第36話 彼はギャングな辺境伯


 あの場でジェイズとやりとりするのは、救助作業や復興作業をする人たちの邪魔になる為、わたしたちは町の外へと出てきていた。


「まさか、オタクらがこの町にいるとは思ってなかったぜ」

「そうかな? 俺たちは君の思考や行動指針を推測してこの町に来たんだけど?」

「なるほど、大当たりだったワケだ」


 やれやれとジェイズは肩を竦める。


「とりあえずオタクらが求めてるであろう国宝の杖は手元にねぇよ」

「キャシディか」

「そういうコト。本来であればココに持ってくる予定だったんだが、どういうワケがボスがキャシディにいたからな。そのまま渡してきた」


 それに関しては、わたしたちでは推測しようのないことだ。

 一応アースレピオスがキャシディにあるっていうのが分かっただけ、よしとするべきかな。


「それと、ホレ」


 ジェイズが何かを投げ渡してくる。

 見覚えのあるそれは――


「あの姉ちゃんたちに返しておいてくれ」

「意味がわからないな」

「そうか?」


 やはり、ラタス姉妹の集めていたお金や宝石の入った袋だ。


「アジトがあんなになっちまってたら、金も何もねぇしな」

「むしろ逆じゃないのかしら? 立て直す為のお金は必要でしょ?」


 こちらから奪ったものとはいえ、お金はお金だ。

 わざわざこちらへと返す理由はない。


 なのに、ジェイズは意味深な笑みを浮かべて告げた。


「もちろん復興資金ってのは必要だぜ。だからソレは要らねぇのよ」


 ジェイズの言葉が理解できず、わたしとビリーは顔を見合わせる。


「潰す手間が省けたって言えば分かるか?」

「キミ、最初からゴールドスピーカーを?」

「おうよ」


 傘下に入っていたようで、実は虎視眈々と潰す機会を伺っていたらしい。


「貴方、もしかしなくてもバスカーズの関係者?」

「関係者も何も、かしらだよ」


 ふと、脳裏に過ぎるものがあり、わたしが訊ねると彼は容易く首肯した。


「ジェイズ・ウッド・バスカーズ。それが俺の本名だ。よろしくな」

「最西の辺境伯?」

「そうとも言うな」


 自分で辺境伯かと誰何すいかしておいて、肯定されるとイマイチ納得できない顔をするビリー。

 まぁ辺境伯の関係者ではなく、伯爵本人がやってるところに思ことがあるんだろう。


 うーん……まぁ補足してみようかな。


「西側の国との関係は良好なのは知ってる? ビリー」

「え? ああ、うん。東側の砂漠のような危険地帯も特にないんだよね」

「うん。それにしても、やっぱりビリーはそういうの詳しいよね」


 ビリーも貴族なんじゃ疑惑はますます強まったけれど、まぁ今はそこは問題じゃない。


「ともあれ――バスカーズの成り立ちは王家に近いのよ。

 その祖先はならず者アウトロー。そこから成り上がった貴族なの」

「よく知ってるな嬢ちゃん。

 そのせいもあってな、ウチの基本的なスタンスは『貴族に理解のあるアウトロー』って面が強くってね」

「ベル家が《アウトローに理解のある貴族》である点を踏まえると色々正反対なのよね」


 そこでわたしは一度言葉を切る。

 ビリーの方に軽く視線を向けると、彼は話の先を促した。


「最東の辺境伯ことベル家は、外敵に対する盾であり剣。

 東側は砂漠もそうだし、あんまり仲の良くない国もあるからね」

「んで、最西の辺境伯とこバスカーズ家は、内敵に対する解毒薬なワケよ」


 もちろん西側の国境の守りを放置しているワケはないだろう。

 領主が動き回っている間に、領地や国境を守る側近や家宰などがいるのは間違いない。


「ただバスカーズ家はその役割を秘匿しててね。

 王族や王族に近い連中でも、知っているヤツは多くないんだが……よく知ってたな嬢ちゃん」


 目を眇めるジェイズに、わたしは名乗る。


「シャーリィ・アスト・ベル。それが本名よ」


 すると彼は調子の外れた口笛を吹いた。


「通りで。色々納得だ」

「何をどう納得したのかは悩むところだけど」

「安心してくれよ嬢ちゃん。基本的には誉めてるんだから」

「例外的には貶してるのね」

「そこは否定できねぇな」

「否定して欲しかったわ」


 ともあれ、彼の正体がバスカーズ伯爵であるのなら、やっぱり気になることがある。


「そういえばアースレピオスはどうしてボスに渡したの?」

「最後までカン付かれたくなくてな。分かりやすい裏切りはしない方針なんだよ。

 それに、キャシディ領に騎士団が派遣されたからな。

 到着はまだ少し先だろうが――恐らくボスは逃げ切れねぇよ。そうしたら、騎士団が杖を回収する」


 つまり、王家はキャシディ家の暗躍をやりすぎと断じたのか。

 もしかしたらもっと別の理由があるのかもしれないけど、旅の最中には貴族界の情報はほとんど入ってこないから、推測もできないわ。


「なぜ王家はキャシディ領に騎士を?」


 ビリーはジェイズに対してそう訊ねると、彼は少し困ったような顔をする。

 ややして、小さく嘆息してから答えた。


「これは確実な情報じゃない。噂の域を出ない情報だ」


 ジェイズはそう前置きをしてから、告げる。


「キャシディのおっさんは領内の黒触を秘匿していた可能性がある。しかも、ステージ2に入っている可能性もあるらしくてな。

 事実であれば極刑だ。だからおっさんの捕縛と、黒触の対処に騎士たちが派遣されるってワケだ」


 最悪だ。

 しかも、ステージ2になっている可能性があるって……。

 キャシディ伯爵はこの国を滅ぼしたいの……ッ!?


「キャシディ領のどこに黒触が発生しているのか情報はある?」

「ああ。あるぜ……。

 なんつったっけな……森だ。領都となんとかって森の中間くらいのところだ」

「もしかして枯れ木の森?」

「ああ。そんな名前だった気がするぜ」


 ますますもって最悪だ。


 その地名――その土地は、ラタス姉妹がこのお金で買い戻そうとしている土地じゃないッ!?


 あーもーッ! そんな森のご近所に黒触ってッ!


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