第6話 歌姫のステージ、支援艦ディーヴァ

 ディーヴァの乗口は、入ってすぐエントランスのようになっている。

 戦闘艦などで見るような灰色で無機質な感じではなく、スタイリッシュなホテルというイメージだろう。

 途中一度だけ止まり、二人はディーナに割り当てられている部屋へとたどり着いた。

 通路などそれなりの広さがあるディーヴァだが、ディーナの部屋は打って変わって狭い。

 広さ的にはビジネスホテルより狭いくらいだ。



「狭いでしょ? ディーヴァはソルジャーと歌姫を支援する浮遊艦ですから、私は部屋が用意されているだけでもいい方です。

 まぁ私の場合は、必要だから用意されたってだけなのですが。臨時の乗艦許可証を渡しておきます」



 首から提げるタイプの許可証がすでに用意されていて、ソフィアはそれを受け取る。



「時間まではここにいることになります。艦内を案内してあげたいところですが、我慢してください」



 それから二時間ほどして、二度目の艦内放送が流れた。



『総員第一戦闘配備コンディションレッド発令。総員、第一戦闘配備コンディションレッド発令。

 出撃するソルジャー、歌姫及び演奏者は各出撃ハッチにて待機せよ』



 PCとタブレットをいじりながらイヤーデバイスで指示などをしていたディーナが、静かにPCを閉じて立ち上がった。



「これから司令室へ行きます」


「は、はい!」



 司令室へ向かう間、ソフィアの緊張は落ち着くどころか増していくばかり。

 第一戦闘配備コンディションレッドが発令され、艦内の雰囲気も緊張している。

 慌ただしい声があっちこっちで発せられ、これからアスラとの戦闘が始まるのだと否が応でもソフィアに感じさせた。



「――! ディーナ大佐、お疲れ様であります!」


「あなたも。こちらの女性には私の権限で許可証を出しています。入らせてもらうわよ」



 ほとんど素通りで入ったのは、電子機器がビッシリした部屋だった。

 目の前には巨大なモニターがあり、外の様子が映し出されている。



「司令、接敵地点に到達します」


「バトルステージにて着陸後、ソルジャーを出せ!」


「了解」


『――――これよりディーヴァはバトルステージ形態で着陸する。総員衝撃に備え、出撃体勢を取れ』



 一瞬ものすごい揺れで浮き上がる感覚があり、ディーヴァは着陸した。



「ん? 参謀殿、その娘はなんだ?」



 一段高いところから、司令と思われる軍人がディーナに訊いてきた。

 年齢は四〇代という辺りで、少しも緊張した様子がなく威厳を感じさせるような人物だ。

 そんな人物に自分のことを問われ、不安そうな顔をソフィアはみせる。



「私の最重要任務ですので、それ以上の詮索は無用です。バトルフィールドに集中してください」


(私のことが最重要任務? 総督付参謀なんて肩書のディーナさんにとっての最重要任務?

 私の魔力が高い方だから? それとも、シオンが特別って言っていたのと関係があるの?)


「ディーヴァの準備整いました」


「よし、ステージとビットを出せ!」



 司令が告げると、カメラと照明のビットが何百台と放たれディーヴァが動き始める。

 ディーヴァが動き終わったあとにはステージが出現し、その周りには巨大なバトルフィールドを映すウィンドウが現れていた。

 ビットによってウィンドウには、巨大な浮遊艦のステージとなったディーヴァが映っている。



「あれがあなたが立とうとしている歌姫のステージです」



 艦内からステージに人が少しずつ出て来る。



「今日ここで歌う歌姫は七二九名います。マイクは一本だけ中央に用意され、一人だけがマイクを通して歌います」


「はい。ヴァンガードワンに入るソルジャーの、メインで歌う歌姫ですね」



 特別なポジションのソルジャー、ヴァンガードワン。

 そのソルジャーは隊を組むことはなく、ただ一人で戦うポジション。

 バトルフィールドでは先陣をきってアスラを止め、個人の判断で動く。

 ヴァンガードワンは、そのバトルフィールドに於いて最も実力があるソルジャーが就くポジションなのは周知の事実。

 これは学園に限らず、一般の人も知っていることだ。


 ヴァンガードワンに選ばれたソルジャーの歌姫は、メインと呼ばれるポジションで歌うことになる。

 歌姫はソルジャーの数だけ出撃するが、マイクを使って歌うのは一人のみ。

 メインで歌う歌姫のサポート率は、他の歌姫のサポート率より一〇%から二〇%ほど上がる。

 まだ今の戦術が確立していない当初は、ヴァンガードワンというシステムもなかったが、それで全体のサポート率が高かったわけでもない。

 これらの戦略、戦術、システムは、アスラが現れて人類が戦ってきたなかで生まれたもの。

 各国はこれらの情報を共有し、アスラと生存競争をしてきていた。


 ディーナの言葉通り、一人の歌姫がマイクの前まで進んでその時を待っている。

 そして歌姫たちのうしろには奏者たちもいた。

 ステージのさらに先にはディーヴァの目の前と、さらにその向こうにソルジャーが待機している。



「ディーヴァのすぐ前にいる部隊は、歌姫たちを護衛する後衛部隊です。

 戦闘のメインはその向こう側にいるソルジャーたちです。

 ヴァンガードワンは前衛の中央に配置されます。

 一番能力を発揮できますので単独で遊撃していき、それだけにバトルフィールドへの影響が一番高いソルジャーでもありますね」


「あの、シオンの第二歌姫も来てるんですよね?」



 ソフィアの訊いたことは当たり前のことだった。生死を懸けたバトルフィールドで、歌姫の強化をしない理由などない。

 上のランクであれば、歌姫がいなくとも戦うことは可能だろう。

 だがソルジャーはDから上のランクになるほど少なくなっていく。

 そんな上のランクのソルジャーを、わざわざ歌姫の強化もなしで下のランク帯のバトルフィールドで使う必要がない。

 だからソフィアは、ディーナが言ったことが理解できなかった。



「シオン・ティアーズは歌姫のサポートを受けて戦ったことは一度もありません」


「え⁉ 今まで一度も? そんなこと聞いたことが――」


「だから言ったでしょ? 特別だと。他の者は気づいていませんが、シオン・ティアーズもヴァンガードワンと同じような遊撃をしています」



 学園で習うことや一般的に知られていることから、ディーナが話したことは逸脱していた。

 歌姫がいない状態で出撃しているということは、最低でもシオンのソルジャーランクはFランクではないということになる。



「歌姫がいないのに出撃して、しかもヴァンガードワンと同じなんて、どういうことなんですか?」


「一つだけ教えてあげます。これは機密扱いですので、あなたもさっきの司令のように気をつけなさい」


「司令! アスラが目視できる距離に入りました」

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