第4話 アラート
「シオン! 昨日のソフィアはなんだったんだ? なんの話をしたんだよ?!」
翌朝シオンがクラスへと行くと、真っ先にイゴール・バシュレが問い詰めた。
イゴールはシオンがよく一緒にいる、気兼ねなく話せる友人である。
それはイゴールも同じであり、こうして前置きなどなくストレートに訊ねてきた。
「いや、軍の護衛任務が一昨日あったんだけど、高速鉄道に乗っているときに瀕死のアスラが出て戦闘をしたんだよ。
偶然ソフィアさんもいたみたいで、助かったってお礼を言われただけだよ」
「マジかよ! あぁ、でも瀕死なら魔力感知ができない可能性もあるか。
シオンも戦闘したって言うなら、低ランクのアスラだったんだろ?
それでソフィアと話せるなんてラッキーだったな。あぁ~、またソフィア来たりしないかなぁ?」
(うまく誤魔化せたかな。パートナーの話があったなんて言ったら、きっとクラスで大騒ぎになってしまうんだろうな。
ソフィアさんはアイドルだし、そうなったら迷惑かけることになるかもしれないもんな)
これが朝のできごとである。これはシオンもある程度予想していたことであったが、そうでないことが起きた。
学園を終えてシオンが帰宅すると、少ししてソフィアが訪ねてきたからだ。
「ソフィアさん⁉」
『こんにちは! 押しかけた形でごめんね?』
「いや、なんで家知ってるんですか?」
『えへへ、昨日初めて尾行? しちゃった』
(尾行……尾行⁉ アイドルのソフィアさんが尾行⁉)
アイドルのイメージとかけ離れたソフィアの行動に、シオンは一瞬理解が追いついていなかった。
シオンの顔には、驚きとわからないというような色が表情に出ている。
『ねぇ、上がらせてもらってもいい? 誰かに見られちゃう』
「あ、そうですね。開けますので入ってきてください」
シオンはホームOSを操作して門を開け、そのまま玄関を出てソフィアを出迎えに行く。
建物から門までは四〇〇メートルくらいあり、玄関から出るとソフィアが歩いてくるのが見える。
まだ家に戻っていないようで、ソフィアは学園の制服を着ていた。
「ふふ、また会えたね?」
「家までくればそうなりますよ」
「そうだね」
ソフィアはシオンと会ってからも歩くのは止めず、シオンがそれについていく。
玄関の前でソフィアは止まって、クルッとシオンの方へ向いた。
スカートがフワッと少し広がるように浮いて、可愛らしさを演出している。
TVなどで見たことがある笑顔で、シオンが玄関を開けてくれるのを待っているみたいだ。
(本当に上がるつもりなんだ……)
「ありがとっ」
シオンが玄関を開けるとお礼を言って上がり、屈んで脱いだ靴を揃えている。
その間にシオンはスリッパを用意して、居間へと案内した。
「お家もお庭ほどではないけど広いね」
「地下に訓練施設があるので、それで敷地がちょっと普通より広いんです」
「え⁉ 訓練施設って家にあるものなの?」
「ここは僕が住んではいるんですけど、軍の施設という扱いなんです」
「そうなんだ。ご両親が経済界では有名な人とかなのかと思っちゃった」
「僕は孤児だったので、そういうことはないですよ」
シオンはこういうとき、一人暮らしとは言わず孤児だったことを告げてしまうようにしていた。
結局流れ的にこの話に行く可能性が高く、それならばサクッと軽い感じで言ってしまう方が幾分相手も気が楽なんじゃないかと思ってのことだ。
とはいってもまったく気にならないということではないので、やはりソフィアは申し訳なさそうにシュンとしてしまう。
「ツライこと言わせちゃったかな? ごめんね」
「両親がいないのはもう僕の日常ですから、そんなに気にしなくていいですよ。
とりあえず座ってください。飲み物用意しますね」
シオンはキッチンへ行って紅茶の準備をした。トレーにシュガーポッドとミルクピッチャーを用意し、ソファで待っているソフィアをシオンは見る。
(本当にソフィアさんが家にいる……)
昨日は一緒にいたとはいえ、話したのはホテルでのこと。だが今は自宅というプライベート空間というのもあって、余計に現実感をシオンは感じなかった。
「どうもありがとう」
カップに口をつけ、お互い落ち着いてからソフィアが口を開いた。
「昨日ファンになっちゃいそうって言ってたじゃない? なっちゃった?」
