7章:愛を全て君に

「お待たせ」

私は家の近くの最寄り駅で天葉と合流した。

今日は、待ちに待った天葉とのお出かけだ。

まず初めに、私は思ったことを告げた。

「どうしたの…。その格好」

私は眉を顰めて天葉を見つめた。彼は、首にチェーンのネックレス、片耳にイヤリング、服装はサイズが合っていないだろう事がすぐに分かるトレーナー。そして工事作業員などが着ていそうな緩めのズボン、靴はいかにも歩きにくそうなブーツ。バックも高級感が漂うショルダーバッグを身に着けていた。

チャラい。その一言に尽きる。

「なんか気持ち悪いよ。その格好」

私はさっきよりもキツイ目で天葉を見つめた。

しかし彼は飄々と「えー」と聞き流していた。

「確かに。親にもこんな格好で出歩くなって言われたし、友達にも隣歩きたくないって言われる。普段はもっとヤバイよ」

天葉はさもそれが正しいかの如く、堂々と私に語ってきた。

心が少しモヤモヤした。

私たちは電車に乗り、隣の駅で乗り換えた。向かっているのは、隣の市にある有名観光スポットだ。

せっかくの休みなので遠出をしようという事になり、私がここにしようと天葉に伝えた。

「学校どうなの?」天葉が私に問う。

「うーん。普通に通ってるよ。たまに休んでるけど」

私と天葉はクラスが違うので、1日も顔を見ない日がある。

それに天葉もあまり教室から出てこないので、教室移動が必要な授業の前に廊下を通らなければ、彼を見かける事もない。

「俺、全然教室から出ないから、そっちのクラスのこと分かんない」

「でしょうね。全然興味無さそうだもんね」

私は皮肉をこめて返す。彼は苦笑した後「興味ないわけじゃないよ」と呟いた。

さっきから天葉を見ていると心が落ち着かない。

天葉はこんなチャラチャラした人だっただろうか。それに、こんなに感情が揺れ動かない人だっただろうか。

私とパソコン室で話した時は、もっと笑ったり怒ったり愚痴ってたりしていたのに。

ー何かあったのかな。

「…なんか全然イメージと違う」

「というと?」

「…もっと真面目な人だと思ってた」

「真面目ではないね。学校ではそういう風に見せてるだけだし…学校での自分が1番嫌い」

私は今、泣き出したいくらいに傷ついた。

私は学校での天葉に助けられたし、救われたところもある。それを彼にはメールで伝えている。その私に向かって、こんな事を言うなんて…。

怒りよりも、悲しみが上回った。もう声が出せない。

私はしばらく、何も話さなかった。


「来る場所、間違えたかも」

私は現地について数分後には、ここに来たことを後悔していた。

親子連れとカップルばかりの光景に、お互い引き目を感じでいた。

とりあえず来たからには回ろう、ということになり、黙々と歩き続ける事にした。

「こっちであってる?」

「ちょっと待ってて」天葉はスマホで位置情報を検索していた。

googleマップの表示の通りに進むと、海に面した公園を発見した。

「山下公園」と地図には記されていた。

公園内に足を踏み入れると、突然大きなアナウンスが聞こえてきた。

海ではボートレースのようなイベントが行われていた。ボートではなくカヌーのようにも見えるけれど、私は詳しくないので知らない。

「すご。ちょっと見ていい?」

天葉は海が見えるフェンスまで一目散に進んで行った。

私も隣でしばらく眺めていたが、どこが面白くて見応えがあるのか、最後まで全然分からなかった。

「俺さ、みんなで何かをするのが好きなんだよね」

「へーそうなんだ」

私とは違うね、なんて言えなかった。

さっきから天葉を見ていると、心がザワつく。いつもの彼では無い気がした。

こんなにずっと穏やかなのは良い事なのかも知れないが、彼はもっと感情を表現する人だった。昨日までは。

「なんかイメージと違う」私は再び同じ事を伝えた。

「服がアレだからでしょ」

「違うよ。性格も、全てが想像と真逆」

「どんな想像してたの?」

「さっきも言ったじゃん」

あとさっきから必要以上に天葉自身のイメージについての質問が多い。

そんなに自分がどう思われているのかが気になるのか。それともナルシストなのか。

「天葉ってナルシストなの?」

「いや、逆に自分が嫌いだから色々着飾ったりしてるの。だから今の自分結構好きよ」

なにそれ…。私が好きな天葉じゃない。

「俺、自己肯定感低いから」

でしょうね。そんな感じがするよ。

「あ、自己肯定感は高いかも。自分なら何でも出来そうって思うけど、自分が嫌いって感じ」

意味分からない。じゃあ死ぬことだって出来るって事?

