第45話 未来を覆う砂嵐、だけど眼-まなこ-は見開きて


「みんな走ってッ!」


 ナーディアさんの声とともに、わたしたちは弾丸のように降り注ぐ水滴から逃げる。


 地面にぶつかり穴を穿ち、水滴は弾けて小さな水を周囲にばらまく。

 恐ろしいのは、その弾けた水すら攻撃力を持っていたことだ。


 威力は大したことはない。

 だけど、水滴そのものを躱しても、弾ける水が小さな痛みを無数に与えてくる。


「ぐうううう……ッ!」

「……うく……ッ」


 直撃そのものは避けたけど、全員無傷とはいかない。

 水滴に掠り、弾けた水を浴び、大なり小なりの傷を作りながらも何とか生き延びた。


「みんな、生きてるわよね」

「なんとかぁ……」

「はい……」

「もちろん……」


 でもそれだけで、だいぶ満身創痍のようになってしまった。


「いやはや。押し潰す水圧アクア・プレッシャーでこれほどとは」

「嘘でしょ……」


 ナーディアさんが目を見開く。


「今のが燃え立つ衝撃ショック・クリメイトと同格の術式ですって……」


 呆然と口にする言葉を聞けば、驚くのもわかる。

 燃え立つ衝撃ショック・クリメイトはよく知っている。ナーディアさんが好んで使っている炎の術だ。


 それを知っているからこそ、今のがそれと同格の術式だということに驚きを隠せない。威力のケタが違いすぎる。


「今なら、現在では使えないと言われている古い術式も使える気がするな」

「キャシディ伯爵ッ!」


 楽しそうにアースレピオスを見ている伯爵に向かって、ビリーが地面を蹴った。

 怪我をしているとは思えないほどの速度の踏み込みから繰り出す、抜剣一閃――


「おっと」


 ――だけど、ビリーの瞬撃を、キャシディ伯爵は素人に毛が生えたような動きで受け止めた。


「アースレピオスのおかげか、反応速度などもあがっているようでね」


 そして伯爵は余裕綽々に、杖を持たない方の掌をビリーに向ける。


「クソッタレが」

無彩色の衝撃ブラスト・インパクト


 次の瞬間、キャシディ伯爵が放った霊力衝撃波を受けたビリーが吹き飛ばされた。


「ビリーッ!」


 思わず声を上げるてしまうけど、ビリーは空中でなんとか体勢を整えて着地する。

 だけどすぐに膝をつき、地面に剣を突き立てた。


「大丈夫だ。かなり痛かったけどね」


 やや無理した声色だけど、完全に動けなくはなってないみたいだ。


 わたしは視線をビリーからキャシディ伯爵に向ける。


「あなたはそのチカラで国王にでもなるつもり?」

「そんなスケールの小さいモノではありません。もっと大きなモノを目指しているのですよ」

「大きなモノ?」

「この国は――いえ、この世界は滅びに貧しているッ!

 王になったところで黒触がある限りッ、安寧なる統治はあり得ないッ!」


 その点については、反論しづらい。

 実際、黒触は問題だ。あれをどうにかしない限り、この世界はいずれ終わると言われてしまえばその通りだろう。


「だから私は目指すコトにしたのです。

 この星を統べる王――すなわち星王せいおうをッ!」


 思わず、わたしたち四人は沈黙した。

 もしかしなくても、ゴルディがキャシディ伯爵についていけないと感じた理由はコレだったりする?


「あまりのスケールの大きさに声が出ないようですな」

「いやー……えーっと、何というか……」


 うまくリアクションができずにいると、彼は勝手に満足したようにうなずく。


「上手くいくはずがないと思っているのでしょう?

 ですが、このアースレピオス。この杖で星守獣ステラニマを目覚めさせチカラを借りれば、それも夢ではないッ!

