第46話 星を守りし盟約の獣
「ブッチャー・バン・キャシディッ!!」
わたしたちが長老樹の元へとたどり着く。
だけど彼はそれに慌てた様子はなく、むしろ歓迎するように告げた。
「お待ちしておりましたよ。こちらの準備は整っていますからね。
是非とも堪能していってください。伝説からも
あいつ――完全に自分に酔ってない?
「アースレピオスに讃えた霊力は十分ッ!
黒触のおかげで星の内部へとアクセスはしやすいッ!
本に書かれていた術式も完璧だ。これなら失敗するはずがないッ!」
そして、キャシディ伯爵は地面にアースレピオスを突き刺した。
するとそこを中心に複雑で見たこともない術式が大きく展開する。
「させるワケにはぁ……!」
ナージャンさんが近づこうとするけど、黒触から触手が伸びてくる。
さすがに触るワケにはいかないと、ナージャンさんは珍しく舌打ちしながら跳び退いた。
「もう……邪魔するんだからぁ……」
黒触から触手のようなモノが伸びてくるものの、キャシディ伯爵のことは避けている。
その様子を見る限り、アースレピオスがワクチンっていうのは信憑性が高まったけど……。
「あーもーッ! 触手のせいで伯爵に近寄りづらいッ!」
ナージャンさんだけでなく、わたしたちはそれぞれに伯爵に近づこうとするも、どうしても邪魔をされてしまう。
「変に触れるとどうなるかわかったもんじゃないしな」
「儀式を止めたいけどぉ、ちょっと難しいかなぁ……」
「この距離でみすみす逃してしまうなんて……ッ!」
近づけば触手に襲われてしまうので、襲われないところまで下がるしかない。
もちろん、伯爵の纏う霊力の壁は健在だ。
多少の攻撃なんてビクともせず、儀式が続いてしまう。
「悠久よりも古き獣よッ! 星を守るチカラを与えられし獣よッ! 目覚めて来たれッ! 我が元にッ! 我が名はブッチャー・バン・キャシディ!
高らかに歌い上げるように、キャシディ伯爵がその言葉を口にするとアースレピオスの形状が変化していく。
その姿は、まるで杖の形をした注射器だ。
「アースレピオスのチカラを
そして、大地にアースレピオスの中にある何かが注射された。
ややして霊力が渦を巻いて集まってくるのを感じる。
注射された地点とは違う。どちらかと言えば長老樹――あるいは、黒触の中心に、だ。
何かとてつもないモノが姿を見せる。それだけは分かる。
黒触から沸いて出ていた触手が、黒触の中へと戻っていく。
代わりに、そこから何かがせり上がってきた。
黒い、粘性の、狼?
「オ、オオ、オオオオ……」
だけど、どこか苦しそうな声。
キャシディ伯爵が失敗したの?
