6月。

 修学旅行を終えて、新しいクラスにだいぶ慣れてきていた。(修学旅行ではこれといった出来事はなかった。)

 俺はクラスでは近藤たちと一緒に過ごし、放課後は悠馬と自習をして帰るという安定した日々を送っていた。また、休みの日には家族とちょっとした買いもをしに外へ出たり、悠馬とラーメン屋巡りをしたりと、1日1日がとても充実していた。


* * *


 ある日のHR。

「もうすぐ体育祭がある。そのため今から実行委員を決める。男女1名ずつだ。やりたい人いるか?」

 ああ、体育祭なんてあったな。実行委員か、やりたい人なんていないだろうな………。

「あれ、いないのか?なら蒼。今まで何にも実行委員とかやってないから、いいかな?」

「わかりました」

 今まで何もやってこなかった結果、体育祭実行委員をやらされるなんて………。正直最悪だったが断る理由が見つからなかった。

「じゃあ女子h」

「わ、私!………私やりたいです」

 驚くことに、そういったのは凛だった。

「おお、そうか。じゃあよろしく」

 こうして体育祭実行委員は俺と凛に決定した。


 HRが終わると、すぐに近藤が話しかけてきた。

「蒼大丈夫か?実行委員やらされて、しかも西野となんて」

「大丈夫だよ、何とかなるさ」

 正直不安だった。なんであの場面で凛が立候補したのかよく分からないし、うまくやっていける自信もなかった。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。

「もしかして西野、蒼の事好きなんじゃね………?」

「え?………そんなことないでしょ」

 そう、そんなことあるわけがない。だって凛は俺を振ったんだから。


* * *


「よろしくね」

 初めての実行委員の集まりので、凛はいつも通り俺に話しかけていた。

「こちらこそ」

 いつも通りに返答したが、とても緊張していた。


 実行委員のやることは、クラスで種目ごとに選手や並び順を決めたり、当日道具を準備したりすることだ。家でやる作業は少なく、思っていたよりも簡単そうで安心した。


 それから凛と協力して、順調にやることを終わらせていった。

 放課後に2人で話し合うことも何度かあったが、特に何もなかったし、最初に感じていた緊張もだんだんとなくなっていった。

 唯一、悠馬との時間が減ってしまったことが残念だった。優しい悠馬は「気にせんで!」と言ってくれたが、本当に申し訳なかった。


 体育祭1週間前。

 朝、教室に入るとなんだか冷たい視線を感じた。自分の席に着くとすぐに近藤たちが俺を廊下に連れ出した。

「蒼、なんか変な噂が広まってるぞ。蒼が西野を妊娠させて別れたとか、ストーカーしてるとか………」

「そもそも別れたこと自体あんまり知られてなかったみたいで、それにみんな驚いててさ、」

「この噂1週間くらい前からあったぜ、こんなん誰が信じるかって思ったけどこんなになるなんてな………誰が流したんだろ」

 俺は言葉が出なかった。頭が真っ白だった。よくわからなかった。

「………え、どういうこと」

「俺たちもよくわからん、とりあえずいろんな人に話きいてみるわ」


 俺は周りが怖くなった。誰かが俺の事を恨んでいるのだろうか………。みんなが今まで通り話してくれなくなるんじゃないかと不安だった。

 そして何より凛に申し訳なかった。後1週間、実行委員の仕事を凛とやっていく自信がなくなった。


 けれど凛は変わらずに俺と実行委員をやってくれた。気まずさなど1ミリも感じられなかった。不思議だったがとても安心した。本当は謝りたかったけどできなかった。


 噂は体育祭が近づくにつれて小さくなっていった(気がした)。

 最初はみんなの視線が痛かったし、学校に行くのが辛くて泣いていた。だけど近藤たちが「気にするな」と言ってくていたおかげで何とか乗り越えられた。

 また、悠馬も俺の事を気遣ってくれた。どうやら噂は他クラスにまで広まっているようで、悠馬はとても心配してくれた。それが本当に心の支えになった。俺は本当にいい友達を持ったものだ。


 そして体育祭当日。

 みんな体育祭に夢中で噂など忘れているようだった。俺は悠馬や近藤たちと適当に話しながら楽しく過ごすことができていた。

 このままずっと話していたかったが、実行委員の仕事があった。次の競技の準備だ。俺はグラウンドの真ん中に走って向かった。

 すると、また冷たい視線を感じた。気にしないようにしよう、そう思ったが、それは他学年からのものであり、俺は絶望した。そんなに噂が広まっているとは思わなかった。

 みんな俺の事を噂している。大声をあげて泣きたかった。気にしないように頑張っていても、限界が来ていた。


 準備を終えたら、走ってトイレに向かった。1人になりたい気分だった。

「蒼君」

 トイレに向かう途中、声をかけられた。振り返ると凛が立っていた。この辺りは人がほとんどいないので凛の声がよく響いた。

「蒼君どうしたの?」

「え?」

「何かあったんでしょ?大丈夫?」

「ううん、何もないよ」

「嘘。だって蒼君泣きそうじゃん、」

 そうだった、凛は勘が鋭くて優しい子だった。

「ごめんね」

 俺は凛に抱き着いた。心に余裕がなかった。誰かに慰めてもらいたかった。

 凛は俺の背中を撫でてくれた。

 凛からいい香りがする。とても暖かい。心が癒されてふわふわした気分になった。ああ、ずっとこのままでいたいな………。


 バン!

 スターターピストルの音で我に返る。俺は何をしているんだ………。

「ごめん」

 俺は凛から離れて急いでトイレに向かった。

 また俺はやらかしてしまった。凛はどう思っただろう。本当に申し訳なかった。

 俺は個室に入り、座って少し休んだ。

 走ったせいだろうか、なんだか体が熱い。それにドキドキと心臓の音がうるさかった。

 

 

 


 

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