第39話 その真面目さは気高くさえあり
メガネの人が書類の準備をしはじめたのを確認したわたしは、別のカウンターの方へと向き直った。
「ビリー」
「えーっと、シャリア……」
「貴方でもこのくらいのコトは出来たと思うのだけど?」
貴族と結構かかわってるビリーだ。
揚げ足取りや屁理屈の応酬なんて、お手のもののはずなんだけど。
「それがその……あのヘラヘラした馬鹿の態度に腹立っちゃって……。
ちょっと冷静さを欠いてたみたいだ。その自覚があったから動きづらくって」
「ふーん、ビリーがねぇ……」
わたしの推測は概ね間違ってはいなかったらしい。
とはいえ――確かに腹の立つ男だったけど、ビリーが簡単に冷静さを失うとは思えない。
「レディ・シャリア。そうビリー殿を叱ってやらんでくれ」
「え? おっちゃんッ!?」
わたしがビリーにチクチクとやっていると、気配もなくMr.がぬっと現れた。
その右手は、何故かへらへら野郎の手首を掴んでいる。
「こやつの腕時計はSAIデバイスのようでしてな。
武器としての機能はなさそうですが、一定範囲内の相手の感情に作用するようですぞ」
「……自分でもらしくないと思ってたけど、それのせいか」
瞬間、ビリーが抜剣した。
同時に彼の腕時計が切り落とされる。
「銀行員として最低だな、お前」
「いや、あの……」
「全くですな」
もちろん、こんなご時世だ。
銀行員が貴族や商人から賄賂を貰ったり、お金でアウトローに雇われていたとしても不思議はない。
もっとも――それがバレてしまった場合、自分がどういう目に遭うのかまで考えられるかどうかは別問題なんだけどね。
「言え。ラタス姉妹に嫌がらせを依頼したのは誰だ?」
SAIの効力が切れたのか、あるいは最初からそこまで強い作用はなかったのか。
ともあれ、ビリーが冷静さを取り戻してしまえば、こうもなる。
「事と次第によってはわしが追っている反逆者も関わっている可能性がありますぞ。
その場合、貴方がそんなコト知らなかったと言っても関係なく、それに荷担したモノとして逮捕させて頂きますからな」
完全に詰みね。
軽い気持ちだったのかもしれないけれど、この場を乗り切れるような腹芸も出来ないのに引き受ける方が悪い。
あの男のことはビリーとMr.に任せておかばいいわね。
わたしはラタス姉妹の様子を見るとしましょうか。
すると、ちょうど二人が書類にサインをしようとしているところだった。
「二人ともちょっと待って」
「シャリアちゃん?」
「シャリアさん?」
ソックリな動作でこちらに振り向く二人の間から、わたしはカウンターの上の書類に手を伸ばす。
「見るわよ」
「ええ。構いません」
書類は二種類。
一つは支払い完了を証明するもの。
もう一つは、支払い完了にあたっての約束事などが書かれたものだ。
わたしはそれぞれに目を通して、余計な文言が付いてないのを確認する。
それだけじゃなくて、書類の内容の解釈次第で二人が不利になるようなことがないかも確認。
「問題なさそうね」
「少なくとも私は銀行員であるコトを誇りに思ってますので」
メガネのブリッジを押し上げながらそう言う彼は、どこか気高さすらも感じる。
「そういえば名前を聞いてなかったわ」
「マキューエンです。マキューエン・グレイザー。以後見知りおきを」
「信用させてもらうわ、Mr.グレイザー。
二人とも、サインして大丈夫よ。詐欺のようなコトは書かれてないから」
「その信用に応えましょう。レディ……」
「シャリア・ベーロよ」
「レディ・ベーロ。ご友人方を騙すようなマネは致しません」
「ええ。よろしくね」
とりあえず、これでラタス姉妹の目的は果たしたワケだけど……。
次は、Mr.凶犬の相談事よね。
一体どんな内容なのやら……。
そうしてわたしが二人から離れた時――
「ちょいと邪魔するぜ」
銀行の入り口から、大柄で髭ヅラのいかにも悪党ですって感じの男が入ってきた。
丸太のような四肢を持っているせいで横に太く見えるけど、決して肥満ってワケじゃない。
腰元にはナタのような武器を下げている。無骨で古くさい見た目だけど、あれはたぶんSAIデバイスだ。
へらへら銀行員の腕輪のような、変な機能が付いてなきゃいいんだけど……。
「うちの用心棒のサソリが表で死んじまってるんだがよ、事情を知っている奴はいねぇかい?」
うちの……ね。
結構な大物そうじゃない?
チラリと視線を巡らせると、ビリーとMr.も彼に対してどう対応するかを逡巡している様子だ。
でもまぁ、関係者が自ら首を突っ込んできたんなら、せっかくだし利用したいわよね。
それに――ビリーとMr.には少し掃除に出てもらいたいし。
「あら、ごめんなさい」
だからわたしは、気楽な調子で一歩前に出た。
ついでにビリーへと目配せをしてあげれば、心得たとばかりにこっそりと動き出す。
ビリーが動き出す気配を感じながら、わたしは少し大げさな身振りをしながら大男に話しかける。
「せっかくの賞金首なのに、お金に換えるのを忘れてそのまま放置しちゃってたわ。通行の邪魔になっちゃうわね」
「ほう」
すると、大男はこちらを睨むことはせず、むしろ興味深げに目を眇める。
彼が誰であるのか――確信はあるけど確証はないので、ちょっと確認してみよう。
「貴方もわたしのお小遣いになる気はある? Mr.ゴールドスピーカー?」
「腹が据わってるじゃねぇかシャリア・ベーロ……いや、シャーリィ・マイト・ベル。
あとゴールドスピーカーってのは組織名でな、俺の名はクロフ・ゴルディってんだ。覚えておいてくれると嬉しいぜ」
殺気は感じないからすぐにやる気はないんだろうけど……。
わたしは思わせぶりにマリーシルバーへと手を伸ばす。
すると、ゴルディは軽く手を挙げてこちらを制してくる。
「おっと待ってくれ。撃ち合いをする気はねぇ。
というか、サソリ相手に勝てちまうような奴と真っ向勝負はしたくねぇよ。
腕っ節にはそれなりに自信はあるが、アンタには勝てそうにねぇからな」
「そうなの? てっきりサソリの仇討ちとか言ってくるかと思ったんだけど」
「用心棒の仇を討つってのも、ちょいと違ぇだろ?」
「まぁ言われてみれば確かに」
思うことはあれど、確かに護衛の仇というのもおかしな話ね。
親しい間柄であればともかく、ビジネスライクだったのなら、特に感慨もない……か。
ただ――だとすると……。
「それじゃあ、彼を殺したわたしに何の用かしら?」
告げるとゴルディは困ったように頭を掻いた。
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