【第一章】予期せぬ再会①
月日が流れ、ユノは十八歳になった。
「ユノ、今日は中庭の草むしりを手伝ってほしいんだって」
ここは王都の中心地にある王宮である。
広大な
その敷地の奥、小高い
(元々は国王陛下の側妃で、第三王子殿下のご母堂のために建てられたのよね。だけど彼女は十年も前に
この『奥の宮殿』こそがユノの勤め先である。
三年半前に王都に出てきて、なんとかここの下働きの侍女として
ディルクのことを忘れた日はない。けれど思い出すたびに自己
(でも当然よね……)
あんなにも
キーラと
半屋外の
ユノと同じ格好の侍女たちが地面にしゃがみ、おしゃべりしながら
「ねえ、ユノは聞いた? 第三王子殿下が昨日の
同じようにしゃがみこんだキーラが、抜いた雑草を手に興奮した顔で言った。
ここの若き当主──第三王子で王立
王子が遠征に向かったのが、ユノが勤め始めたのとちょうど同時期のことだった。だからユノは顔も知らない。けれど、
(第三王子殿下もディルクという名前なのよね)
ここに雇われるまで知らなかった。
正妃の子どもである王太子と第二王子とは
しかも新しい側妃が第三王子をこっそりと亡き者にしようと
そのため第三王子の姿は世間
その彼の名が『ディルク』というのだ。
めずらしい名前ではない。けれど耳にした時は思わず心が動いた。
一緒に
それでも胸が苦しくなったのは事実だ。一度も忘れたことのない人──。
「それでね、ディルク様は今はこの宮殿におられるんだけど、午後に国王陛下のところへ
力説するキーラに
ここの当主で第三王子だなんて雲の上の存在過ぎて、正直見てみたいなんて気持ちはみじんもない。
けれどユノを思いやってくれるキーラの気持ちはとても
そこへ、
「ちょっとキーラにユノ、そこをどいてちょうだい」
「
わざわざここを通らなくても、少し大回りすれば花壇へ行ける。
キーラが
侍女にも階級があって、
対してユノたち下働きは下級侍女と呼ばれ、
キーラが
ユノものろのろとそれに
故意に人を傷つけようとする人間は苦手だ。妹を思い出す──。
アイネが当然だと言いたげな
「ねえ、ディルク様よ!」
他の侍女たちの
中庭をぐるりと取り囲む半屋外の回廊。中庭側は壁代わりに柱が
ユノは力なく雑草の土を落としていたため、顔を上げるのが
少し
「ああ、行ってしまわれるわ。もっとお姿を見たいのに……!」
アイネが悔しさのこもった声でつぶやいた。
(あの方が当主様なのね……)
皆のようにどうしても姿を見たいとは思っていなかったので、特に残念ではない。ただ、
(ディルクと同じ
胸がギュウッと
もちろん黒髪なんて大勢いる。ただディルクを思い出して切なくなった。あの明るい笑顔と優しい口調を──。
「おーい、
庭師の言葉でハッと
(いけない。思い出してる場合じゃないわ。ちゃんと仕事をしないと)
ここを追い出されたら行くところなんてない。三年半勤めてようやく慣れてきたところなのだ。
侍女たちは当主を遠目でもいいから見送りたいために動かない。
「私が取ってきます」
とユノは中庭の
「あっ、ついでに
「はい」
「ありがとう。お願いね。『ユノ』──!」
その名前に反応したのは、回廊を歩く当主だった。足を止めて
アイネが興奮した様子で一歩前へ出る。
だが当主は──
そのままアイネには
「ディルク様、どうされたのですか!?」
驚いて後をついてきた部下たちに
「悪い。なんでもないよ。ちょっと昔の知り合いの名前が聞こえたから驚いただけだ。だけど考えてみれば、彼女がこんなところにいるはずないから別人だね」
「そうですか……」
部下たちが顔を見合わせる。一人がおずおずと切り出した。
「その昔の知り合いというのは、ひょっとしてディルク様がサスカル元騎士団長のところに預けられていた時の方ですか?」
当主──ディルクはあざやかな青い目で彼らを見返した。そして
「ああ、そうだよ」
● ● ●
それから十日後のことである。
「ユノ、ここに並ぼう」
「はい」
キーラの後に続いて、ユノは
大きなシャンデリアの
「ユノはこの間も結局、ディルク様のお顔を見られなかったんでしょう? 実はユノが納屋へ行った後で、なぜかわからないけどディルク様が私たちに関心を寄せられたのよ。ものすごく驚いた顔で、
「えっ、どうしてですか?」
「さあ、わからない。あの
ユノにはやはり当主の顔を見たいという願望はない。
けれどキーラがせっかく連れてきてくれたのだし、ディルクと同じ名前でしかも同じ髪色だったから一度見てみようと思ったのだ。
二列前にいた侍女が振り返った。その嫌味な笑顔はまたもやアイネである。
(嫌だな……)
「ねえ、下働きの
この前、ばつが悪い思いをしたことへの八つ当たりも
ユノはうつむいた。
だって事実なのだ。アイネの言うことも、妹の言うことも──。
「……ユノ、行こうか?」
キーラが仕方なさそうに言い、アイネが笑いながら頷いた。
その時、
「ディルク様が戻られたぞ!」
玄関ホールが
開かれた
「お帰りなさいませ!」
ふと
ほらユノも! と言いたげに目くばせされたので、
二列前でアイネが目を
ユノもキーラに
当主は部下の
引き締まった長身に騎士団の隊服をまとい、
(──えっ?)
