8章:1枚うわて

『天葉。話があるの。明日の放課後、特別教室がある校舎に来て』

雨が多い梅雨は心もどんよりと沈む。

今から彼に話そうと思っていることも、気分をさらに沈ませる事だ。

昨日の夜、私は天葉にちゃんと自分の思いを伝えようと決心した。

天葉に言われて、私はずっと自分が書いた小説を、誰かに読んでもらいたかった事に気づいた。

だから天葉も自分を大事にしてほしかった。何に悩んでいるのかも、過去に何があったのかも分からないが、これが天葉に出来る唯一のことだと思ったから。

私は変わった。天葉はそのままの天葉でいい。そのままの君でいいんだよ。

ー本当の自分の姿で、誰かを救えるんだ。

天葉にそれを伝えたい。

人は変えられない。でも自分が変われば、それに影響を受けて変わる人も現れる。

それが天葉だったら、これほどまでに嬉しいことはない。

「何、話って」

私がここに来て数分後。天葉がのんびりと歩いてきた。

「告白されるかも」とか、変な期待をされていないか心配になったが、そんな事は気にしていられない。

「あのね、天葉に報告があって」

「うん」

「私、趣味で小説を書いてたんだけど、この前天葉と会った時、『好きな事で何かしたら』って言ってくれたじゃん。それのおかげで書いた小説を発信する気になれたんだ。本当にありがとう」

私は笑顔で天葉に礼を述べた。彼は一瞬ポカーンという顔をした後、フッと笑みを浮かべた。

「それは何より」

ぶっきら棒に話しているつもりなのだろうけれど、表情からは笑みが消えない。

喜んでくれているのが、目に見えて分かった。

「それでさ、天葉。ツイッターかインスタってやってる?」

「やってない」

「やる必要あると思う?」

「知らん。友達にはインスタやれって言われてるけど、面倒くさいからやってない」

あれ?なんかおかしくない?

「え、じゃあネットの友達ってどこで知り合ったの?」

「ネット」

「ツイッターかインスタ以外で知り合えそうなアプリある?」

私はとことん問い詰めることにした。でも天葉の表情は至って変わらない。

すると天葉は、私の目を真正面から捉えた。

そして私から視線を逸らすことなく口を開いた。

「…嘘ついた。ツイッターはやってる」

嘘…。私は動揺を隠しきれずに狼狽えた。

「なんで…」

「だってリアルの友達に教えるために作ったわけじゃない」

「何言ってるの?」

「だから、リアルの友達にツイッターやってること言ったら、俺のネットの友達に家の場所教えたりするじゃん。マジで気持ち悪い」

は?私がその天葉のネットの友達に、天葉の家教えるとでも思ってるの?

どうやって天葉のネットの友達を私が知るのよ?

さっきから何言ってんの?頭おかしいの?

「そもそもさ、天葉って自分の気持ちに嘘つきすぎじゃない?」

天葉の表情は変わらない。

「怖い思いしてまでネットに執着する必要ある?」

「嘘ついてないし。ツイッターやった事ないのに何が分かるの?」

分からないからこそ、言えるんだよ。

「そもそも普通に考えて、対して仲良くないやつが家まで着いてくるとか、普通に気持ち悪いから」

さっきから普通、普通って…。天葉の普通は普通じゃないんだよ。

「仲良いやつなら分かるし、好きな人とかだったら話は別だけど」

急に何?じゃあ私は天葉のなんなのよ。

確かに仲が良いと言えるほど、仲が良いわけじゃないし、天葉は自分のことを恋愛的な意味で好きというわけでもない事は知ってる。

でも…そんなにハッキリと口に出されて、私はすごく傷ついた。

また消える。大事な人が消えてしまう。

もう何も言わないで。これ以上誰かを失うくらいならー。

自分から手放してしまえばいい。

天葉を助けたいから言ったことだったのに、結果的に天葉を失うことになるかも知れないなんて。

私は最後にどうしても言っておきたいことがあった。でもそれを言うことはー。

天葉を「どちらか」に追い詰めることになる。

私は覚悟を決めた。もうどうにでもなってしまえ。

「今までどんな生き方してきたらそうなるの? 考え方が合わなさすぎる。別に否定する気はないけど」

たくさんのスパイスを大量にぶち込んだ。流石の天葉も意表を疲れたように目を見開いた。そしてー。

無言で去っていった。

誰も居なくなった廊下では、外で降り続ける雨音だけが響いていた。


   ※ ※          ※ ※


ー終わった。

俺は帰り道を笑顔で闊歩していた。

目的を果たせた後って、なんでこんなに清々しいんだ。

『今までどんな生き方してきたの?』

流石にあの言葉には動揺した。傷ついたというよりも、ハッとさせられたに近い。

そして情けない事に「死にたくない」とまで思ってしまいそうになった。

俺は、この前光羽と会った日から、ずっと光羽に嫌われるような事をしていた。

光羽を助ける。そして救う。その目的以外にも俺にはまだやらなければいけない事があった。

光羽の心から俺の存在が薄れるようにすること。

これ以上、光羽を傷つけないように。これから訪れる未来に備えるために。

ー本当に幸せな数ヶ月間だった。

光羽と話せて、そばにいられて、メールも出来て、お出かけもした。

もう思い残すことなく、死ねる。

まさか光羽の趣味に対してまで、俺が影響を与えた事には驚いたが、神様は最後の最後は味方なのだと思い知らされた。

結局、光羽は笑人の事が好きだったのか、という疑問は残ったままだが、もうすぐ会える笑人に聞けばいい。

俺は光羽の幸せだけを願ってる。

生前、笑人が俺に言ってくれた事も叶えられたし、笑人が願っていただろう「光羽への幸せ」も叶えられそうだ。

俺が死ぬ事が、どれだけ光羽の心を抉るのかは分からないが、少なくとも今日の出来事で、俺に対しての気持ちが少しでも薄れる事を願う。

そして最後はー。


俺は家に着くなり、ペンを握った。

机に置かれた紙に全ての思いを書き付けた。

ー光羽へ

今までの答え合わせ。秘めていた想い。全てをたった1人の愛した君へ。

俺の光だった君へ。たくさん幸せをくれた君へ。

「羽」を見つけると幸せが訪れるというジンクスがあるらしい。

光の羽。本当に光羽によく似合っている名前だ。

残酷な未来ばかり訪れる彼女だけれど、そんな逆境にも負けない強さを彼女は持っている。

絶対に生き抜いてほしい。笑人と俺が、たった1人の君に託した希望。

俺は明日ー死ぬ。

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