第7話 バトルフィールド
アスラが勢いを保ったまま、前衛に配置されているソルジャーへと迫る。
アスラ特有のどす黒い灰色の姿とオレンジ色に光る目をしているが、上位種のように硬い金属の甲殻のようなものはない。
アスラ全体に言えることだが背骨がゴツゴツとし、まるで骨そのままと見紛うような尻尾がある。
呼吸に使われているのか定かではない筒状の突起が何箇所かにあり、明らかに人類の知識からは外れた存在。
DからFのアスラは小型種の区分ではあるが、それでも二メートルから三メートルちょっとはある。
今迫ってきているFランクのアスラは二足歩行のタイプ。二メートルちょっとで、異様に頭が大きく胴体が長い。
足は六〇センチあるかないかで、腕はその倍ある。
人に近い感じでありながら明らかにバランスがおかしいFランクのアスラは、一番嫌悪感を抱く人も多かった。
ソルジャーたちの瞳が属性の色を輝かせ魔法を同時に放つ。
火炎が飛び、風の衝撃で吹き飛ばし、圧縮された水で抉り、岩石がアスラを襲う。
そんなソルジャーたちのなかで、シオンはただ一人魔法を発現していなかった。
(――――こんなことが頭を過るなんて……。ソフィアさんのことがあったからかな)
周囲のソルジャーは歌姫による魔力の強化を受け、それを感覚として感じているはずである。
それはバトルフィールドに立つソルジャーにとっては当たり前の感覚。
だがシオンにその感覚はなかった。
ディーヴァとビットのライトでバトルフィールドは明るい。
魔法を受けて勢いが削がれたアスラたちのオレンジの光が、土煙のなかで
ヴァンガードワンのソルジャーが動き、それに続いて前衛にいるすべてのソルジャーが全開のスピードでアスラに斬り込んだ。
「ウォラァァアーー! 気持ちわりぃんだよっ!」
魔力で身体強化しているソルジャーたちが、それぞれの
このソルジャーたちが持っている
魔力が帯びやすい鉱石や魔法回路などが組み込まれている。
そしてFランクのソルジャーとはいえ、そのスピードは人の域を軽く凌駕する。
ソルジャーは身体強化やアスラからの防護という観点から、バトルスーツを着用している。
これも
魔法によってアスラの動きが止まったところを、一気に距離を詰めてソルジャーたちは急襲した。
長い腕を振り下ろし、アスラがシオンを掴みにくる。
アンバランスな体型で頭や動きはフラフラとしているが、振り下ろされる腕は剛腕と言っていい。
それほど太い腕というわけでもないが、そのパワーは侮れないもの。
シオンは
だがアスラは人のようにそれで反応など出ない。
腕を斬り落とされたことがわかっていないかのように、そのままシオンを捕食するために頭を突き出してくる。
だがその先にシオンはいない。
斬り上げた
身体はその
そのときには左から迫るシオンの
「う、うわぁぁあああ」
「援護ーー!」
シオンが声の方へ振り向くと、一体相手にしている班に二体目のアスラが向かう後ろ姿が目に入る。
一人の若いソルジャーがそれを見て焦り、呆然としていた。
「――――」
シオンは地面を蹴り、後ろからアスラの頭部を上方向から蹴り飛ばす。
頭から地面に突っ伏すアスラが、若いソルジャーの目の前にあった。
「
「――――っ!」
若いソルジャーの一撃は、目の前にあったアスラの頭を文字通りかち割る。
頭部が割れたアスラの動きが止まり、その若いソルジャーは金縛りが解けたかのようにシオンに視線を移してきた。
「初陣ですか?」
「あ、あぁ」
「そうですか。あーいう場合は仲間がくるまでの時間を稼ぐ闘い方がいいですよ。
最終的に倒せればいいので、一人で戦う必要はありません。
初陣なら、まずはバトルフィールドに慣れることですね」
「おお! 初陣で一体やったか! ちっとは緊張も解けるんじゃねぇか?
