第38話 7ガバロ狂想曲
「見事な腕前ですな」
「Mr.」
ハーディンが倒れたのを確認してわたしが一息つくと、背後から声を掛けられて振り返る。
「駅で逃がしちゃったのかしら?」
「存外、引き際を心得ている男でしてな」
まぁ駅の時は、周囲のギャラリーも、この場の比じゃなかったし、周囲を考慮しすぎて逃げられちゃったってところかな。
「サソリを追いかけてここまで?」
「それが違いましてな。別件でこの町に来たら、レディとサソリがやりあっていたのですよ」
別件、別件ねぇ……。
ゴールドスピーカー一家は関係あるのかな?
あるいは黒触か、キャシディ伯爵か……。
まぁ簡単には答えてくれないだろうから……まずは――
「それで、まだわたしを追いかけてるのかしら?」
「任務としては優先順位上位ではありますからな」
融通が利かない感じだけど、それでも職務に真面目なのは好感度高いぞMr.。
もっとも、その獲物がわたしという点だけは頭が痛いんだけど。
「仲間が銀行で支払いをしてるのよ。
どうしてもやりあうっていうなら、待ってて貰えないかしら?」
「それはまたどんな支払いで?」
「土地の買い戻しだって。不当な借金を押しつけられて差し押さえられてたらしいわ」
「ふむ。ラタス姉妹はそのような事情があったのですな。
なんという土地なのかはご存じですかな?」
「えーっと……何とかって森だったわね……」
わたしが敢えて即答せずにいると、Mr.は目を眇めた。
そして、やや前のめり気味に訊ねてくる。
「枯れ木の森、ではありませんかな?」
「そ、そうね。たしかそんな名前だったわ……」
半歩下がりながら答えると、彼は
「不当な借金……と言っておりましたな。
それを押しつけてきた者は誰かわかりますかな?」
なんだろうこの雰囲気……。
ラタス姉妹のプライベートをわたしが勝手に垂れ流して良いとは思わないんだけど……。
……でも、わたしの直感が、ここでMr.に言うべきだと訴えている。
なら、二人にはあとで謝るとして、口にしておくべきだろう。
「二人の話を聞く限り、キャシディ伯爵の息の掛かった者のようよ。
取り立て人の用心棒にはゴールドスピーカーの関係者だったっぽいし」
すると、Mr.はますます眉間に皺を寄せてうめく。
「これは偶然ですかな……?」
何やら彼の持っている情報と、姉妹の事情が複雑な絡み合いでもしているっぽいけど……。
難しい顔をして考え事を始めたMr.。
わたしはどうしたものかと思考を巡らせていると、銀行からナージャンさんが勢いよく飛び出してきた。
「シャリアちゃんッ!」
「どうしました?」
「7ガバロ持ってないッ!?」
「え? 小銭ッ!?」
持ってたかな……。
わたしが財布を探し始めると、ナージャンさんはすぐそばにいるおじさまに気がついた。
「黒犬さんもいるじゃないのぉッ! この際、貴方でも構わないわッ!」
「む?」
「黒犬さんッ、7ガバロ持ってないかしらぁッ!?」
「どうされました、そんなに慌てて……」
「7ガバロだけ足りないのよぉッ、支払い分がぁッ!」
充分足りる額を用意したつもりだったのに――と嘆くナージャンさん。
もしかしたら、銀行――というかキャシディ伯爵からの嫌がらせなのかもしれない。
「あいにくとすぐ出せる細かいのは10ガバロ硬貨しかありませんがね。
これでよければお渡ししますぞ。お釣りは気にせず持って行くよいですな」
「ありがとうッ!」
意外にもMr.はあっさりと硬貨をナージャンさんに手渡した。
感極まった様子のナージャンさんはMr.に投げキスをすると、銀行へと慌ただしく戻っていく。
「枯れ木の森……そんなに重要な土地なのかしら?」
「やはり嫌がらせの類と疑っておりますかな?」