「メイヤク、ケイヤク、覚エテ……イル、カ?」
「申し訳ありませんな。長い歴史の中で消えてしまったようでして。
出来れば、どのような盟約や契約があったのかを教えて頂けると幸いです」
黒い狼の赤く光る瞳だけが、強く禍々しく輝く。
「コノ、ヨウナ……目覚メヲ、アノ声ナク、サセタ、カ」
あ、これは不味い。
わたしの直感が告げる。
キャシディ伯爵の儀式は恐らく何かが足りなかった。
あるいは――
「今更だけどぉ、どうして先史文明時代の人はぁ、これを使った黒触の対処しなかったのかしらぁ?」
「危険だと判断したんだろう。恐らく、
ナージャンさんとビリーの推測が恐らく正しい。
「アースレピオスは、
「うん。ナーディアさんの言う通りだと思う。
本来は星を守る為のチカラを、ヘタしたら星を壊すために振り回しかねない。文字通りの魔獣を呼び起こしかねない危険な道具だったからこそ、使用されずに放棄された」
あの粘液で出来たような黒い狼は、本来どんな姿だったのかは分からない。
だけど、あんな形で召喚なんてされたくはなかったんじゃないだろうか。
「メイヤクヲ知ラズ、コノヨウナ、醜キ姿ヲ晒サセタ。許ス、ワケニハ……イカヌ」
「あ、貴方は
「我ハ、
「それでもッ、貴方は私をこの星の王にする為のチカラを貸してくれるのであれば……!」
「欲望ハ大事ダ。ダガ、過ギタル欲望ハ、行キ過ギタ欲望デ、星守ノチカラヲ、得ヨウトスル行イ。星守トシテ許サヌ」
瞬間、ロボロシェードを名乗る狼はキャシディ伯爵に飛びかかった。
慌ててアースレピオスを掲げるものの、ロボロシェードはそれで止まらない。
「なッ、うげっ……この、なぜ……ごぽ、わたし、は……」
粘液に飲まれ、咀嚼され、キャシディ伯爵はあっと言う間にその姿を消してしまった。
「オ前タチモ、我ノチカラヲ求メル、カ?」
「いや。オレたちは、今食べられてしまった男の儀式を止めようとしてたんだ。間に合わなかったようだけどね。申し訳ない」
「ソウカ。気ニスル、必要ハ、ナイ。星守トシテ、感謝スル」
キャシディ伯爵に向けた言葉とは異なる穏やかな調子に、安堵しそうになる。
だけど――
「ダガ、
イヤ――違ウ。黒疫構築体トハ、星ノ病ノ擬獣化。
ユエニ、星ヲ侵サネバ、ナラヌ。星ニ生キルモノヲ、蝕マネバ、ナラヌ」
苦しそうに、血を吐くようにロボロシェードが告げた。
「黒触を媒介とした召喚だからこそ、星守の役目と黒触の役目を折半しているというコトですか?」
「左様……逃ゲテモ無駄ダ……スマナイガ、オ前タチハ、ココデ……」
きっと、「殺してしまう」とか「死なせてしまう」とか言うんだろうけど――悪いけど、言わせないわ。
「冗談ッ、大人しく殺される気はないわッ!」
「シャリアちゃん……ッ!」
「抵抗くらいさせてもらうからッ!」
ロボロシェードの血のような双眸が、わたしを真っ直ぐに射抜く。
「強キ娘ヨ。ナラバ、抗ウガ良イ」
少しだけ、笑っているような気がするのは――気のせいじゃないのかもしれない。
「うん。わかりやすくなってきた」
そして、わたしの言葉にビリーが乗ってくる。
「そうですね。やるしかないなら、やりましょうか」
「森がなくなっちゃうのもぉ、困っちゃうしねぇ……」
ナーディアさんとナージャンさんもやる気のようだ。
「メイヤク……盟約ガ失ワレテモ、強キ輝キハ……失ワレテハ、イナイノカ……」
間違いなく、ロボロシェードが笑っている。
「額ダ。強ク輝ク者タチヨ。我ガ額ニアル、第三ノ瞳コソ、核デアル」
「それを壊しちゃったら、星守として死んでしまったりするのかい?」
「否。再ビ星ノ記憶ニ還ルノミ。盟約ガ、失ワレテ、イナケレバ、コレハ試練デアッタ」
「試練?」
「強キ輝キヲ持ツ者ト、我ガ契約スル為ノ……」
ロボロシェードの言葉が不自然に途切れる。
一拍ほど時間を置いて、遠吠えとも叫びとも取れる声を上げた。
「オオオオオオオオオオオオオオ!」
真っ赤な双眸に狂気を宿しながら、ロボロシェードが、弱々しく告げる。
「星守トシテノ、理性ハ、ココマデノ……ヨウダ……。
ドウカ、強キ者タチヨ……我ガ星ヲ、穢ス前ニ……ドウカ……」
わたしはロボロシェードを見据えながら、手にしたマリーシルバーへと口づけをした。
「行こう、マリーシルバー。
きっとこれが――この家出、最後の戦いよッ!」
とんでもないことになってきたけど、だからといって負けるワケにはいかないからッ!
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