援護助かった。お前はコイツと同じくらいかもっと若そうだが、場馴れしてるっぽいな」
もう一体を片付けたようで、班長と思われるソルジャーが来た。
「初陣ではないですね」
「だろうな。止めを刺させるあたり、よく見えてる」
シオンが止めを任せたのは、経験が浅いソルジャーだと考えたからだった。
たとえそれが倒れているアスラであっても、立ち向かう勇気が必ず必要になるからだ。
「だが身体強化は解かねぇ方がいいぞ」
「ご忠告ありがとうございます」
シオンはお礼を告げて場所を移動した。
さっきのソルジャーはシオンの瞳の色が変化していないのを見て、身体強化を解いて休憩でもしていると思ったのだろう。
実際にはそんなことはなかったのだが。
出撃した翌日、シオンは眠そうに窓の外を見ながら講義を受けていた。
学生のソルジャーは、出撃の翌日は学園の単位は免除になる。
これはディーヴァでの移動時間などの関係で、明け方に帰還することもあるためだ。
また戦闘の疲労があるため、総合的に判断された制度でもある。
それでもシオンが朝から学園に来たのは、ソフィアがシオンの出撃を知っているからだ。
もしかしたらソフィアが自分を訪ねてくるかもしれない。
だがシオンが学園に来ていなかったらケガなどの心配をさせてしまう可能性があった。
アイドルのソフィアがシオンの心配をするかどうかは別の話だが。
「シオン・ティアーズ!」
「はい!」
「ちゃんと話を聞いていたんだろうな? ソルジャーや歌姫の出撃が、どのように決まっていくのか説明してみろ」
(今日は運が悪いのかも……)
シオンはこの学園で軍から制限されていることが多くある。
実技の訓練や魔力訓練。また定期的に行われている魔力測定などに関しても。
そのため学園側はシオンの魔力に関してなにも情報がないということになっている。
唯一わかっていることは実戦経験者であるため、実技に関しては問題ないだろうという程度であった。
この講師はこのことで快く思っていないであろう一人だが、なにもこの講師だけに限ったことでもない。
他の講師や学生のなかにもそういう人はいる。そういうこともあり、少しシオンにはあたりが厳しい講師だった。
「えっと、歌姫の出撃はソルジャー次第になります。ソルジャーの出撃は基本的に軍のAIで第一案が作られます。
これは全てのソルジャーの状態や、出撃履歴を確認した上で決めるには時間がないからです。
そのためアスラを感知した瞬間からAIが第一案を作成し、それを人がチェックすることで出撃リストは完成します」
「うむ――」
「ですがSランクソルジャーだけはこれに当て嵌まらず、Sランクのソルジャーだけは総督のみ権限を有しています」
「シオン・ティアーズ。AIのところは完璧な説明だったが、後半のそれはなんだ?」
ここでシオンはハッとした。Sランクソルジャーの出撃権限に関しては、軍事機密というわけではないが情報を下ろしているわけでもなかった。
「えっと、確か軍でそんな感じの噂を聞いたことがあったような気が」
「――――まぁいい。ちゃんと講義は聞いておくように。続けるぞ。歌姫もそうだが、特にソルジャーの出撃には細心の注意が――」
なんとかやり過ごしてシオンが外を眺めると、外での訓練を終えた歌姫科の人たちが戻っていく姿が目に入った。
冬を過ぎて身体を動かすのには丁度いいくらいの季節なのだろう。
どの女性も下は短パンで、生足があらわになっている。
上だけは長袖の上着を着ている人が多く、まだ少しだけ肌寒い日だったようだ。
そのなかにソフィアの姿がシオンの目に留まる。ソフィアは首下くらいまで上がっている上着のファスナーのところを摘んでパタパタしていた。
きっと体力訓練でもやっていたのだろうが、さすがに動いた後で暑いらしい。
シオンが目で追っていると、ソフィアがその視線に気づいた。
(あ、見つかったかな……キモいとか思われてたらイヤだな)
一人で自虐のような思いを感じていると、ソフィアはキョロキョロしたあと少しずつファスナーを下げ始めた。
ファスナーが下げられ、それはちょうど胸の下辺りで止まる。
白いトレーニングウェアが女性だとでも主張するように胸で押し上げられ、ファスナーの上に乗っかっているような状態で強調されていた。
アイドルのそんな姿にシオンの眠気は覚めたが、少し恥ずかしそうにしていたソフィアはべぇ~っとやって走り去っていた。
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