第15話 ゾーン・デトネイション


「気合い……」


 わたしは思わず呆然と言葉を繰り返す。

 正直、納得が微塵もできないんだけど。


「あのねぇ、Mr.?

 それならぁ、さっきシャリアちゃんの銃弾を耐えた時は何をしたのぉ? 肉体硬化の星技アーツかしらぁ?」

「お答えしましょう。レディ・ナージャン」


 Mr.マッドハウンドは紳士的にうなずいてから、ナージャンさんの疑問に答えた。


「あれももちろん……気合いですぞッ!」

「私の知ってる気合いと違うッ!!」


 ナーディアさんが叫ぶけど、わたしも同意見だ。

 Mr.の気合いは何かおかしい気がする。


「三人とも凶犬を理解しようとしても無駄だッ!

 理不尽が人の形をしていると思った方が気がラクってねッ!!」


 そこへ――言うや否や、ビリーが鋭く踏み込んできて、鞘走りから刃を一閃した。


 死角に近い位置から繰り出される高速斬撃。

 もちろん、霊力レイはしっかり乗っていて威力も速度も上がっている。


 それを――


「ふんがーッ!!」


 大声ををあげながら、Mr.凶犬は左腕で受け止めた。


「どういう腕してるんだそれッ!?」

「気合いと根性とやせ我慢ですぞッ!!」

「納得いかねぇッ!!」


 ビリーが不服の思いを吐き出した。

 口では理不尽の権化だと思えといいつつ、ビリーもやっぱり納得はいっていないらしい。


 そんなビリーに対してMr.は答えを返しつつ、自身の腕を振ってビリーの剣を跳ねた。


「チィ!」


 体勢を崩したビリーに、Mr.はドラグーンの銃口を向ける。


「させないッ!」


 だけど、Mr.がその弾鉄ひきがねを引くより先に、わたしがマリーシルバーの弾鉄を二度引いているッ!


「ぬ……ッ!?」


 狙うは銃を握る手。

 弾鉄に掛かった人差し指と、手首。


「だがこの程度ッ、ワシの気合いと根性で――……ッ!!」


 狙った場所を完璧に捉えたッ!

 だけど傷つけるにも、銃を落とさせることも叶わない。


 あーもーッ! 本当に理不尽ッ!


 でもさぁ――ッ!


「効かないのは想定済みッ!」


 納得のいかない理屈であろうとも、弾が当たったり、剣で斬られたりした時に気合いが必要ってことでしょ?

 受け止めた時に根性や、やせ我慢が必要ってことは、痛みがゼロってワケじゃないのよね?


 そして何より、物理的な衝撃そのものを別に無効化しているワケじゃないッ!!


 手首や指先に弾が当たった時、痛みや衝撃に耐えられても、その耐え凌ぐ瞬間の僅かな時間に隙は生じるッ!!


 必要なのはその僅かな時間ッ!

 ビリーが体勢を立て直し、その場から離脱する時間を稼げるなら、今の二発――それは十分な価値があるッ!


「速度、精度、勝負の勘所……実に恐ろしい才能をお持ちですなッ!」


 腕に受けた二発の弾丸を耐え、ビリーが離脱した直後にMr.も体勢を立て直す。

 Mr.は即座にこちらへとドラグーンの銃口を向けてきたけれど――


SAスキル・アシスト・システム起動」


 わたしはマリーシルバーに口付けすると、スキルの自動補助機能をオートモードから、任意発動マニュアルモードに切り替えた。


 神霊星技フォースアーツを使用するのに足りない霊力を、大地から汲み上げ、大気から吸い込む。その為の星法術式が描かれているらしい星霊陣を足下に展開。


「大技ですなッ! 切り札の切るタイミングッ、悪くないですぞッ! だがッ、それでもッ、ワシの号砲の方が――ッ!!」


 それを見ても冷静に判断を下し、狙いを付けてくるMr.は流石だ。

 一般的な大技だったら、間違いなくMr.凶犬の方が速かっただろう。


 でも、このスキルは一般的に大技と言われるモノと比べると、大したことはない。

 ビリーの剣技や、ナージャンさんの鞭技と比べると、派手さもない。


発動レディ集中の深ゾーン・デ淵その先へトネイション


 静かに、わたしが星技アーツの名前を宣言すれば、マリーシルバーがそれに応えて、使う為に必要な霊力制御を開始する。


 マリーシルバーの補助を受け、わたしのうちにある霊力が、大地から汲み上げた霊力と混ざり合い、わたしの脳を満たしていく。


 瞬間――わたしは目を見開いたッ!