 何せこの杖は――星を冒す病に対抗するべく作られたワクチンなのですからッ!!」


 うーん? イマイチ理解はできないんだけど……。


「そうして私は黒触を治療できる唯一の絶対者となり、そして権力を手にいれるッ! 私という器は、この小さな国に収まるほど矮小ではないのだからッ!!」


 高笑いまで始められちゃったけど、どうにも対応に困るな。


「まったく……アースレピオス関連の話が事実だったとしても、それ以外の願望が誇大妄想にも等しくてイヤになるな」


 そんな伯爵に対して、ビリーは小馬鹿にした調子で告げる。

 だが、キャシディ伯爵はそれを対して気にした様子はなかった。


「誇大妄想、か……。そう思いたければ思うがいい。

 だが、星守獣ステラニマが実際に目覚めたならば、そうも言ってられまい?」


 あくまでも星守獣ステラニマがいること前提、か。

 実際にいたとしても、本当にチカラを手に入れられるかどうかは未知数だと思うのだけれど……。


「アースレピオスを使う為のカギとやらはいいの?」

「ふっ、確かにな。気にはなっていた。

 王家だけが知るカギとは何か……念のため探ってみたのだ。だが、私の手元の本に載ってなければ、調べたところで出てこない。

 シャーリィ・マイト・ベル。貴方もそれを知らないようですしね」


 ふぅ――と息を吐き、キャシディは笑う。


「だから、気にしないコトにした。そんなものは無いのでしょうからね。

 恐らく盗まれた時や悪用された時のコトを考え、それっぽい噂を流してあるだけなのだと、私は結論付けたワケです」


 ……少しばかり過信がすぎる気がするけど、付け入る隙になりうるなら自覚させない方がいいかな?


「さて、いつまでも貴方たちの相手はしてられませんからね。この辺りで失礼させて頂く」

「逃がさないわッ!」

「いいえ。逃げさせて頂きますよ」


 わたしはマリーシルバーを構えるも、弾鉄を引くより先にキャシディ伯爵の持つアースレピオスの石突きが、地面を叩いた。


 同時に、そこを中心に衝撃波が円形に広がってわたしたちに襲いかかる。


 木々を揺らし、簡素な柵をなぎ倒し、草花を散り散りにさせながら。


「くッ!?」


 威力はそこまでではないものの、わたしたちは耐えきれずに地面に転がった。


 そして顔を上げた時、キャシディ伯爵の姿が消えている。


「……あの人ッ、どこへッ!?」


 真っ先に立ち上がったわたしは周囲を見渡しながら声を上げた。

 それに対して、よろよろと立ち上がるビリーが答える。


「恐らくは黒触のところだ。

 アースレピオスの真のチカラとやらを使う気なんだと思う」


 立ち上がったビリーは剣を納め、ナーディアさんに手を差し伸べる。

 それを見て、わたしも近くで倒れていたナージャンさんに手を貸した。


「でもぉ、伯爵が黒触を解決してくれるならぁ……それもアリじゃなぁい?」

「姉さん、本当にそう思います?」


 ナージャンさんの言葉に対して、ナーディアさんが即座に訊ねる。

 すると、ナージャンさんも肩を竦めた。


「まぁ無いわよねぇ……。

 よしんばそれだけのコトが出来たとしてもぉ、そのチカラを笠にした暴君が生まれるだけよぉ」


 わたしとビリーも同意見だ。

 それに――


「本当に星守獣ステラニマが実在したとして……そんな超常の存在が素直にチカラを貸してくれるとも思えないわ」

「だね。やっぱり、伯爵は止めるべきだ。大事になる前にね」


 もう十分大事になってるじゃない――と、わたしもナージャンさんもナーディアさんも思ったけれど、それは敢えて口にしない。


「行きましょう。伯爵はたぶん、長老樹のところにいるわ」


 そうしてわたしたちは、手当もそこそこに、キャシディ伯爵がいるだろう長老樹の元へと急ぐのだった。


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