見間違いかと思った。常に心にあるから、その人の姿に見えただけだと。
けれど違う。
(ディルクだわ……)
使用人たちの前を歩いているのは、四年前に別れたあのディルクだ。
背が伸びて顔つきも大人っぽくなったけれど、あのディルクなのだ。
(
母はディルクが上流貴族かもしれないと言っていたけれど、さすがに王族だなんて考えもしなかった。
(本当に……?)
それでも、ここに来てから耳にした
子どもだったディルクは国王の新しい
友人夫妻はどれほど母に問い
先ほどキーラに言われたこともよみがえる。
『実はユノが
ディルクが驚いた顔をした理由は、ユノの名を耳にしたからだったのだ。
ふとディルクがこちらを向いたので
「ねえ、見た!? 前と同じく、ディルク様がこちらを見てくださったわ!」
アイネのはしゃいだ声が聞こえて、ユノは
(お願い、早く行ってしまって……!)
そうすれば下級侍女が当主と顔を合わせることなんてないのだから。
「ああ、行ってしまわれるわ……」
アイネの残念そうなつぶやきが聞こえて、ユノは
ディルクの一番後ろについていたローブ姿の司祭が、小走りに前に
「ディルク様、今日の午後、ここに新しい
「えっ? そんなこと聞いた覚えはないけど」
「ちょっと
鼻息
「わかってるよ。確かに聞いた。ちょっと言ってみただけだよ」
「そのことを今日の魔具部屋の
「承知いたしました。今日の担当の侍女はキーラと──それに『ユノ』ですね」
ディルクが
「また『ユノ』か」
「どうかなさいましたか?」
「前にも宮殿内でその名前を耳にしたんだよ。知り合いの名前と
ユノはうつむいたまま
けれどそれは一瞬のことで、すぐに現実に戻った。
別人だと思ったまま過ぎていってほしい。合わせる顔なんてないのだ。
けれどユノの願いとは裏腹に、ディルクが話のついでというように侍女頭に聞く。
「それで、その
「確かマイデンだったかと。ユノ・マイデンです」
実家を
「そう。やっぱり別人だね」
ディルクが
(よかった……)
自己
「ディルク様、ユノならそこにいますわ!」
ギョッとした。
アイネだ。上級侍女といえど当主にはおいそれと話しかけられない。だから今がチャンスだと思ったのだろう。きっと下級侍女のユノが王子の知り合いのわけがないから、ユノも期待外れだという顔をされればいいと意地の悪いことも考えたのだ。
ホールに集まる全員の視線が集まり、ユノは青ざめた。ディルクに見つかることも
おろおろしながら急いでこの場から離れようとした。けれど背後は
「もういいよ。しょせん知らない侍女だ」
幸いにも、ディルクの興味なさそうな声がした。
「そうですよね! よくある
「──薄茶色の髪と目?」
ディルクがぴたりと足を止める。
ユノは心臓が縮まる思いがした。
(どうしよう。どうしたらいいの……?)
真っ白になる頭で、それでも両手で必死に顔を
けれど
大きく目を見開いたディルクが、
一直線に向かってきたディルクがユノの前に立った。
(嘘……)
心臓が口から飛び出しそうだ。恐怖で顔が上げられない。ディルクが目の前にいることが信じられなくて、再会できて嬉しいと思う反面怖くてたまらない。
「ユノ……?」
それでも頭の上に降ってきた声に心が
思い出に勇気づけられてユノは
ディルクだ。
ユノの視線を受けてディルクが微笑んだ。
「久しぶりだね。元気だった? どうしてここにいるの?」
「あっ……家を出たから……」
魔法が使えず勘当されて追い出されたなんて、
「そう。ご家族は元気?」
言葉に詰まった。ディルクはユノの家をたまに
けれど辛く当たられていたなんて言えない。言いたくない。
自分を好きでいてくれた
「事情があって内緒にせざるを得なかったけど、実は俺はこの国の王族なんだ。ごめんね、驚いただろう?」
「うん……」
「と、とんでもないです!」
何をやっているのだ。相手はディルクだが、第三王子でここの当主なのだ。
「そんなにかしこまらなくていいよ」
ディルクが笑った。四年前と同じ優しい
ユノの胸に温かいものがあふれた。自分のしたことを忘れたわけではない。けれど少しだけ気が楽になった。
やはりディルクは四年前と同じく優しい。そう思った瞬間、ずっと心にあったことが口に出た。
「あの、ごめんなさい」
「何が?」
「四年前のことです。ずっと謝ろうと思っていて、本当にごめんなさい……」
会う資格はないと自分を
ディルクが苦笑した。
「まだそんなことを気にしてたの? もういいよ。昔のことなんだから」
(本当にいいの……?)
