第21話 食べ歩きとカナリー貴族
一見、寂れ気味の旧ハニーランドだけれど、意外にも――というと少し失礼かもだけど――観光地アピールに余念のない町でもあった。
「美味しいッ!」
「ハチミツをこう使うかッ!」
どういうことかっていうと、こういうハチミツを利用した料理や道具などを結構全面に押し出しているっていう話。
何よりハチミツを使った料理がどれも美味しい。
ハチミツで作った美容液や、花の香りを閉じこめてあるという香り
「サクサクに焼いた食パンにとろ~りチーズだけでも十分美味しいのに」
「ああ。そこにハチミツを掛けると聞いた時はどうかと思ったけど、これはなかなかどうして……」
チーズの塩気とコクが、ハチミツのとろりとした甘みと僅かな渋みが相まって、味を何段階も跳ね上げてる。
「お二人さん、全部食べきらずにこの粗挽きペッパーをお好みで掛けてみな」
「これは……ッ! ピリリとした辛みが、味を引き締めてくれるッ!?」
「ブラックペッパーの香りと辛みが、料理の段階を引き上げてくれているみたいだッ!」
そうやってトーストを味わい終えたタイミングで、頃合いを見計らっていた別のお店の人が声を掛けてきた。
「やぁやぁお二人さん。チーズハニートーストのあとはこっちの串焼きはどうだい?
この町のハチミツによく合うように作られたマスタードと合わせた、ハニーマスタードソースが、
「頂くわッ!」
「俺の分も頼む」
それを繰り返し、あちこちのお店から声が掛かるたび、勢いのまま買って食べてしまっているのがわたしたちである。
もはやデートというより食い倒れでは……? と思わなくはないけど、楽しいので良し。
「シャリアはこういう食べ歩きも気にしないんだね」
「野営する時も言ったでしょ? そういうの気にするほど余裕のある領地じゃないのよ。
ま、単純にわたし自身は食べ歩くのが結構好きっていうのもあるけどね」
町へ繰り出し、みんなと同じモノを口にするというのは楽しい。
同時に、その時に食べたものの味で、庶民の生活状況も漠然と分かる。
普段良質な肉を取り扱っているはずのお店が、筋の多い硬い肉を取り扱うようになっているのであれば、肉の流通に問題が生じているかも――くらいの感じではあるけれど。
数字では分からないものも、実体験すれば見えてくる――というのは、わたし……というよりも、ベル家の家訓のようなもの。
なのでお父様もお母様も、町に出て食べ歩きするっていうことにためらいはないのよね。
ハニーマスタードの串焼きを食べながら、そんな話をするとビリーは笑った。
「いいね。そういうの。
何もせず威張り散らしているだけの奴らにも見習って貰いたいよ」
「星病みの範囲も広がってきている中、それでも貴族が貴族してられるのなんて、庶民たちのチカラあってこそなのにね」
この星――ファル・ウェ・ステラは病んでいる。
星の海に漕ぎ出す技術を持っていた先史文明人の四分の三が、星を捨てて逃げ出してしまったくらいには、後がない。
でも、残された住民だって死にたいワケじゃないから。
維持できない超技術を捨て、利用可能ものだけをかき集め、ギリギリの生活を細々と続けていき、今に至る。
先史文明時代と称される時代が、何年前かなんて正確に知っている者はすでにいない。
かつては維持管理が出来ていた超技術も、メンテナンスできる人が減っていくにつれ、廃れていく。
だけど、それでも……わたしたちは今を生きている。
この荒廃した時代に新しく生まれた文明と、まだ稼働する先史文明の残滓を利用して生きている。
そうは言っても、星病みの影響はゆっくりと、だけど確実に広がっているのも事実。
「年々きれいな水と豊かな緑が減り、代わりに荒野と砂漠が増えていく世界で、庶民の生活を守ることこそが貴族の役割だ――って」
カナリー王国は、荒廃時代と呼ばれるようになった時代の初期の頃に生まれた国だ。
「……わたしは、両親や親戚からそう言って聞かされて育ってきたから」
だからこそ……かもしれないけれど、少なくとも、この国の王侯貴族にとっての究極の目的は、星病みの解決だ――と。
そんな話を、何度も聞かされている。
「国が無くなればそれも果たせない。だからこそ、危険地帯に隣接するベル領は、国を守る為に身体を張っているんだ――って」
土地はどんどん痩せてきている。国に限らず、この星の全域で。
それでもこの国が国として維持できているのは、そんな中でも作物や家畜を育て、産業を維持してくれている庶民たちのおかげだ。
「シャリアは本当に良い人たちに恵まれたのかもね。
その考え方は今の時代の貴族にあって真っ当なモノだと思う。
そもそもからして、星病みの影響をくい止める手段を講じるコトこそが貴族の役割と言っても良いはずなんだけど」
「この国はまだ
黒蝕は星病みの症状で最悪のものだ。災厄と言ってもいい。
土地が痩せるのではなく、土地が死ぬ現象といえるもの。
「あっても初期段階で発見できてるからね。国民が協力的だから、対処できるうちに対処できるっていうのは大きい」
ビリーのその言葉にわたしはうなずく。
「でもだからこそ、危機感が足りないところはあるのかも」
「それは否定できないかな。あれは実際に目の当たりにしないと、正しく理解できない気がする」
「わたしは目の当たりにしたコトないけどさ、それでも……国内に発生して欲しいだなんて思ったコトは一度もないわ」
「政敵の領地が黒蝕に沈んでくれた方が自分の利益が増えると考えている貴族はゼロじゃないんだよね」
彼の苦笑に、わたしも苦笑した。
「そういう一部の人たちはさておいてもね。
その国、その町、その村、その集落で生まれたささやかな名産品や、新しい文明は……わたしたちが守ってきたモノが正しかった証である、と――そう思うのよ」
だからこそ、わたしはその証を奪うような行いを許せない。
アウトロー同士の金銀財宝の奪い合いなんてモノはご勝手にって感じよ?
