クリスマス

 約4か月前。

「蒼君みて!このネックレス可愛い」

 そう言って凛はショーケースを指さした。

「本当だ!」

 見ると1つ6000円程のものだった。シルバーとピンクがある。俺は凛とお揃いにできるなあ、なんて考えていた。

「いつか蒼君とつけてみたいなあ」

 凛も俺と考えていることが同じだった。すごく嬉しい。

「だね。凛はシルバーとピンクどっちがいいの?」

「うーん。どっちもいいなあ。でも蒼君は絶対シルバーが似合うと思う!だから私はピンクかなあ」

「よかった、俺ピンクはちょっと恥ずかしいなって思ってたんだよね」

「そうなんだ。蒼君かわいい」

「うるさいなあ」

 俺は少し顔を赤らめた。

「凛このネックレス本当に似合いそうだな。美人で肌が白い凛には、首元のピンク色がすごく映えると思うよ」

「そうかな?ありがとう」

 凛は笑顔だ。幸せそうだった。


 その後、俺は少しずつお金を貯めてネックレスを買った。もうすぐクリスマスだから、その時に渡そうと思っていた。

 凛の喜んだ顔を見ることや、ネックレスをつけた美しい凛を見ることをとても楽しみにしていた。早くプレゼントしたくてたまらなかった。クリスマスが待ち遠しかった。


* * *


 凛に振られてから数日が経った。俺の精神は少し安定してきた気がする。

 悠馬は毎日ではないが、放課後俺と一緒に自習してくれる。

 凛は学校に来ているが、俺と目が合うことすら1度もなかった。


「明日は待ちに待ったクリスマスだね~!蒼はなんか予定あるん?」

 帰り道、悠馬が話しかけてきた。

「特にないよ。悠馬は?」

「俺はもちろんゲームだよーん。クリスマスはイベントが多くて多くて~」

「まあ、そんなことだろうと思ってたよ」

「確かに俺ゲームしかしてないからな………んじゃ、また!」

「またね」


 明日がクリスマスなんて俺は悠馬に言われるまで忘れていた。

 凛がいないクリスマスなど俺には何の意味もない。

 運よくクリスマスは学校がある。悠馬もゲームで忙しそうだし俺はいつものように自習して帰ろうと思った。ネックレス渡したかったなあ。


 迎えたクリスマス。俺はいつものように学校に行く準備をした。

 ネックレスの事が頭をよぎる。

 本当は今日凛に渡す予定だった。でも凛には振られてしまった。別れた後でも渡してもいいのだろうか、そんなことも考えた。でも、普通に考えて『元カレからクリスマスにネックレスのプレゼント』はきもい。

 でも渡したい。渡さなかったら一生後悔すると思った。

 自分から渡す勇気はない。きもいなんて思われたくない。

 凛が「今日クリスマスだけど、プレゼントとか、ないの?」とか言ってくれることを願った。まあ絶対にないだろうけど。

「はは、ダサいな俺」

 鞄の中にネックレスを入れた。


 教室はクリスマスの話題で盛り上がっていた。

 話を聞くと、多くのクラスメイトは、この地域で有名なライトアップを見に行くようだ。俺は、親にケーキを買って来いと頼まれていたので、ついでに見に行ってみようかなと思った。


 いつも通りに授業を受けて迎えた放課後。

「蒼~!俺今日ゲームのイベントで忙しいから帰るわ」

「わかった」

「ごめんね~。んじゃ!」

 そういって悠馬は帰って行った。

 他のクラスメイトもせっせと支度をしてクラスを出て行った。


 教室に1人残った俺は、自習を始めた。だけどなんだか気持ちが落ち着かなかった。学校の外の様子が気になって仕方がない。

 集中できるようにイヤホンを耳にさしてクリスマスソングを流した。普段は自習中曲を流すタイプではないが、こうでもしないと勉強できない気がした。


 俺はいつもより30分早い6時半に自習を切り上げた。

 学校を出て少し歩くとサンタのコスプレをしている人や、ベンチに座ってケーキを食べている人がぽつぽつと現れてきた。

 ライトアップが行われている場所にたどり着くと、人がたくさんいて前へ進むのが大変だ。歩道の周りやお店、木々など全体的に行われていてとても綺麗だった。そして何よりも巨大なクリスマスツリーが見もので、見ると涙が出てくるような迫力だ。

