第18話 野営する令嬢、悶々と夜を過ごす


 日が沈んでだいぶ経った。

 空気は冷え、焚き火以外の灯りといえば月と星だけになった頃。


 聞こえてくるのは風の音。

 あとは、アラクレベルの集落が近くにあるのか、彼らが発するリーンリーンという涼やかな音くらいか。


 もっとも、音のイメージとは裏腹に、アラクレベルとはその名『荒くれ』の通り血気盛んな昆虫だ。

 大きさは大人の小指の爪ほど。赤茶けた色の太ったバッタのような姿をしている。

 彼が発する音は、人の耳には涼やかで愛らしい鈴の音に聞こえるが、本人たちからしてみれば、罵倒と威嚇と殴り合いの音でしかないらしい。


 何事にも二面性というのがあるのだろう――なんて、哲学チックなことを考えているわたし。

 もちろん、これには理由がある。


 月がだいぶ高くなってきた頃、ラタス姉妹は起床してきた。そうなれば交代だ。


 わたしとビリーが馬車へ入って睡眠を取る。


 馬車の中は狭い。

 とはいえ、二人で寝転がる程度なら問題はない。


 ……そう思っていた瞬間がわたしにもありました。


 狭いということは近い。

 何が――と聞かないで欲しい。

 答えは明白なはずだ。そうビリーである。


 ビリーと一緒に馬車に入り、それぞれに防寒用の毛布を体に巻き付けて横になる。


 彼は全く気にしてないのか、早々に寝息を立て始めた。

 だけど、こっちはめちゃくちゃ気にするのである。


 正確には、口笛の一件以降、なんかめっちゃ気になるようになってしまった――というべきか。


 何も知らないビリーが寝返りをうつ。

 ビリーの無防備な寝顔が眼前に転がってくる。

 それを意識しないように、アラクレベルに関することを考えて意識を逸らそうとがんばっていたんだけど……それも結局無駄な努力。


 くああああ――……と、声にならない声を上げるわたし。

 あーもー! 自分でもよくわからない感覚と感情に振り回されてる自覚あるわッ!


 美形の寝顔にドキドキしているのか、ビリーの寝顔だからこそドキドキしているのか……。


 ……などと、悶々とし続けていたのだが……気が付けば、わたしは寝落ちてしまったらしい。


「君もたいがい無防備だな」


 なんて声が聞こえたのは、きっと夢の中の出来事だったのだろう。

 額に何かが触れた気もするけど、まぁ気のせいでしょう。




 日が昇り、空が白んできた頃に、わたしとビリーはラタス姉妹に起こされる。


 悶々としている時間が長かったせいか、かなり眠気は残ってる気はする。でも動けないほどじゃないので、わたしは伸びをしながら起きあがった。


 身だしなみをさっと整えたら朝食の準備だ。


 近くにコケコケという小型の陸走魔鳥の巣があったとかで、ナージャンさんが産み立ての卵を採ってきてくれた。

 それをありがたく使わせてもらう。


 昨日作ったトカゲ肉の薫製を軽く火で炙り、ステーキを作る時に使った平らな石で目玉焼きを焼く。

 それから乾燥野菜でスープを作り、主食である硬い黒パンも軽く炙る。

 硬くて食べづらい硬い黒パンだけど、軽く火で炙るだけで香りが立って美味しくなるのよね。


 そんなこんなで、朝食完成。


「食事の充実した旅が、こんなにも素晴らしいものだったなんて……ッ!」

「わかる。ナーディアの言う通りだ。朝から美味しいモノが食べられるだけで今日一日ががんばれそうな気がするッ!」

「やっぱりぃ、美味しいは正義よねぇ」


 うんうん。今日の朝食も概ね好評のようで何よりだね。




 お腹がくちくなったところで、片づけをして出発だ。


「この馬車のまま町に入るのは悪目立ちするから、適当な場所に乗り捨てよう」

「キャリング・ホイーラも目立つけど、馬車に描かれたエンブレムも、Mr.を表すモノだしね」


 そんなワケで、アルトハニーランドの近くにある廃駅の裏手に乗り捨てて行こうということになった。


 旅は順調。

 お日様が一番高くなった頃に、予定していた廃駅に到着。

 アルトハニーランド方面から見たときに死角になるところに馬車を置く。


「手に入れたモノを何となくで使ってるデバイス使いに、スリープ中のキャリング・ホイーラを起動させるコトなんて出来ないだろうけど……念のためにプロテクト掛けとくか」


 ビリーはSAIデバイスに多少の造詣があるのか、そんなことを呟きながら何かキャリング・ホイールの制御装置を操作していた。


 Mr.なら問題なく解除できる程度のプロテクトだそうだけど、それを施せるって結構すごいことな気がする。


 ……ビリーって何者なのかしら?


「ナージャン、ナーディア。追っ手の気配とかある?」

「んー……それっぽい影とかは無いわねぇ……」

「賞金稼ぎの気配もなさそうよ」

「Mr.もまだ追いついてくる気配はないわね」


 ラタス姉妹に続いて、最後にわたしがMr.について添えれば、ビリーは一つうなずいた。


「よし、ここから一時間も歩けばアルトハニーランドだ。

 この辺りは蜂型の魔獣――魔蜂まほうダガービーが多い。

 子供の頭ほどの大きさの蜂で、毒を持つだけでなく、針そのものが名前の通り鋭い刃物になっている魔獣だ。

 動きも早いから、気を付けてくれよ」


 ビリーはみんなにそう言うけれど、その内容としてはわたしに向けたものだろう。

 あちこち旅しているっぽいラタス姉妹は、そのくらい承知してそうだしね。


「一般的な虫のハニービーはモコモコで可愛いのにねぇ……。

 ダガービーはどうしてあんな怖い見た目しているのかしらぁ」


 そう言ってナージャンさんが指で示せば、ビリーが言った通りの姿の魔蜂が二匹ほど、さっそくこちらに向かって飛んでくるのが見える。


 ビリーが剣の柄に手を伸ばすのをわたしは軽く制すと――


「頭を潰せば終わる相手かしら?」

「ん? それで行けるはずだよ」

「りょーかい」


 手早くマリーシルバーを引き抜いて、まずは一発。

 この一撃で相手の回避行動を一度確認。


「だいたい分かった」


 そして、今度は二連射。

 先の回避行動の動きを踏まえ、動きを予測しながらの連射だ。


「お見事」


 ビリーが拍手してくれた通り、マリーシルバーの銃弾うたごえは、二匹の魔蜂の頭部を完璧に捕らえて撃ち落とした。

 煙るマリーシルバーの銃口に息を吹きかけてからホルスターへと戻すと、わたしは三人の方へと向き直る。


「数が少ないなら、わたし一人で大丈夫そうね」

「なるほどぉ、頼もしいわぁ」

「ダガービー、私と姉さんだと相手が大変だから助かります」

「さすがシャリア。頼りにさせてもらうよ」


 そうして、わたしたちはアルトハニーラントに向けて歩き出すのだった。

 


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