「そりゃあね。事情は知らないけど、二人が支払いを完遂させてしまうと困るのでしょう?」
「わしも同じ考えですぞ。
最終的に差し押さえを止めるにしても、目的を達成するまでは……といったところでしょうな」
「だけど、どうして森にこだわるのかしら? Mr.はご存じ?」
ある程度、こちらとしては推測しているけど、Mr.の考えも知っておきたい。
なので、わたしがそれらしいことを口にして首を傾げる。
すると、Mr.は少し逡巡してから答えてくれた。
「あの森には、星の血管――
「
「枯れかけらしいですがな」
枯れかけとはいえ
やっぱりMr.もそこは把握している、か。
「そういえばフェイダメモリアって」
「廃坑に
「最近、フェイダメモリアが面倒な地上げ屋に目を付けられたって知ってる?」
「初耳ですな。
ですが……それが偶然と言うには……」
Mr.がなにか言おうとした時、銀行からナーディアさんの声が響いてきた。
「どういうコトですか……ッ!!」
彼女が大声上げるだなんて珍しいな……。
わたしは軽く手をあげてMr.を制して、銀行の中をのぞき込む。
すると、ラタス姉妹を前にして、へらへらにやにやした感じの担当らしき人が告げる。
「ですから、耳をそろえてと言っているじゃないですか。
おつりもなくキッチリと払ってくれませんと」
たぶん、最初からこうやて二人に対しのらりくらりとやっているのだろう。
ビリーに視線を向けると、剣の柄に手が伸びている。
今はまだ理性が勝っているみたいだけど、担当の態度は腹に据えかねているようだ。
ただ、あくまでもビリーは付き添い。
メインはラタス姉妹だから、口を挟むべきかどうかと悩んでいるといったところかな。
でも冷静さが欠いているのはちょっとらしくない。
あるいは冷静さを欠いている自覚があるから、妨害に対する邪魔をするのをためらっているのか……。
「ふむ」
ざっと銀行の中を見渡すと、担当と同じような表情をしている人と、そうでない人に別れているようだ。
どうやら、銀行員全員が彼の行動に納得してはいないらしい。
「何かするのですかな?」
「Mr.は完全部外者って立場でちょっと様子みてて欲しいかな」
「その頼みを聞くので、あとでこちらの頼みを聞いて欲しいところですな」
「それ、
「
「わかった。みんな交えてでいいの?」
「むしろそちらのチーム全員と」
「了解」
彼がこの町に来た理由も関係あるのかな?
まぁともなく、この状況を何とかするとしましょうか。
「二人ともまだやってるの?」
「シャリアさんッ!」
「ねぇ、聞いてよシャリアちゃんッ!!」
わたしが入っていくと、二人は事情を説明してくれる。
だいたいは予想通りのようだ。
「聞くけど、二人の支払ったお金の中に1ガバロ硬貨はあった?」
「そりゃあ何枚かあったと思うけどぉ?」
なら話が早いじゃない。
「ねぇ、二人が支払ったお金はどこ?」
「もう金庫に預けてしまいましたよ」
「なら、そこから3ガバロ返金をお願い」
「ですが、もう支払われてしまいましたので……」
にへらにへらとうざったい。
左手に巻いている細身の彼には似合わないごっつい感じの腕時計が、自慢げに撫でている態度もカンに触る。
だけどまぁ、言質はとった。
「そう。なら、支払い完了の書類をちょうだい。
その上で、7ガバロ足りないというのであれば、改めて7ガバロが不足している旨を記した書類を作りなさい。
それをここにある10ガバロ硬貨で支払うわ。よもや銀行に3ガバロのお釣りを支払う能力がないとは言わせないわ」
まったく。ビリーならこれくらいのことは言えたでしょうに。
「え、あ、いや……ま、まだ支払いは完了してませんッ!
だってホラ、7ガバロ足りないワケで……」
「あら? 完了してないのに金庫にしまってしまったの?
