第五話 酒の肴

 陸王りくおうはそれを聞いて、



「それを言うなら、吉宗よしむねは爆破なんざしねぇがな」



 雷韋らいと同じように苦笑気味に言った。


 その雷韋は、陸王から視線を逸らして星空に目を向けた。そして言う。



「俺達は全部に生かされて、生きてるんだよなぁ。人、物、世界全てに」



 陸王も空を見上げる。



「この星空にも生かされているのか?」

「そ。この暗闇にも空の星の光にも。闇の精霊の力は話したろ? んで、光の精霊の力ってのは活力なんだ。元気の素だな。だから闇に覆い尽くされても、光があれば活力も湧いてくる。こうして起きてて、話だって出来るんだ。だから星空は凄い。両方の力を持ってるんだからな。だからやっぱり星空は好きだ」



 そうして暫く、二人で星空を眺めた。


 陸王は光が活力の源と聞いて、腹の中で「だから月の光に魔族は影響されるのか」と思った。光が活力なら、夜の太陽である月の光に影響を受けても、なるほどと思える。夜は魔族の時間だ。満ち欠けがあると言えども、夜の太陽から活力を得たとしても不思議ではないからだ。


 魔族が化け物だとは重々承知している。それでも生物だ。人ではないとしても、この地上に生きている。だから魔族である自分も、世界に生かされているのだろうと思った。


 雷韋の言葉を借りるなら、そういうことなのだろうと。


 陸王はそんな思いに駆られて、妙に納得した気分になった。その反面、少しおかしい。



「魔導士ってのは面白ぇな。いつもそんな面倒なことを考えていやがるのか?」

「自然の流れに沿って考えただけだよ。別に面白いことは考えちゃないよ」



 空から目を離さない陸王の顔を見て、雷韋はどこか不機嫌そうに言う。



「いや、面白ぇだろう。普通はそんな風には考えねぇ」



 そこでやっと陸王は雷韋を見た。少年を見つめる黒い瞳は穏やかだった。


 すると雷韋は、ふむ、と言う風に腕を組んで首を傾げる。



「そうかなぁ? みんな意識してないだけじゃね?」

「知らんうちに考えてるって事か?」

「なんてぇのかな? 当たり前すぎて考えてないって言うかさ、そんな感じ」

「当たり前すぎる、か」



 呟くように口にして、陸王は再び空を見上げた。


 雷韋の言葉をもう一度胸の内で反芻すると、小さく口元を笑ませる。いや、自然と笑みがこみ上げてきたのだ。


 陸王は、やはり面白い、と思った。当然だから考えないと言うこともあるだろうが、陸王は雷韋に光の力を説明されて、そこでやっと何故、魔族が月に影響されるのかを考えたからだ。それから言えば、雷韋の頭の中は面白く出来ていると思う。吉宗のことは多少考えたことはあるが、魔族のことまでは思い至らなかった。雷韋の言葉がなければ、決して気付くことはなかっただろう。魔族という化け物のことも、それが自分であることも考えないようにしているから。


 雷韋の一風人とは変わった考え方は知らない。


 これまで、そんな風に考える者には出会ったことがなかったからだ。小気味のいい者もいれば、たちの悪い者もいた。色々な者達に出会ってきたが、皆、自分のことを一番に考えていることが多かったのだ。なのに雷韋は、世界の全部と向き合おうとするところがある。


 先ほどの言葉の通り。


 世界に生かされているなどと考える者が、この世界でどれだけいるだろうか。


 それとも、あの発想は精霊使いだからこそなのか。あるいは、獣の眷属はそんな風に考えながら生きているのだろうか。


 陸王の知っている数多の人間族とは、何かどこかで隔てられている気がする。


 だからこそ興味深く、面白いと思った。

 けれどその反面では、厄介な性格だとも思う。


 全てを受け入れようとするから、すぐに厄介事に首を突っ込みたがるところがだ。これは厄介以外の何物でもない。


 困ったことではあるが、しかし、雷韋の考えが考えだけに飲み込むしか法はないように思えた。


 陸王は夜空から雷韋に視線を落とすと、その柔らかい前髪をくしゃくしゃにしながら言った。



「お前は面白いが、厄介な奴だな」

「何がさ。つか、やめろよ、前髪ぐちゃぐちゃにするの!」



 雷韋は抗議して、陸王の手の届かない場所まで逃げて前髪を直す。


 だが、陸王の手の届かない場所まで逃げたと言っても、陸王が一歩踏み出せばすぐにまた手の届くくらいの距離だ。それくらい、一人部屋は狭かった。


 そんな雷韋を、陸王は楽しそうに見ている。


 それを目にして、雷韋は面白くなさそうに唇を尖らせた。



「んだよ~。人を面白いとか厄介だとか。あんたの言ってること、わけ分かんね」

「それでいいさ」



 陸王は小さく笑ってそう言った。


 それに対して雷韋は複雑そうな顔を見せたが、肩を竦めるとくるりと踵を返した。



「なんか、陸王の考えてる事ってよく分かんね。俺、もう寝るから」

「あぁ。明日は自力で起きろよ。いつまでもぐずぐず寝るな」



 雷韋は扉の把手はしゅを掴もうとしたところで陸王に言われて、肩口で振り返る。



「無茶言うなよ。ついが傍にいりゃ、眠りが深くなんだ。起こしてくれよな。でも、信じないかも知んないけど、一人の時は一時課いちじか(午前六時)の鐘でちゃんと目が醒めてたんだかんな」

「そりゃ、確かに信じられんな。お前の寝汚いぎたなさは生半可じゃねぇからな」

「うっせぇや」



 ぷいっと顔を背けて、そのまま雷韋は鍵を開けると、その鍵を卓に放って部屋から出て行った。


 その様子を陸王は黙って見送る。そして何故か、急に酒が飲みたくなっていた。それも、雷韋の食事が終わるのを待っている間に飲み飽きてしまったワインが。


 さてその際、何を肴にするかと思い浮かべ、浮かんできたのは先ほどの雷韋の面白くない顔だった。


 今さっきの出来事を振り返りながら酒を飲むのも悪くはない。


 ふと、そんな考えが頭を過った。


 もう一度、端から思い返し、雷韋の言っていた言葉を様々な角度から考え直すのも悪くはないと思ったのだ。


 陸王にとって、雷韋と星空を眺めながら語ったことは、我ながら興味深かった。雷韋の言葉の意味をもっと深く考えるのもいいだろう。


 しかしそれにしても、雷韋が鍵開けまでして入ってくるとは。その事が急におかしくなって、くつくつと陸王は一人笑った。



 陸王は寝台の上に置きっぱなしにしていた吉宗を腰に差し、卓の上から鍵を取って部屋をあとにした。


 色々と面白いことが考えられそうな予感に身を浸しながら。


 最後に鍵をかける金属の音がして、静かな足音が遠ざかっていった。


                            了

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