 思考が加速する。

 視野が広がる。

 音が鈍くなっていく。

 視覚情報から色が抜け落ちていく。

 自分を含めたあらゆる動きが緩慢になっていく。


 これは、身体能力を強化する技じゃない。

 これは、銃撃を強化したり、霊力を放出するような技じゃない。

 

 これは、集中力を限界以上に高め、思考速度を高速化させる。

 ただそれだけの神霊星技フォースアーツ


 この技を発動すると高まる身体能力は、本来の効果の副産物。

 高まった集中力が、最適かつ最低限の動きで必要な結果を出すよう身体を動かしているだけにすぎない。


 わたしは見る。

 Mr.凶犬のその視線の動き。


 わたしは見る。

 Mr.凶犬の構えるそのデバイスの銃口の向き。


 わたしは動く。

 そこから導き出される射線から外れるために。


 まるで固いゼリーの中をかき分けて進むようなもどかしい緩慢さ。

 周囲から見ればいつも以上の速度で動いているだろう自分が、恐ろしく遅く感じる。


 だけど、それ以上に周囲の動きはすっとろいスローリィッ!


 Mr.凶犬のドラグーン・ハウリングがその名の通りのシャウトする。

 音の波がゆっくりとわたしに届く。


 わたしもすでに構える。

 右手を真っ直ぐ。左手はマリーシルバーの底に添えて。


 狙うはMr.――ではなく、彼がその手に持つデバイス。叫びながら銃弾という吐息ブレスを吐き出すその口腔。


 風が吹く。

 砂塵が舞う。

 ドラグーンの硝煙が風に煽られ――射線が通るッ!


 わたしが執った指揮に従い、マリーシルバーの弾丸うたごえが、射線がくふの上を駆け抜けるッ!!


 竜の咆哮に遅れること僅かな時間。

 今度は、大きな銃弾がたなびかせる衝撃波がわたしに届く。

 身体が揺らされる。


 だけど、すでにマリーシルバーは歌っている。



 マリーシルバーの銃弾うたが、ドラグーンの衝撃波ブレスに揺らされるのも計算のうち。それによって軌道が僅かにカーブするからこそ、その歌声は、竜の口へと吸い込まれるように飛んでいく。


 Mr.凶犬はドラグーンの反動を無視しているんじゃない。

 本人の言い分を信じるのであれば、気合いでドラグーンの反動に耐えているだけだ。


 ならば――それは一般的な銃型デバイス使いが、その反動と付き合っているのと変わらない。


 どれだけ気合いと根性で耐えようと、撃った瞬間――反動に耐えるその一瞬だけは、どう取り繕っても明確な隙。


 マリーシルバーの弾丸は、ドラグーン・ハウリングの口の中へと吸い込まれ――


「させませんぞぉぉ――……ッ!!」


 恐らくは反動に耐えている時間であろうタイミング。

 Mr.は強引にドラグーンの位置をズラした。

 結果、マリーシルバーの弾丸は、ドラグーンのボディに弾かれた。


 その直後に、視界に色彩が戻る。音が戻る。身体の感覚が戻っていく。

 衝撃波を受けている最中に感覚が戻った為、感覚が狂い耐えきれることなく尻餅をつく。


 あーもーッ!!

 防がれたッ! 避けられたッ!!

 必殺のタイミングをズラされたッ!!


 スキルを使った反動が来る。

 猛烈な頭痛と、全身に走る筋肉痛のような痛み、そして心臓が暴れ馬のように跳ね回る。


 それを堪えながら、状況の推移を見る。


 わたしの目論見は失敗した。ドラグーンの口の中へと弾丸を通し、その内側から壊してやろうというつもりだったのに。

 けれど、まさかあのタイミングで強引に銃口の向きを変えてくるとは思わなかった。


 とはいえ、それが無茶な動きだったからこそ――マリーシルバーの銃弾の衝撃に耐えきれず、Mr.の手からその相棒ドラグーンがこぼれ落ちる。


「ナージャンッ、ナーディアッ!」

「ええッ!」

「はいッ!」


 わたしの目論見は失敗した。

 だけど、この千載一遇のチャンスを、わたしの仲間が見逃すワケがないッ!!

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