1章:悔しさをバネに
「おはよう」
今日から中学3年生。私は、友達の青生と一緒に通い慣れた学校へ向かう。
彼女は、数週間ぶりの学校だが、私は半年ぶりだった。
ー私は半年前から不登校というやつだった。
原因はクラスメイトからのイジメ。精神的に追い詰められて、家から出られなくなったのだ。
私のことをよく知るクラスメイトが少なかったり、クラスの状況や、世界的な変化の影響なども不登校になった理由の1つかも知れない。
でも他クラスの友達など、色々な人に助けてもらったおかげで、何とか今年から学校に戻ることが出来た。
青生のように同じクラスだったけれど、不登校がきっかけで仲良くなった人もいた。
きっかけは突然、というのも納得だ。
「光羽、メガネ変えたでしょ?」
「うん。よく分かったね」
「いいなー。光羽は丸メガネ似合うけど、ウチは似合わないもん」
私は今年から視力が落ちたこともあり、去年まで使っていたメガネを卒業した。
今は丸メガネが流行っているので、私もそれをすることにしたのだ。
「え? 青生のメガネも丸メガネじゃん」
「え、これは違うよ。丸じゃないし」
ずっと丸メガネだと思っていた。確かによく見ると、丸ではなく四角に近いかもしれない。四角の角が変形したみたいな…。表現が思いつかない。
「さっきから気になってたんだけど、何で手に社会のノート持ってるの?」
青生は面白い人で、行動も話し方も独特なのだ。ある意味、才能とも呼べるものがあるのかも知れないが、それがたまに周囲を振り回している事もある。
「あー、地理の課題があったじゃん? それだよ」
え、地理の課題なんてあったっけ。不登校ってこともあって全然聞いてないんだけど。
「あ、でも光羽は学校行ってなかった訳だし、大丈夫でしょ」
大丈夫なのは分かっている。でも1人置いていかれたみたいで悲しいのだ。
「学校で先生に聞いてみる」
私の言葉で、この話は終わった。
学校に着くと、昇降口の前で七星がウロウロしていた。
七星は背の高い男子で、私と中1の頃から仲が良かった。
「あ、来た」
笑人が亡くなったすぐ後に、彼と会って色々話をした。だから私が今日から学校に戻ることは知っていた。
「あははは」
ちゃんと笑顔で返す。親しき仲にも礼儀あり、だからね。
「青生。緊張してきた…」
新クラス表が配られるまでは、去年のクラスメイトと教室に集まることになっていた。
私は、本当にそれだけが嫌で仕方がなかった。でも頑張ることにした。
ー笑人が見守ってくれてるからね。
「七星も早く教室に戻らないと、予鈴がなるよ?」
私は一歩を踏み出した。この学校を壊すくらいの気持ちを持ってー。
「じゃあ、オープン!」
数学教師が廊下で叫ぶ。教室中から紙を捲る音だけが響いた。
「あークラス離れちゃったね」
「えー」
「うわ、マジかー」
ついにこの時が来た。新クラス発表だ。
どこからともなく、賑やかな声が聞こえてくる。
私は、笑人の名前がない紙に苛立ちが募っていた。
笑人は「不登校の末、春休みに転校した」という事でみんなには知れ渡っている。
本当の事情を知っている人は、私を含め数人しかいない。
「笑人…」
声にならない声で呟く。泣きそうになっている心を奮い立たせ、思わず唇を噛み締めた。
クラス替えは、個人的には恵まれたメンバーが集まったと思う。イジメの関係者、同じ部活動に所属していた女子などは全員違うクラスになっていた。
新しいクラスへの移動の時間、黒板に何かを書いている担任教師を見つけて声をかけた。
「宇野先生。ありがとうございます」
しっかりお礼を言えた自分を少し褒めてみた。
ーでも何故か、心から虚無感が消えなかった。
「えーと、この後は…」
担任の先生が、放課後のことについて話していた。
正直、全然頭に入ってこない。先生の声が右から左へと抜けていく。
放課後は入学式の準備だ。新1年生を快く迎えられるように、という名目らしい。
部活ごとに担当が分けられているが、私は2ヶ月前に正式に部活を辞めている。
不登校になってから全く動いていなかったので、復帰は難しいと誰もが分かっていただろう。特に誰も追求してこなかった。
