第20話 到着、旧ハニーランド


「さて、疲れているところ悪いんだけど、この町で泊まる気はない。

 ここから半日も歩けば、ニューハニーランドに着くからね」


 アルトハニーランドが見えてきたところで、ビリーがそんなことを口にする。

 わたしたちに、異論は無い。


「とはいえ、物資の補充とかは必要だ。

 ダガービーの群れを倒して多少売れそうなモノも手には入ったし……ギルドで手持ちのモノを換金したら、休憩もかねて一時間ほど自由時間にしようか。

 とはいえ、巣の近くでこちらの様子を見ていた存在のコトもあるから、あまり気を抜きすぎないように」


 そんなワケで、わたしたちは旧ハニーランドで休憩することになった。




 休憩――とはいえ、私は弾薬の補給以外は特にすることがない。

 食料や細かい物資等はラタス姉妹が調達してくれるそうだし。


 なので、わたしはのんびりと散歩をさせてもらうことにした。


 ハニーランドはその名の通り、かつてより養蜂で栄えていた町だ。

 だけど、フェイダメモリアがゴールドラッシュに見舞われた際、主要線路とフェイダメモリアとの中継地点して非常に儲けることが出来た町でもあったらしい。


 フェイダメモリアが廃鉱となり、中継地点としての役割こそ無くなったものの、その繁栄当時にあって元々の養蜂産業そのものは捨てなかった。

 それどころか、中継地点として儲けたお金の一部は養蜂へと回していたらしいのよね。

 だから、駅としてのハニーランドは主要線路のそばに移動したものの、養蜂の町としては廃れることなく、名前とともにここへ残ったというわけである。


 かつて栄えていた頃の名残はあれど、今はのんびりとした田舎町という風情。その独特の雰囲気は、何となく心地よい。


 最初こそは賞金首の自分が歩いてて良いのか――と思いはしたものの、意外とみんな気にしてないらしい。

 あるいは、あのラクガキのような絵では、わたしだと分からないのか。


 なんであれ、気にされないのであれば大通りだって大手を振って歩けるわけで。


 寂れきったワケではないけど、ちょっと寂れた感じがあって……だけど優しくのんびりとした空気は、ベル領の領都を思い出す。

 なんていうか、わたしは地味にホームシックにかかっているのかもしれなかった。


「シャリア」

「ビリー?」


 そうして歩いていると、自分の用事を終えたらしいビリーが声を掛けてきた。


「ちょっと口開けて?」

「え?」


 突然よく分からないことを言われたものの、勢いで開けてしまう。

 すると、わたしの口の中にビリーが何か放り込んできた。


 甘くて硬い何か。

 ハチミツの味と、心地よい酸味。それからほんのりとした渋み。


「甘……え? 飴?」


 それをコロコロと口の中で転がしながら訊ねる。


「そ。ハニーキャンディ。この町の名物だって。

 この町のハチミツをベースに、滋養強壮に良いライフベリーの果汁が少し加えて作ってるんだってさ。身体にも良いし疲労回復にピッタリらしいよ」


 酸味と渋みは、ライフベリーのものだったらしい。

 そのまま食べるのはちょっとシンドいライフベリーも、こうやってハチミツと合わさると美味しくなるんだ。


「シャリアがだいぶ疲れた顔してたからね。買ってみたんだ」

「そうなんだ。ありがとう。気を使ってくれて」

「いやいや。こっちこそ悪いね、強行軍に付き合わせて」

「ううん。必要なコトだって分かってるから大丈夫」


 大変は大変だけど、文句を言う気はない。

 旧ハニーランドこの町まで来れたのは間違いなくビリーたちのおかげだしね。


「ところで、シャリアは何をしてたんだい?」

「お散歩。正直、やるコトなくて」

「ご一緒しても?」

「いいけど、何かするワケでもないわよ?」

「オレも似たようなものだからさ。

 細かい買い物とかはナージャンとナーディアがやるからって、なんか追い返されたというか……」


 いざ自分がやろうとしていたことが無くなると、やることなくなるよね――と、どこか遠い目をするビリーに笑ってしまう。


 だけど、二人の言いたいこともわかるんだよね。

 どう考えてもビリーは率先してあれこれやってくれすぎているから。


 たまには少し休めって言いたくなっちゃう。


 ああ――そうか。

 つまりこれは、アレか。二人から仕事をふられたってことかな?

 わたしはビリーのお目付役をやれ、と。


 ついつい仕事しちゃうビリーを休めるのがわたしの仕事、てワケだ。

 全部わたしの推測だけれど――そういうことならば喜んで引き受けましょうッ!


「それじゃあ、ビリー。

 エスコートよろしく」


 僅かな間、キョトンとしてから――彼は笑ってうなずいた。


「では、お手をどうぞ。お嬢様」


 そう言って手を差し伸べてくるビリーは、サマになっているどころか板についている。

 つまりは他の女性にもやったことがあるんだろうな――っていうことであり……。


 その、なんというか……妙にシャクだな……って思ってしまった。


 だけど、わたしも貴族の生まれであるわけで……。

 ちょっとだけ生まれた黒い気持ちは、ビリーの態度に合わせた笑顔を浮かべることで隠した。


「では、よろしくお願いします」


 そして、わたしはわざと芝居がかった調子でそう言って、ビリーのその手を取る。


 その手を取ったときから、僅かに生じた黒い感情があっという間に消えてしまったことに、わたしは気がつかないまま、ビリーと一緒に歩き始めるのだった。


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一日複数回更新は本日までとなります

明日以降は、毎日お昼頃に1話づつ更新していく予定です。

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