でも、正道に生き、全うに過ごす色んな人たちが試行錯誤して作り上げたモノや、盛り上げたモノを――
美学も矜持もなく、ただただ真っ当から堕ちただけのアウトローが、己の欲望の為だけに、それを無理矢理奪うような悪逆をわたしは許さない。許したくない。
家畜を、農作物を、創作物を、創意工夫の果てに生まれたモノ、創意工夫によって守られている文化を、感謝もせずに蹂躙するだけの人たちを許せない。
追いつめられて仕方なくなら同情もしよう。
美学の為に人の道を外れたのなら、こちらも美学をもって立ち塞がろう。
だけど、己の欲望優先しただけの略奪行為は、こんなご時世だからこそ許すわけにはいかない。
出来上がったモノを奪うのは簡単だ。
そもそもからして、今の世の中は先史文明が作り上げたモノのおこぼれで生活しているようなものなのだから。
だけど、その先史文明だって先史文明人が試行錯誤して作り上げてきた努力の結晶だ。
新しく生まれる文化や文明なんて、それと比べたら大したモノじゃないかもしれないけれど……でも、試行錯誤された月日は決して劣るモノじゃないはずだ。
奪い、蹂躙することだけしか出来ない輩が、手前勝手な理屈で奪い取っていくのは大嫌いだ。
「なるほど。シャリアは生粋のカナリー貴族なんだね。
荒野を駆ける
そう言ってわたしを賞賛するビリーが、「それは確かに選ばれるワケだ」――と、小さく呟いた気がした。
わたしは敢えてそれを気にせずに、礼を告げる。
「ありがと」
だけど素直に礼だけを言うのも恥ずかしいので少し話題をズラした。
「まぁ中には今の時代にあってなお
「それ、バスカーズ家以外にいなくない?」
「そうなんだけど……たぶん分かってて口にしてる人の方が少ないんじゃないかな。
あそこの当主は、アウトローとしての名前の方は……本物の指名手配されてるのにね」
バスカーズの現領主のアウトローとしての名前をなんと言うのかは知らないけれど、嫌がらせではなく本物の指名手配をされているというのは有名な話だ。
「シャリアはバスカーズ家のコトをどう思ってる?」
「どうと言われても難しいな……まぁ貴族としてもならず者としても、美学を抱いて義務と節度を守ってるなら問題ないんじゃないかな?」
「そっか」
うなずきながら、「あの人が好みそうな答えだな」と小さく呟いている。
「ビリー?」
さすがに二度目となると、どうにも訝しい。
わたしが目を眇めると、ビリーはクスクスと笑った。
「ところで、シャリア気づいてる?」
「何が?」
「君が真面目に語ってる間、ずっとほっぺたにマスタードの粒が着いてたよ?」
「え?」
最初は言われた言葉の意味が理解できないかった。
だけど、じわじわと脳味噌に言葉が浸透していくにつれ、恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを自覚する。
「~~~~ッ!」
声にならない声を上げそうになった時、わたしのほっぺたをビリーの指が撫でた。
何が起きたのか分からずに固まるわたし。
逆に、ビリーのその仕草を目撃した周囲の女性たちはなにやら黄色い声を上げている。
だからこそ、ビリーの行動を理解できたのかもしれない。
「び、ビリーッ!?」
「シャリアって、カッコいい時と、可愛い時と、抜けてる時とがあるよね」
ペロリと自分の指を舐めて笑う彼に、羞恥とは別の恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを自覚する。
ちょっと、ほんと勘弁して。
これ以上はマズいって。わたしには婚約者がいるっていうのに……。
わたしが悶々としだした時――
「きゃぁぁぁぁ~~……ッ!!」
「逃げろッ! 連中はッ、本物の
町の入り口の方から、悲鳴と銃声と馬の
「シャリアッ!」
「ええッ! 入り口へ行くわッ!」
「え? ちょッ……!?」
わたしはビリーにうなずいて、走り出す。
「騒動の隙に二人と合流して、出発しようと思ったんだけどなぁ……ッ!
まぁでも、生粋のカナリー貴族だもんなぁ……仕方ない」
何やら背後からビリーのぼやき声が聞こえた気がしたけど、わたしは気にせずに走る速度を速めるのだった。
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