「井納先生。私は、入学式準備どこですか?」
椅子並べ、幕張り、道具の用意など、準備と言ってもたくさんある。
「そうだな…光羽は」
廊下で私たちのクラスを眺めていた学年主任は、声を唸らせた。
「宇野先生、光羽はどこにしましょう」
「あー、光羽は帰宅部のところでいいんじゃないでしょうか」
帰宅部。その言葉にドキッとした。
笑人の顔が頭に浮かんでしまった。慌てて俯き唇を噛む。
「ということで。よろしく」
私はハッと顔を上げ、ゆっくりと首を縦に動かした。
「はい」
体育館では、数え切れないほどの生徒と先生でごった返していた。
帰宅部は椅子並べの担当だった。1番ラクな仕事でホッとした。
野球部なんて、よく分からない言葉が書いてある幕を張っていた。
大変そうだな、なんて他人事のように思った。他人事だけれど。
「光羽ちゃん。久しぶり」
何度も色々な人に声をかけられた。半年以上ぶりに顔を合わせる同級生は、以前にも増して活気が良くなっていた。私の心が荒んだから、そう見えるだけか。
「椅子ちょーだい」
少し離れたところにいる女子が、椅子を出している友達に手を伸ばしていた。
学年の中で、その女子は「ぶりっ子」として有名だった。
「自分で取りな」
てっきり椅子を渡すと思っていたのに。やっぱり女子は「ぶりっ子」に対しては厳しいのだ。
彼女たちとはクラスが違った。あんまり話さないでおこう、と心に留めておいた。
「うわー、手ぇ怪我してるから、それだけしか持てないのぉー?」
さっきの女子が、私の近くで喚き出した。ビックリして肩を震わす。
ー次の瞬間、その女子が手に持っていた椅子を取り落とした。
ガッシャンと一際大きな音が響いた。
「ダサ」
「ダッサ」
彼女を見ていた周りの女子と、手を怪我している女子が毒を吐いた。
神様はやっぱり見ているのだ。
「椅子、持つよ」
私は彼女たちから離れた隙を見て、片手に包帯を巻いている女子に声をかけた。
「大丈夫。ありがとう」
私は、うん、と相槌を打つと、椅子を抱えて立ち去った。
体育館に入った時よりも、足取りが少し軽くなっていた。
さっきから思っていたが、椅子の位置がズレてはいけないって厳しすぎる。
椅子の間隔を均等に、曲がってはいけない。きっちりと。
何度も何度も自分に問いかけた。少し疲れてきてしまった。
とりあえず、前の方から全体のバランスを見ようと思い立ち、体育館前方へと移動した。
椅子並べ開始前にもらった紙を確認しながら、大量の椅子たちを眺めた。
「なんか、監督みたい」
小6の時、色々あったが歩み寄り仲良くなった男子ー泰雅に笑われた。
監督ってなんだ、と突っ込みたかったが、私も思わず笑ってしまった。
確かに、傍らから見たら一生懸命に選手とルールを確認している監督のようだろう。
そんなに熱心だったのか。椅子並べごときに。
ー私は、こんなに熱心に取り組める性格だっただろうか。
中1の体育祭前、校庭で石拾いをした時なんかは、心の中で愚痴ってばかりだったのに。面倒くさい。ダルい。疲れた、って。
ー笑人が、変えたんだな。
笑人の存在が忘れ去られようとしている学校で、私は笑人が残してくれたものを受け継いだ。そして、それが誰かを笑顔にした。
笑う人、たくさん笑う人に育ってほしいと思って、名付けられたのだと考えていた。
でも違った。
誰かを笑顔に出来る人に、誰かが誰かに、誰かが誰かを救えるように、笑人の存在で誰かを救えるように、ポジティブ連鎖するように、という願いなのだろう。
たった1人の存在が、誰かを救い、誰かを変える。
そしてその救われた、変えられた人が、また他の誰かを救い、変える。
それが笑人ではなくても、他の誰でもない自分自身かも知れない。
自分自身が、ただそこにいるだけで、自分という存在が自分の人生を生きているだけで、他の誰かに影響を及ぼす。
笑人は、私の人生に大きな影響を及ぼした人。私を救い、変えた人ー。
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