5章:強さは弱さから

「どこ行くの?」

私は、横に座っている天葉に尋ねる。

「えっと…」

彼は丁寧に教えてくれた。でも全然頭に入ってこない。

私達は今、学校のパソコン室にいる。もちろん2人きりではなく、周りには70人くらいの同級生と数人の先生たちで密集していた。

数週間後に迫った修学旅行のコース決めが全然終わっていないので、コースが決まっていないグループは、先生たちがパソコン室に集めたのだ。

私と天葉はそもそもクラスが違うのだが、何故か今、私たちは隣で話している。

「へー仲良いね」

さっきから天葉に絡む女子に向かって、私が口を開く。

天葉は無言を徹底していたが、最終的にはキレていた。

私も天葉に絡んだ女子が栞だったので、あまりキツイに事は言わなかった。

「俺、女子嫌いなんだよね。あのグダグダ感」

グダグダ?表現に若干、違和感を覚えたがスルーする。

「あっそ。私は男子嫌い。だってイジメられちゃうから」

私が去年、イジメられた事を口に出すと、天葉は黙り込んでしまった。

流石にこの話題は重すぎたかな、と内心反省していると

「マジで帰りたい」と天葉がそばに来た男子に愚痴っていた。

さっきまで私と話していたのに、切り替えが早い。

「だってさ、せっかくの定休日だよ。それなのに何で残るの」

定休日…あ、部活のことか。

「…だったら違う班の人に手伝ってもらえばいいじゃん」

「え、違う班の人にって? どういうこと?」

「あ、間違えた。同じグループの他のメンバーにってこと」

「いや女子はあっちで忙しいし、男子はみんな先に帰った」

ってことは、天葉は全て押しつけられたって事かな?任せっきりってやつね…。

「ふーん」

ー私は他に、何を話したのか覚えていない。


ー天葉。

私は天葉と話した会話を頭で思い返していた。

『女子が嫌い』

その言葉を聞いた瞬間、心にずっしりと重い何かが押し寄せてきた。

天葉が小学生の時、不登校になった理由。それに女性が関係しているからだろう。

だから…あんな事を言ったのだ。

彼はいつもクールで、人を頼ったり弱みを見せるなんて所は見たことがない。

でも私には見せてくれた。天葉のー弱さ。

天葉は1回不登校になったのに、ちゃんと毎日学校に来てる強い人だと思っていた。

ー私は彼のおかげもあって、学校に戻ってこれた。

先月、私は始業式が近づくたびに、緊張と恐怖で爆発しそうだった。

でも天葉も当時の私と、同じ状況を経験している。そしてそれを乗り越えた人。

頭には、あまり話したことはないが、他の人とは違う雰囲気を纏っている男子が浮かんでいた。

大丈夫。私だけじゃない。そう思えた瞬間だったー。


   ※ ※          ※ ※


『今度会おうよ』

私は思い切って、天葉に伝えた。

断られそうだな、と思っていたが、すぐに『いいよ』と返信が届いた。

パソコン室で話した日、私は天葉の筆箱に、メールアドレスを書いた紙を入れておいたのだ。

彼は、私が筆箱に何か入れたところを見ていた。特に追求してこなかったので、察しはついていたのだろう。

あれから毎日、時間はバラバラだが、やり取りをしている。

やり取り、と言っても私が写真を送って天葉が返信をするだけ。

『ここ私の秘密基地』

『トランプタワー』

『景色キレイでしょ?』

私が送った全てのメールに、彼は返信をする。

時間がある時は、夜もやり取りをしている。

学校のこと、今日の報告、愚痴など、気づけば何十分も話してしまうのだ。

私は、相変わらず学校には通っている。でも宇野先生に「無理して毎日来なくて良いよ」と言われたので、1週間に2日くらい休ませてもらっていた。

そこで時間に余裕のある私が、毎日忙しそうな天葉に、たわいもない日常の事を話すのだ。

そして最近は、今週末に迫った「予定」についての楽しさで頭がいっぱいだった。

今週の日曜日、天葉と出かけるのだ。

まだお互いの事をよく知らない。話した回数もそんなにない。でも信頼は誰よりもあった。

『楽しみにしてる!』

そう言ってくれた天葉の言葉を「この時は」信じていたー。


「頭では考えないようにしてても、心で気にしてたら、どれだけ忘れようとしても無理なんです」

今は歴史の授業だ。社会の教師である学年主任が、ストレスについて語っていた。

なんで歴史の時間に、こんな話になっているのかと言うと

「みなさん、親にプリントは渡していますか? そして自分も読んでいますか?」

という話から始まった。

先生たちは生徒に渡したプリントについて、あれこれ口出ししてくるのだ。

そして話が脱線しまくった結果、何故か心に刺さる言葉に出会ってしまった。

ー頭で否定してても、心で何か思っている事がある限り、それを消し去る事は出来ない。

不意に、笑人の顔が浮かんだ。そして心臓に針が刺さったように痛んだ。

私は、笑人の事を忘れる事は出来ない。頭ではどれだけ忘れようと努力していても、心ではずっと笑人を想ってるんだ。

そして、最近になって私の心に現れるようになった天葉も、いつか笑人のように私の心に住み着いて離れなくなるのかも知れない。

でも悪い気はしない。天葉とはたわいもないメールをするだけだけど、学校で見かけるとすごい安心する。すごく癒やされる。心が安らぐ。

天葉と近づけて嬉しい。別に恋愛感情があるわけでは無いけど、そばにいるだけで、話せるだけで、メールで数回やり取りするだけでも、心が喜んでいた。

これからもずっと関わりたい。出来れば一生、なんらかの形で関わっていたい。

こんな風な思いを誰かに対して抱いたのは初めてだった。


『生きろとも、死ぬなとも言わないけど、俺は生きててほしいし死んでほしくないと思ってる』

届いたメールは、私の心を貫いた。

初めて人から「生きててほしい」「死んでほしくない」と言ってもらった。

過去の辛かったこと、苦しかったことを天葉には話せた。

私が死のうと思った事も包み隠さず話せた。

天葉は同情してくる事も、否定する事もしない。

本当に天葉との時間は私にとって大事で、かけがえのないものだった。

彼は本当に優しくて、真面目で強い人なのだ。

私とは全然違う。私はー弱い人間だ。





ー俺は弱い人間だよ、光羽。

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