自分なら何でも出来そう、ってどこからその自信がくるのよ。

もしかしてプライドが高いのか。だから変に着飾って自分を強く見せようとする。

もう何が何だか分からなくなってきた。本当の天葉が見えない。

ー天葉は自分を見失っている。

「あとさ駅とかで、前から歩いて来る人から変に思われてるんじゃないかとか、そういう事ばっかり考えちゃう。ない? そういう事」

もう無理だ。それ以上話さないで。天葉がー壊れる。

私は勢い余って、天葉にキツイ言葉を全部ぶつけてしまった。

「別にいいじゃん。自分が良いって思った格好してるんだから。その格好だからって『一緒に歩きたくない』とか言ったらさ、その人自身を否定してる事になるじゃん。それってすごく残酷な事じゃん」

まだ感情の嵐は止められない。私はさらに言葉を続けた。

「だからさ、こんな格好してるけど何か? みたいな気持ちで歩きなよ。誰にどう思われようと自分が良いと思ってしてる格好だったらいいじゃん」

本当は自分が嫌いだからって、こんなに着飾ってほしくない。

でも今の天葉は、こうする事が自分を好きになる事だと思ってる。本当は自分の事をさらに嫌いにしている行為なのに。

私が出来るのは、天葉が周りからの影響を受けすぎて、周りが与えた場所の中から出られなくなって、壊れてしまうのを阻止すること。

自分が生きたいと思った場所で天葉は生きていない。周りが与えた彼の居場所と、本当に彼が求めている居場所は違う。

彼は、周りが求めた居場所で生きているから、自分に自信があるのだ。

でも、自分が生きたいと思った場所じゃないから、自分が嫌いなのだ。

つまりこのままだと、天葉は壊れる。

周りが創った世界から出られなくなって、自分の気持ちまで分からなくなって、自分を見失って…。

私は思いの丈をぶつけ、力尽きたように俯いた。

「…そう言ってもらえて嬉しいね」

隣りにいる人は小声で呟いた。どこか声に力が無いように感じた。


「なんか趣味ないの?」

突然、天葉に質問された。

「一応あるけど…」

私は趣味で小説を書いている。もちろん「趣味」でだけだ。

「それで何かしたら?」

私も「それ」は考えた。でも今の私には勇気のいることだ。

さっきから天葉は私の心配をしてくれている。正直、私からすれば天葉の方が心配なのだけれど、彼の好意を無駄にすることは出来ない。

私が「学校にはたまに行ってるけど、あんまり楽しめていない」という事を伝えると、天葉は「今でも仲がいい人と遊ぶとか、あと自分の好きな事に熱中するのも手だよ」と教えてくれた。

「俺も不登校の時、学校に行ってないからネットを始めたよ。そこで知り合った人と運が良ければ一生の友達になれるかも知れないし」

ネットはやらない。私が素っ気なく返すと天葉は微妙な顔をした。


「まさか家まで着いてくるつもり?」

「え…家誰もいないし、別に嫌ならいいけど」

「結構前、ネットの友達に学校のやつが俺の家教えて、全然知らないやつが家に来たことがあったんだよね。だから信用出来ない」

地元に着いてまもなく。私は家に帰っても暇なので、天葉の家まで着いて行くと言った直後の彼の反応。

ていうか、全然知らない人が家に来たとか怖すぎる。でもそれ以上に天葉のネットの使い方に問題がある気がする。

天葉は私に警戒の目を向けてきた。なぜか無性にイライラした。

「途中で引き返すから…」私の声は少し掠れた。

「だったらいいけど」

天葉はコンビニに寄った直後から、私から距離を置いて歩くようになった。そしてわざと歩幅を広くして、私が追いつけないように歩き始めた。

意地でも追いついてやろうと思っていたが、距離が20メートルほど離れた時に私は立ち止まった。

天葉はどんどん前へ進んでいく。まるで私が居なかったかのように。

ー彼は二度と振り返らなかった。


   ※ ※          ※ ※


私は家に帰るなり、じっと紙を見つめた。

その紙には、私が書いた小説の文字が連ねられていた。

小学校5年生の時から、何かあるたびに気づけば手を動かしていた。

最近では「絶対に書く」という気持ちがハッキリと芽生えてきていた。

私が唯一尊敬する大人、西山さんに「本を書いてみたら」と言われてから、誰かのために書くことが自分のためにもなる、ということに気づいた。

そしてそれを西山さんのためだけに書くのではなく、私の本を必要としている人に向けて書く、という事を天葉が教えてくれた。

不登校になってネットを始めた。自分の好きな事で何かをしたら。

天葉は私に自分の思った事を伝えただけだろう。でも私は強く心を動かされた。

それもあって、私は天葉を助けたいと思ったのだ。

何かあったなら話してほしい。小学生の時の事も「会った時話すかも」とメールで言っていたのに、結局話してくれなかった。

何を考えているのか分からない。だからこそ話してほしい。

私は変わる。もう逃げない。

ー逃げない。生きる。

それが笑人との約束だ。

それが天葉を救うことだ。

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