第16話 エスケイプ・トゥ・フロム・ハウンド


瞬抜刃ドミネイター・・鐵斬デキャプテイトッ!」


 ビリーは銃を落としたMr.へと一気に踏み込み、上段の構えから刃を振り下ろすように鞘走らせる。


 列車の連結部分を切り落としたビリーの必殺技ッ!


 それに対して、Mr.は素早くビリーの方へと身体を向けると、両腕を掲げて受け止めた。


「鉄の塊だって両断できる技だぞこれッ!」

「なるほどッ、通りで受け止めた両腕が痛いワケですなッ!!」


 そんな技、ふつうは痛いですまないでしょうにッ!

 あーもー! ほんと理不尽なおじさまねッ!!


「だけど、両手を封じたッ!」

「なんのッ! まだ足がありますぞッ!!」


 言うなり、Mr.は交差するようにしていた両腕を開いてビリーの剣を弾く。

 先ほどと違い、ビリーはそれで体勢を崩すことはなかったものの――


「ぐッ……」


 直後に放たれた蹴りを受けて、馬車の方へと吹っ飛んでいく。


「ビリーッ!」


 わたしは悲鳴を上げる身体にムチを打って立ち上がる。

 直後、ナーディアさんの声が響いた。


「星を巡る生命レイの息吹よ。冷気となりて立ち塞がりし者に冷血なる静謐せいひつを与えよッ! 凍気煌めくリフリジレイ静謐の尖塔ト・コフィンッ!」

「SAIデバイスも無しにッ!? 岩肌人ロクシニアンの血ですなッ!?」


 周辺の気温が一気に冷え、地面から氷の塔が生えてくる。

 Mr.は驚きながらもそれをかわし、落としたデバイスへと手を伸ばした。


 だけど――!


凍気リフリジレイ幻鏡陣ト・ミラージュッ!」


 そこへ、ナージャンさんが冷気をまとったムチを振るう。

 ムチが地面を叩いた瞬間、地面に転がるドラグーンの足下に、鏡面が広がる。直後、そこから氷でできた無数の鎖が飛び出した。


「なんとぉー……ッ!?」


 ドラグーンを拾おうとしていたMr.は、それでもその無数の鎖に当たることなく、その全てを躱してみせる。


 その途中に帽子を落とした以外、被害がないんだけど、どういうことなの? なんであのタイミングで、全部かわせるのよ……。


 だけど、それによってドラグーンは氷のムチに捉えられ凍結。氷の塊の中へと閉じこめられた。

 加えてその周辺に氷の壁がそびえ立ち、Mr.凶犬をも閉じこめる。


「始めからッ、これが狙いだったんですなッ! ワシを封じるコトが……ッ!」

「ごめんなさい。貴方と真っ向勝負で勝てる気がしませんでしたので」


 ナーディアさんの手から水晶が離れ、宙を舞いながら氷の雨を降らせて、その壁を補強していく。


 あんなことも出来るんだ……と関心していると、ナージャンさんがわたしに声をかけてくる。


「シャリアちゃんッ、乱暴するけどちょっと我慢してねぇッ!」

「え?」

 

 声を掛けるというか一方的な言葉というか。

 わたしがその言葉を脳内で吟味しきる前に、わたしの身体にナージャンさんのムチが巻き付いた。


「ビリーッ! 大事なモノを投げるからッ、受け止めなさぁいッ!!」

「投げるッ!?」


 驚いている間もなく、わたしの身体は浮かび上がり空中へと放り投げられる。


「うっひゃっぁぁぁぁ~~……ッ!?!?」


 乙女らしからぬ叫び声をあげながらわたしは空を飛び――


「よっ、と」

「あ、ありがと……」

「どういたしまして」


 そしてビリーの腕の中、横抱きの形で綺麗に収まった。

 顔が近いッ! 笑顔が眩しいッ!? っていうかお姫様だっこッ!?


「ナーデちゃん!」

「行けるわッ、姉さんッ!!」


 ダメ押しとばかりに二人はさらに氷を追加してから、こちらへと駆け寄ってくる。


「シャリア、中にいてくれ」

「え?」


 中? などと首を傾げているうちに、わたしはMr.が乗ってきた馬車の中へと放り込まれた。


「おっちゃんッ、馬車……貰っていくからッ!」

「ビリー殿ッ!? まさか――最初からそのつもりで……ッ!」

「良いところへ蹴り飛ばしてくれて助かったよッ!」


 蹴り飛ばされる方向を計算した上で、攻撃しかけたんだ……。

 しかも、ラタス姉妹もそれを分かって動いてたってこと? すごい連携ね……。


 ビリーは楽しそうに自分の剣を掲げて、馬車を牽引する為の巨大な車輪状機械に向ける。


「SAI接続。キャリング・ホイーラの制御権を俺に変更。それじゃあ、行こうかッ! 二人ともッ!」

「問題ないわよぉ!」

「ビリー、出してッ!」

「よっしッ! いくぞッ!!」


 キャリング・ホイーラがゆっくりと動き出す。


「待て~~~~ッ!! 待つのですぞッ、ビリー殿ッ!!

 待ってくだされッ、レディたち~~~~……ッ!!」


 後ろから聞こえてくるおじさまの制止の声を無視して、わたしたちを乗せた馬車は徐々に加速していくのだった。



     ☆



「……やれやれですな」


 マッド・ハウンドことマイティ・ジョンは小さく嘆息しながら、帽子を拾う。


 埃を払い頭に乗せて、周囲を見回す。


「年のせいか、こうも寒いと尿意が近くなって困りますぞ。とっとと脱出しますかな」


 そう独りごちながら、拳を握る。

 左手をやや前にだし、右手を引いた状態で腰を落とす。


「チェストォォォ~~……ッ!!」


 ドラグーンの鳴き声に勝るとも劣らない裂帛の声とともに拳を繰り出す。


 その拳は分厚い氷の壁を打ち砕き、そびえ立つ凍気の尖塔を粉砕した。


「ふむ。ドラグーンは……おお! あったあった」


 氷の中にある相棒を見つけると、そこへ拳を叩き込む。

 器用に氷だけ砕いて、中にあったデバイスを手に取る。


「むむむむ……こんなにも冷たくなって……ッ!」


 キンキンに冷えたドラグーンを懐のホルスターに戻しながら、空を見上げる。


「しかし、ドラグーンだけでも十分と思いましたが、ダメでしたなぁ。

 次の機会があるならば、ベヘモスも用意して挑みたいところですぞ。ニ挺拳銃で挑める相手など、滅多にいませんからな」


 楽しそうな様子で嘯き、そして歩き出す。

 歳のせいか妙に独り言が漏れ出るが、本人はあまり気にしない。


「いつもこういう依頼なら歓迎なんですがな。

 滅多にあるような仕事ではないのが困りものですぞ」


 やや歩いて、マイティ・ジョンは足を止めた。


「……ところで、足もなく旅装もなく物資もなく……。

 どうやってここから帰りますかな……」


 そして容赦ない現実に気づき、途方にくれるのだった。


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