 俺は何枚か写真を撮って、ケーキ屋に向かった。


 ケーキ屋は案の定、長蛇の列ができていた。

 俺の前に並んでいるのは手をつないでいる高校生カップルだった。もちろん歩いている時にも多くのカップルを見てきたが、視界に入らないようにしたためそこまでダメージはなかった。俺は気にしないようスマホに集中した。しかし、カップルの会話が耳に入ってくる。

「結構並んでるね、じゃあ今渡しちゃおっかな~」

「え~なになに?」

「はいこれ」

「わあ!これ前欲しいって言ってたやつだ!覚えててくれたんだ!うれしい」

「つけてあげるよ………できた!めっちゃ可愛い」

「やったあ!これ確かペアルックだったよね?」

「そうだよ。ほら。どう?」

「え、めっちゃ似合ってる!お揃いのもの増えて嬉しい!本当にありがとう」

 俺は涙が出そうになった。本当は俺だって……俺だって今日凛にネックレスをプレゼントして………それで………………。

 俺は考えないように頑張った。これ以上考えると大泣きして、最悪の場合には前のカップルに『大丈夫ですか?』と声をかけられることになる。

 前の高校生はカップルじゃなくて友達。彼氏に見えるほうは今流行のボーイッシュ女子。そう思い込むことで耐えた。

 俺は25分くらい並び、ケーキを買って家に向かった。


 俺は心を無にして駅に向かって歩いた。8時を回るくらいだったので、まだまだにぎわっていた。ライトアップされている場所から離れるにつれ人がどんどん少なくなっていった。

 歩いていると少し先に凛が見えた。いや、いきなり凛が現れるわけがない。これは幻覚だ。俺もダメダメだな………。そう思いながらも鞄からネックレスを取り出してポケットに入れてみた。

 少し近づいて見ると凛は数人の男性と何かを話していた。なんかおかしいな、まあ幻覚だからっていいことばかり映るものではないか………。

 俺は何度か目を離したり瞬きをしてみた。しかし、幻覚は一向に消えない。ここでやっと現実であることに気が付いた。

 凛は新しい彼氏を探そうとしているのか。俺には希望がないことなんて分かり切っているのに、とてもショックだった。俺は凛に気づかれないように来た道を戻ろうとした。

 その時、凛がしりもちをついたように見えた。気のせいだろうと思いながらも確認したら本当だった。よくよく考えるとおかしい。凛は男性に囲まれて遊ぶようなタイプでもない。そして、よく見ると男性は髪を染めていて、革ジャンを着こなしタバコを吸っていた。柄が悪い感じだ。

 俺は走って凛のもとに向かった。感情が湧く前に体が動いた。そして1人の男性に思いっきりぶつかった。

 俺は頭が真っ白だった。男性たちが何か言ってきたが聞き取れなかった。俺は凛の手を引っ張り走った。凛は驚いた顔をしていた。


「蒼君、もう追ってきてないみたい………」

 前だけを向いて走っていると凛が話しかけてきた。

 俺は足を止めて凛の方を向いた。

「………大丈夫?あ、ごめん」

 俺は掴んでいた凛の手を咄嗟に離した。

 凛はいつもと変わらない表情をしていた。落ち着いているようだった。

 だが、凛は突然俺に抱き着いてきた。

「怖かった………」

 その声は震えていた。

 この時、凛は少し大人びているだけで、実際は弱い女の子なんだということに気づいた。俺はそっと凛の背中を撫でた。凛の体が冷えているような気がした。ずっと俺が守ってあげたかったな。

「もう大丈夫だよ」

 凛の耳元で囁いた。少し温まった気がした。

 ふと、ネックレスの事を思い出した。渡すのは今しかないと思った。

 俺はポケットからネックレスを取り出して、気づかれないように凛のポケットに移した。


「もう大丈夫。ごめんね、ありがとう」

「ううん。俺の方こそ突然引っ張ってごめん」

「蒼君が謝ることはないよ。だって助けてくれたんだもん。本当にありがとね」

 そういって凛は微笑んだ。

「これから凛はどうするの?一人なのか………?」

 元カレの俺がこの質問をするのはどうかと思ったが、さっきの事を考えると心配だった。

「どうしよう、1人で帰ってるところだったんだけど、さっきの事もあるし………」

「お母さんに迎えに来てもらったら?」

「あ、そうだよね。そうしよっかな」

「うん。それじゃ。ちゃんと明るいところにいるんだよ?気を付けてね」

「ありがとう」

 そういって俺たちは別れた。


 本当は一緒に帰りたかった。守ってあげたかった。

 でもそれは何か違う気がした。するべきではない立ち位置に俺はいたからだと思う。





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