覗き込むようにソフィアがシオンを見る。二人は向かい合ってソファに座っているので、距離自体は少しも変わらないのだが。
だがシオンはジッとソフィアに見つめられ、それに近い感覚で一瞬目を逸らしていた。
「えっと、少し? まだ昨日の今日ですし」
「それもそうよね。昨日の答えは、変わってないんだよね?」
「そうですね」
「そっか」
シオンが口にしたことは断りなのに、ソフィアの顔は少しも曇るようなことがなかった。
それどころか真逆の反応で、これ以上ないとシオンが思ってしまうくらい可愛らしさのある笑顔を向けてきていた。
「キミのこと、攻略するから」
「――――」
「脈アリっぽいし?」
ソフィアは顔を傾げて覗き込むようにシオンを見てきて、左手にはタブレットが持たれている。
画面には昨日シオンが見ていたソフィアの検索結果のページが表示されていた。
シオンがすぐに手を伸ばすが、タブレットは逃げてしまい届かない。
「ちょっと気になっただけです。それで今日はなんですか?」
「これ」
ソフィアが見せるように袋を床から持ち上げた。
「よく言うじゃない? 胃袋から掴めって」
(……それってこういう場合も当て嵌まる? 少し違うような気がするんだけど……)
「キッチン使わせてもらうね」
ソフィアはカバンからエプロンを取り出して、料理をする準備を進めていく。
そのまま袋を持ってキッチンへと行き、本当に料理を始めた。
「キミは座ってゆっくりしてて」
ソファから立ち上がったシオンを見てソフィアが言う。
シオンはその言葉で座るが、どうにも落ち着かない様子だった。
(本当にアイドルのソフィアさんが、うちで料理してる……)
落ち着かない時間をシオンはなんとかやり過ごして、出された料理はハンバーグだった。
付け合せに温野菜とサラダが用意されている。
「食べて?」
「はい、いただきます」
シオンが最初に手につけたのはハンバーグだ。その味はレトルトの物とは違った。
(これうちにあるハンバーグソースじゃない。ソースも別で作ってる)
「すごくおいしいです」
ジッと見ていたソフィアにシオンが感想を伝え二口目にいくと、満足そうな笑顔でソフィアも食べ始める。
ソフィアとの食事に、シオンは楽しさを感じていた。もう一つ作ろうとしていたソースの話や、いつもどういう物をシオンが食べているのかなどの質問がいくつもされる。
そんな会話が食事のスパイスのようにシオンは感じていた。
だがそんな楽しい食事とは対象的なアラートが鳴り響く。ハッとした表情でソフィアがシオンを見てくる。
食事の手が止まってしまっていて、軍のデバイスを確認しているシオンの反応を気にしていた。
『速報です。国防軍の感知システムが、アスラの反応を感知しました。
フィールドランクはF。シェルターへの緊急避難指示は出ておりません。
アスラの数はおよそ九六体。今回のバトルフィールドでの最高ランクソルジャーはEランク一四名が予定されており、ヴァンガードワンにはニコラス・ヘインズソルジャーが入るようです。
関係者以外の皆様は、極力ご自宅から出ないようにしてください』
TVの画面が切り替わり、アナウンサーがアスラ襲撃の速報を伝えた。
軍から連絡をソルジャーであるシオンが受けたばかりだが、ほとんど変わらない時間。
これはソルジャーや歌姫とほぼ同じ情報が、メディアにも通知されるようになっているからだ。
もちろん軍というフィルターが一度入るので、全く同じというわけではないのだが。
「出撃しないといけないので、ソフィアさんも帰る準備してください」
そう言うとシオンは少し残っていたハンバーグを一口で食べ、まるでライスを掻き込むようにサラダを平らげる。
急いで食べ頬を膨らませているシオンを見て、ソフィアはえ? っという表情を
「ありがとう」
シオンはいつも帯剣している二本の
一本は腰の左側に提げ、もう一本は腰の後ろで水平に固定させる。
二人は食器をそのままにして家を出ると、シオンがソフィアをお姫様抱っこで抱きかかえた。
「すみません」
身体強化をしたシオンは、広い庭をものの数秒で門までたどり着く。
「ソフィアさんのこと送れませんが大丈夫ですか?」
「うん……気にしないで行って」
「気をつけて帰ってくださいね」
そう言うとシオンは建物の壁を足場にし、飛ぶように大通りの方へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます