第17話 野営と口笛と荒野の令嬢


 Mr.凶犬マッドハウンドから馬車を奪ったわたしたちは、かなりの距離を稼いだ。


 そもそも馬ではなく、キャリング・ホイーラという先史文明生まれの牽引機械を使っての走行だからね。

 動物や魔獣のような生き物と違って疲労がない。


 もちろん疲労はないといっても限度はある。連続して稼働させることのできる時間にも限りがあるとビリーが言っていた。

 だからどこかのタイミングで休ませる必要はあるらしいんだけど、それでも生き物よりも休む回数は少なくていいのは大きい。


 何より霊力を燃料にしているから、食事や水分補給が不要なのも強みだよね。

 そんなワケで、ビリーは飛ばすだけ飛ばして距離を稼ぐ方法をとったわけである。


「そろそろホイーラを休ませないとまずいかな。

 何だかんだ付き合いのあるおっちゃんのモンだし。壊して返すコトはしたくないんだよ」


 ビリーのそんな言い分に、わたしたちは異を唱えることはなかった。


 話をして分かったけど、Mr.は噂で言われるほど怖い人でもわがままな人でもなさそうだ。

 職務に忠実で、それでいて嫌な命令を拒否する強さを持っているから、わがままと扱われているだけな気がするんだよね。


 敵対しているとはいえ嫌悪よりも好感の方がある相手の所有物となると、確かに壊したくはないかもしれない。


 そうして日が沈み始めた頃、適当な野営地を見つけて、停車した。


「いくらデタラメなMr.でもぉ、さすがにこの距離は簡単に詰められないはずよねぇ……」


 ナージャンさんはうめくように口にした言葉に、わたしは返す言葉が思いつかなかった。


 あるいは、みんなそうだったんじゃないかな。

 あのMr.なら追いつきかねないって、そう思った気がする。


 なんとも言えない空気が流れる中で、ビリーが小さく咳払いをした。


「まぁなんだ。さすがにあの人でも、この距離はありえない。

 日も落ちて来たし、真夜中の強行軍なんてしないはずだ」


 ふつうの人間であれば真夜中の強行軍をしようとも、追いつけないくらいの距離は稼げたと思うんだけど……。


「恐ろしいオジサマですね。

 ビリーの言葉がまったく安心材料に感じません」

「だよねぇ……」


 あーもー……何とも心身に悪い人もいたもんだ。


「そうは言っても、追いつかれないコト前提で野営するしかないさ。

 ちょっと無理してもらった以上キャリング・ホイーラも少し休ませてやる必要があるし、俺たちだって真夜中の強行軍をするのは危険なのは間違いないんだ」


 実際、キャリング・ホイーラが壊れて進めなくなるより、明日もキャリング・ホイーラに頼った方が進む距離は伸びる。

 それを思えば、必要な休憩なのは間違いない。


「あ、ドタバタ逃げてきたけど、食料とかあるの?」

「ぬかりないわよぉ」

「こういう状況に慣れてはいますので」


 ――と、言いながら二人は馬車の中にあった物資を示す。

 その横には二人の荷物もちゃっかり置いてあった。


 あの状況でもちゃんと自分たちの荷物も馬車に放り込んでいたらしい。

 したたかというかなんというか、Mr.だけを気にして立ち回ってたわたしとは大違いだ。見習わないといけないかな。


「元々、わたしたちの持ってたものだけじゃなくてぇ……」

「オジサマがこの馬車にしまっていた物資も使えるので、むしろ潤沢になりました」


「なるほど。

 よし、おっちゃんの物資を優先的に使うとしようか」


 それを見たビリーは大変楽しそうに笑いながら、そう言うのだった。




 今晩の食事もわたしが作った。

 準備中、たまたま近くに魔獣――岩喰いトカゲが通りすがったんだけど、ビリーがこれをすぐに狩ってくれたのも大きい。


 わたしは手早く血抜きと毒抜きをし、トカゲの肉を切り出した。

 近くにあった平たい手頃な大きさの石を熱して、その上でトカゲ肉を焼けばステーキの完成だ。


「さっき狩ったトカゲがこんな美味しそうなステーキになるなんて」

「ちなみに余った肉は保存食になるように薫製にする予定よ」

「それは明日以降の楽しみになりそうだ」


 ステーキのほかには、Mr.の物資の中にあった材料でスープなどを作った。

 それらと一緒に、Mr.の物資の中にあった柔らかいパンを食べる。


「さすがは王国保安官シャリアーブのオジサマ。良いパンを食べていますね」

「はぁ……お肉もスープも美味しいわぁ……。

 シャリアちゃん、絶対良いお嫁さんになるわよねぇ……」


 褒められるのは嬉しいけど、実はわたしが王妃候補だとは言えないよねぇ……。

 ナージャンさんが言う、良いお嫁さんからはだいぶ遠い存在になっちゃうんだけど。


「野営の夕飯とは思えないくらい豪華だ……。

 シャリアがいて本当に良かった」

「みんなに満足して貰えて何よりよ」


 ビリーも美味しそうに食べてくれて、わたしも嬉しい。

 ……ラタス姉妹に褒めて貰えるのも当然嬉しいんだけど……何て言うか、ビリーに褒められた時の嬉しさって、他より一段階くらい上な気がする。


 うーむ……これはちょっとわたしってば本格的に、ビリーのこと気になってきてるのかな……?


 でもなぁ、わたしってばウィリアム王子って婚約者がいるし。

 この旅が無事に終わったら、家に帰って受け入れる気ではあるのよね。


 まぁ逃げ出すという失礼やらかしているけど、王妃様の性格を思うと、たぶん婚約は解消されてないはずだし。


 何よりビリーを選ぶには、身分を含めた色んな問題が多すぎる。


 あーもーッ! 考えるの面倒になってきたッ!

 とりあえず、ご飯に集中しよう。そのあとは積極的に片づけをしよう。なんかしてれば余計なことは考えずにすむはず。




「ごちそうさまでした」




 夕食が終われば、あとは各自の自由時間。

 もちろん、夜の見張りの時や翌日に疲れが残らないように――というのが前提だけれども。


 ラタス姉妹は早めに睡眠を取ることにしたらしく、馬車の中に入っていった。深夜の見張りは二人がやってくれるらしい。


 そのことにお礼を言ってから、わたしは夕飯の片づけをしていると、どこからともなく口笛が聞こえてきた。


 どうやら焚き火の近くに座り見張りをしているビリーが吹いているようだ。


 ビリーの口笛が上手いというのもあるけど、彼が奏でている曲もとても素敵な曲だった。


 手を取り合おう。供に前へと進んでいこう。

 優しくも力強い曲調は、そんなイメージを想起させる。


「ビリー、口笛上手いのね」

「ん? ああ、ありがとう。無意識に吹いてたみたいだ」

「そうなんだ。何か由来のある曲なの?」

「実家に伝わる曲でね。盟友の唄って言うらしい」

「歌詞はあるの?」

「あったらしいけどね。すっかり廃れてしまって、メロディしか残ってないんだ」


 それでもこの曲が好きで、ビリーは家にあったオルゴールを何度も何度も聞いていたそうだ。


「歌詞が無くても、曲が伝えたい思いのようなものは感じたわ。

 ビリーが上手いってのもあるんでしょうけど、素敵な曲だと思う」


 本当に、彼は盟友の唄が好きなんだろう。


「シャリアが気に入ってくれて、俺も嬉しいよ」


 完全に沈む直前の真っ赤な陽光に照らされながら、本当に嬉しそうに笑うその顔は、あまりにも綺麗で……。

 わたしの心の中にあるウィリアム王子への義理立ての感情を蹴落とすほどに強烈で鮮烈で……。


 冗談抜きで、自分の中にちょっと不味い感情が芽生えてしまったことを自覚するに、十分なシロモノだった。


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