第四話 星空のわけ

「アルカレディアは光竜こうりゅうの創った世界だ。それは天慧てんけいを崇める人間も認めている。原初神は光竜だ。そして光竜が創った世界にやって来たのが天慧と羅睺らごう二柱ふたはしらだろう。その事を獣の眷属は面白く思っていないと聞いたことがある。ここで人間族と獣の眷属で二つに分かれる」



 つまり、と陸王りくおうは勿体ぶった口調で言葉を継ぎ足した。



「獣の眷属は天慧と羅睺の力を宛てにはしていないんだろうが。だから天慧と羅睺、二柱の力が関わってくる前者二説を否定する」

「消去法で最後の説に辿り着くってのか? どの説も世界の理を考えた先に生まれたもんだぞ。ん~……。だったら、空を見てみようぜ? 星の明かりでどの説が一番しっくりくるか確かめるんだ」



 言って、そうだよ! と雷韋らいは声を上げる。



「俺、それがしたかったんだよ。陸王と」

「どの説が正しいか、か? 確かに三つ目の説は聞いたことがないだけ、面白いとは思ったがな」

「だろ? んじゃ、明かり消すぜ? つかさぁ、あんた宿でランプ使わないだろ」

「いや、その時々によるな」

「嘘つけ。いっつも光の玉を出してるくせに。大体、光の玉は明るすぎるんだよ。火口箱ほくちばこ持ってるくせにさぁ、面倒臭がりやがって」



 それを聞いて、陸王は髪を掻き上げ、嘆息をついた。



「別に明るけりゃなんだっていい。ただ、刀の手入れをするには明るい方が都合がいいんだ」

「ランプ使うことあるのか?」

「あぁ。寝る前にはランプに替える」

「寝る前だけかよ。そんなの遅いじゃん」



 そこで雷韋ははっとしたように手を打った。



「あんた、野宿の時に火口箱で火をつけたことあったっけか?」

「なんだ、いきなり。毎度、お前が精霊を操ってつけてるだろう。それがどうした」

「俺は火口箱じゃねぇぞ、馬鹿野郎!」



 今まで椅子の背凭せもたれを抱きしめていた腕を振り上げて怒ったが、陸王は全く構った様子もない。



「そんなもん、今更だ」



 ふんと鼻先で笑う。


 その様が酷く面白くなくて、雷韋は怒りのままに奇声を上げた。



うるせぇぞ、サルガキ」



 言われて更に雷韋は奇声を上げる。ギーッと奇妙な声を出して、腕を振り回して怒っている。


けれどいくら怒っても、その腕は陸王にはまるで届かない距離にあった。


 雷韋も分かっていて腕を振り回しているのだ。くだらない文句を言いながら足までばたつかせ、いい加減それにも飽きた頃、雷韋はのっそりと光の玉に手を伸ばした。


 光の玉は宙でふわふわ浮いているだけだ。陸王があらわしたとしても、同じ術が使える者にはそれを呼び寄せることが出来る。



「も~、これ消すぞ。夜空見て、どの説が一番近いのか当てるんだ!」



 鼻息荒く言って、光の玉を握り潰した。

 途端、光源を失った部屋が真っ暗になる。



「おい、いきなり明かりを消すな。何も見えんぞ」



 今まで強い明かりに照らされていたせいで、光源を失った陸王の目には暗闇だけが映っていた。



「よく見ろよ。窓から明かりが入ってきてるだろ? 星明かり」

「よく分からん。俺はお前のような猫目じゃねぇんだ」



 言うと、雷韋に手を捕まれて引っ張られた。



「そんなのいいから立てよ」

「その前にランプに火を入れろ。手前ぇを基準にして物事を運ぼうとするな」



 目の前の暗闇から面白くなさそうな呻きが聞こえたが、その気配が動くのを陸王は感じた。瞬間、柔らかい明かりが部屋の中を照らし出す。


 雷韋が火の精霊を操ってランプに火を入れたのだ。


 ランプに灯が灯ったことで、陸王は嘆息してから寝台から立ち上がった。


 その手首を雷韋に握られたままだったが、特段振り払おうとはせずに、雷韋に引っ張られて窓の方へと移動する。


 窓の前まで来ると、雷韋がガラス戸を左右に開いた。


 その琥珀の瞳は空を見上げている。口元も、わくわくした風に笑んでいた。


 陸王も共に空を見上げる。


 満天の星空だ。新月だからか、ほかに明かりを遮るものもなく、星々は遙か高い天空で燃えるように輝いていた。


 それを見上げて、陸王はぽつりと呟く。



「別に……、どの説が本当だろうが俺にはどうでもいいんだがな」



 どこかしんみりとした口調だった。

 それに雷韋が小さく反論する。



「んなこと言うなよ。どれが本当か知んないけど、こうやって見上げてるだけでも綺麗だって思うだろ? でもやっぱ、いつか俺は知りたいなぁ。どれが本当なのか。あの説のどれでもいいんだけど、やっぱ毎日変わる空っていいよな。夜ごと夜ごとの、その晩限りの星空なんだぜ? 同じ空なんてないんだ、絶対。だから俺、夜空が凄く好きなんだよ」

「物好きな奴だな。夜空なんぞどうでもいいだろう。それに、夜は魔族の時間だ。今もどこかで魔族が蠢いていると思うと、ぞっとしねぇな」



 陸王は窓際にもたれ掛かると雷韋を見下ろす。その表情には複雑な色があったが、雷韋には何を意味するのか分からなかった。まさか目の前の男が魔族だと思いもすまい。



「そりゃあんたは人を斬って戦場で生きてきたから、もしかしたら魔族が襲ってくるって考えるのかも知んないけどさ、俺にとっては全然違うよ。夜は凄く優しい。闇の精霊の力に満ちてるから」

「なんだ、そりゃ」

「闇の精霊は、人や動物の一日の疲れを癒やす為に安息を与えてくれるんだ。世界の全てを慈しんで、包み込んでくれる。闇の精霊の力や気配って、そういうもんなんだよ」



 陸王はそれを聞いても、もう何も言わなかった。ただ雷韋から星空へと視線を移す。それに倣うように、雷韋も星空を見上げた。それでも言葉は続けた。



「天慧の力が残ってるのか、羅睺が天慧の力に負けてるのか、くうの精霊の力に強弱があるのか。一体どれなんだろうな」

「どれとでも考えられるが、いずれでもないのかも知れん」



 雷韋の言葉に陸王はそう続けた。



「ん~、どうなんだろう? でも、これだけは言える。って言うか、俺はこう思ってるってだけなんだけどさ、『生きてる』って感じがする」

「あ?」



 陸王は怪訝な顔になって雷韋を見下ろし、片眉を上げていた。



「天慧は光を司ってるだろ? その光にも精霊が存在する。羅睺は闇で、やっぱりそこには精霊が存在してんだ。光竜は流れを司ってるけど、この世界に生きてるものにとってはそれだけじゃ生きていけないようになってる。天慧も羅睺も光竜も精霊達も、どれも欠かせないんだ。『生きてる』って言うより『生かされてる』って感じかな? それに身近なところで言うと、あんたは意思を持ってる吉宗の力を借りて生かされてる。俺は火影ほかげな。そんで、それぞれの力を借りて生かされてるだろ? だから、あんたがさっきみたいに吉宗を大切にするのもなんとなく分かるんだ。吉宗はあんたの相棒だもんな。俺だって火影を大切にしてるもん。まぁ、日ノ本の剣とは違って、ばらばらに分解することは出来ないけどな」



 雷韋は最後に苦笑気味に言う。

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