それって窃盗よね? 何せ、支払いが完了してないのであれば、そのお金はまだこちらのモノでしょう?」
「いやぁだって
男が全てを言い終える前に、わたしはマリーシルバーを抜いた。
「ヒッ……!? ぎ、銀行で武器を抜くのは……!」
「抜かせたのはそちらよ」
まぁロクな方法じゃないのは、そうだけどさ。
でも、この言い分はよろしくないわ。どうにも立場も状況も弁えてないようなんだもの。
「くだらない差別発言はもそうだけど……何より、支払いが完了しておらず、まだ銀行のお金になってない……わたしたちのお金を勝手に金庫にしまったんですもの。当然、こうなる覚悟はあったのよね?」
容赦なく告げてやると、彼は涙目になりかけている。
調子のってるくせに不利になると、泣きそうになるなんて……。
なんて馬鹿らしい小物。
横を見ると、ナージャンさんとナーディアさんがハラハラとした様子でわたしを見てる。
大丈夫よ――任せて……と二人にだけ見えるようにウィンクをして、視線を担当へと戻す。
「くだらない屁理屈と時間稼ぎにつきあう気はないッ! とっとと終わらせてもらうわッ!」
完全にビビってる担当を尻目にわたしは、カウンターの奥にいるオールバックで細フレームのメガネをかけた男性に声をかける。
「こちらを見ているメガネの人。ええ、貴方よ。
貴方を真っ当な銀行員と見て、質問させてほしいのだけれど」
「……何でしょうか?」
この状況で涼しげな顔をしてられるなんてやるじゃない。
度胸があるんだか、このヘラヘラしている野郎が気にくわないのか……どっちであれ、役に立ってくれるのなら助かるわ。
「岩肌人は銀行を使えないのかしら? あるいは銀行にお金を渡そうとすると、正しく取り扱って貰えないの?」
「いいえ。双方の心理的な面はともかく。状況としましてはすでに講和はすんでおります。であれば岩肌人であろうともお客様です」
「もう一つ訊ねるわ。借金で差し押さえられた土地を買い戻す為の支払いって、お釣りがでないなんてコトがあるのかしら?」
「どうしてもというのであれば、お釣りは用意しますが……銀行側としましては、可能な限りお釣り無くキッチリとお願いしたいですね」
皮肉げにメガネのブリッジを押し上げながら口にしてるけれど、口元が僅かながら笑みの形になっている。
「ええ。だから、先に手渡した分から3ガバロだけ返してほしいのよ。代わりにここに10ガバロ硬貨がある。問題あるかしら?」
「何もございませんね」
「なら完済証明の書類も一緒に発行してくれる?」
「かしこまりました」
慇懃無礼にお辞儀をするメガネさん。
そんな彼に対して、へらへらしていた担当が顔を歪ませて食ってかかる。
「お前ッ、何を勝手に……ッ!?」
「勝手……だと? 勝手に銀行のルールを歪めて嫌がらせをしていた奴は言うコトが違うな。誰からいくら貰ったのか、あとでハッキリ聞かせてもらおう」
「な……ッ!?」
恐らく、メガネの彼は介入する切っ掛けを探していたんだろう。
ただ、彼のバックにいる相手が気になり手が出し辛かったといったところかな?
そして、わたしが声を掛けたことで、彼は喜々としてやってきたというワケだ。
「ではナージャン・ラタス様。ナーディア・ラタス様。
完済証明の書類をご用意いたしますので、もう少々お待ちください」
とりあえず、これで何とかなったかな?
「ああ、そうだメガネさん」
「なにか?」
「10ガバロ硬貨の代わりにこれを渡すわ。おつりは貴方の懐に入れてくれて構わないから」
そう言ってわたしが2000ガバロ紙幣を差し出すと、彼は真面目に首を横に振った。
「お気持ちはありがたいのですが遠慮させて頂きたく。
私個人の信条として、そういったモノは受け取らないようにしておりますので」
「いいわね、その真面目さ。気に入ったわ。
後日ここで口座を作らせて。もちろん、あなたに担当してもらいたいわ」
「その際は是非。
もしよければ、お名前を伺っても?」
問われ、わたしは少し悩んでから、彼に手招きをした。
そして自分の名前を耳打ちする。
「ベル辺境伯の娘、シャーリィ・マイト・ベルよ。
訳あってお忍びで旅をしているの。堂々名乗れなくてごめんなさいね」
「それはそれは……後日、是非とも私の実績にさせて頂きたく存じます」
「ええ、もちろん。そう言ったでしょう?」
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