事務所としてもなんらかの対応はしたいところでしょうから」


「そうか。わかっていると思うが、お前が折衝せっしょうにあたれ。報告はあとで頼む」


「わかりました」



 魔力研究所は総督室のある建物とは別にあり一〇分ほど歩く。

 そこでは魔力研究が行われ、なかには機密に繋がる研究もある。

 そのため建物自体が別で、軍の敷地内にはあるが独立した機関として扱われていた。



「やっぱり学園の制服じゃない方がよかったのかな?」



 確かに軍の敷地で学園の制服を着ていれば、目に付きやすいというのはあるだろう。

 そういう意味では、確かに視線が集まりやすいという状況ではあった。



「たぶん制服だからというより、芸能人のソフィアさんがいるからですよ」


「あぁ、そういうことなのね。場違いなかんじなのかと思っちゃった」



 きっとこの辺の違いは、いつものソフィアなら感覚でわかっていた。

 だがここは軍の基地あり、ソフィアにとって特殊な場所で気づかなかったのだろう。

 ディーナが案内した先はロビーがガラス張りで、デザインビルと言われた方がしっくりくるような建物で基地っぽくはない。

 


(懐かしいな)



 この魔力研究所は、以前シオンが毎日のように来ていた場所であった。

 それもあって顔見知りも当然のように多い。



「やぁ、シオン君。歌姫ができたっていうのは本当なのかい?」


「ローランドさん、お久し振りです」



 ローランド・マリアスはこの魔力研究所を任されている所長で、身長は一八〇センチほどのメガネをかけた男性だ。

 齢は四〇代で、所長と言うには若い端正な顔立ちをしている。

 彼はソルジャーや歌姫になれるほどではないが魔力を有しており、それが自身の研究を促進させたこともあって今の役職に就いていた。



「へぇー、本当にアイドルのソフィアさんが歌姫になるんだね。

 さっきディーナ君から連絡を受けたときは、それ確かな情報なのかって思ったよ」


「準備までさせているのに、まだ疑っていたんですか?」


「ほら、相手はシオン君だからね。だから報告を受けたときはみんな驚いていたんだよね。

 研究室ではシオン君の噂で今持ちきりになっているよ。

 とうとうあのシオン君に歌姫ができた! ってね」



 研究所で行われたことは、魔力の相性値を正確に測定することであった。



「ブレスレットに嵌められている鉱石はアダマンタイトだよ。

 この石は一度だけ魔力を記録する希少な鉱石で、MGAマギアなどにも使われていることも稀にある。

 相手の魔力を記録したものをお互いで持ち合って魔力のパスを繋ぐ。

 ソルジャーは属性によって色が変わるけど、歌姫は純粋な魔力だから無色透明だね。

 さぁ、シオン君は何色になるのかな?」


「所長」


「あぁ、ごめんごめん。つい研究心が出ちゃってたよ」



 ディーナに注意をされて、ローランドが魔力をアダマンタイトに込めるように言った。



「ふむ、シオン君の石は銀色だね」



 火属性は赤、水属性は水色、土属性は茶色、風属性は緑になる。

 これはソルジャーが身体強化をし、一定以上の魔力を使うと瞳の色が変わるのと同じ色だ。



「――これが、シオンの色。綺麗――」


「大抵は四代属性の色だからレアだね。じゃぁ今持っているのを交換して身につけてね。

 一応パスが通るかと、どの程度ロスが出るのか測定だけしておこうか」



 ローランドに連れられ、シオンとソフィアは別室に移動する。

 シオンが入ったのは以前ここに通っていた時によく使っていた実験室だ。

 実験室とはいっても、ただ広いだけの部屋でなにも置かれてはいない。

 壁には測定装置などが埋め込まれていて、そのときによって実験内容は変わる部屋だ。



「ソフィアさん、そこで歌って魔力を送ってみてくれるかな」


「わかりました」



 レコーディングに使うような別室にいるソフィアに、ローランドが指示を出す。

 シオンの腕でアダマンタイトが無色の輝きを放っていたのが、その強さを増していく。

 今までは水道から水を得ていたのが、滝になったくらい魔力が強化されているのをシオンは感じた。



「もういいよ。お疲れ様」



 ソフィアは実験室から出ると、ローランド所長にすぐ結果を訊ねる。

 左腕に着けているブレスレットを、不安そうに胸のところで握っていた。



「うん、いい数値だったと思うよ? 七二%だ。ソフィアさんの魔力量は多いし、それで七二%ならかなりの魔力を強化できているはずだ。

 パスを通した直後ということも考慮すれば、まだ伸び代もあると言えるだろうね」


「よかったぁ」


「まぁでもいつ出撃することになるかもわからないから、早急に同居はした方がいいだろうね」


「いや、それは――」


「ちょっと待って下さい!」


「――――!」



 シオンとアイズがローランド所長の言葉に反応していた。



「今まではシオン様の意向を尊重していましたが、第一歌姫が決まった以上ここは軍としても譲れません」



 ディーナの言葉でシオンは黙ったが、アイズはそうではなかった。



「確かに時間を多く持つことで強化の幅が広がるのは知っていますが、それは強制ではなかったはずです! そのような権利が軍にあるんですかっ!」


「このケースに限り、軍は権利を有しています。これはクラリス女王陛下からの勅命ちょくめいであり、軍ではなく国家の命令です」



 ディーナはタブレットに直筆の書類を表示させ、シオンを含めた三人にそれを見せた。



「これを拒否するのであれば、ソフィアさんがシオン様の第一歌姫になることは認められません」



 女王陛下の勅命ということもあって、アイズがそれ以上なにかを言うことはなかった。



「わかりました。そのように致します」



 そしてソフィアは、意を決したようにこの条件を受け入れた。

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