救われた気がしたその時、
「ディルク様、この
司祭の
「そうだよ。四年前まで、俺は元
「ああ、なるほど」
司祭たちが
(よかった……)
四年間の胸のつかえが下りた気がする。微笑むユノにディルクが言った。
「ユノは昔とちっとも変わらないね」
はじかれたように顔を上げた。
ディルクの笑みがまともに視界に入った。四年前と同じ優しい笑み。
(──
四年前とは違う。表面では優しい笑みを
自分のとんでもない
昔ディルクと会っていた頃は
その頃のユノと、髪も手入れしておらず朝の
ディルクはユノにはもう興味がない。そのことが身に
そこへ、
「ディルク、お帰りなさい」
まるで
「ずっと留守で
甘えるような声で言い、ディルクの肩に頭を乗せた。
ユノは息を
ユノと同じ年くらいだけれど、国で一番多い薄茶色の髪と目、十人並みの容姿と中肉中背の『
ディルクが
「さっき国王陛下の
「だってずっと会えなかったのよ。もう
二人の親密な
急に自分の格好が恥ずかしく思えた。
けれど今は手入れをしていない髪と、朝の掃除中に右腕とエプロンについた煤汚れがひどく気になった。隠すように横を向いた。
「じゃあ侍女の仕事を
ディルクが
ユノは急いで頭を下げた。下げながらショックを受けている自分に気がついた。
自分の立場もしたことも充分わかっているつもりだったのに、ちっともわかっていなかった。せめて謝りたいなんて、なんておこがましくて自分勝手なことを考えていたんだろう。
『ユノには二度と会いたくない』
四年前に聞いた通り、ディルクの中ではすでに終わっていたのだと痛感した。
わかっていたのだ。ちゃんとわかっていた。だけど心のどこかで甘えていた。ディルクは
(最低だわ……)
自分は最低の人間だ。そんな甘えたことを考えていた自分が心底
『本当に
『お姉様って本当に
(本当にそうだ……)
その通りだ。
ユノは頭を下げたまま必死に
「ユノってディルク様と知り合いだったのね。びっくりしたわ。中庭でのことも、ディルク様が
興奮した様子のキーラに、
先ほどのディルクの無関心を告げる目と、一緒にいた美しい女性の姿が頭から離れてくれない。そして何よりも情けない自分自身が。
「ユノが知り合いだとわかった時のアイネの悔しそうな顔を見た? 私たち下級侍女をいつも
目指す魔具部屋は半地下の一番奥にある。三年半勤めているけれど、部屋数が二百を
のろのろと歩を進めながら落ち込むばかりだ。
そんな自分に無理やり言い聞かせる。ディルクが話をしてくれた。それで充分じゃないか。ユノには興味なんてないこともとうにわかっていたはずだ。ただそれを心のどこかで認めたくなかっただけだ。
四年前の一件で追い出されても仕方ない立場なのに、今まで通り置いてくれる。それだけで充分にありがたいことじゃないか。
(そうよ。だから、せめて侍女としての仕事をきちんとしよう)
今の自分にできることはそれくらいなのだから。
弱い自分を必死に奮い立たせて聞いた。
「キーラさん、魔具部屋はどういうところなんですか?」
「ん? 魔具が置いてある部屋よ。ああ、わかるわ。
魔具とは何かを聞きたかったのだけど、どうやらあまり
「キーラさん、その魔具って魔道具のことじゃ──」
「待って! しまった。
言うなり、キーラは明るい
ユノより少し年上のキーラはここに勤めて長い。たまにうっかりしているところもあるけれど
(それにしても「鍵を連れてくる」って何だろう? 「持ってくる」の言い
不思議に思いながら、ユノは
(確か、廊下の
たくさんの部屋が並んでいたけれど一目でわかった。
その部屋の
半地下なので
(取っ手がない?)
おかしい。ユノは扉を見回した。片開きの扉なのに、取っ手もドアノブもなければ鍵穴もない。のっぺりとしたただの一枚の扉なのだ。
(どうやって開けるの……?)
その時だ。扉の内部から、パンッ……! と何かがはじけるようなかすかな音が
(何の音かしら?)
不思議に思っていると、ギイイ……ときしむような音がして、扉が勝手に動き始めた。
(えっ……?)
分厚い鉄製の扉がゆっくりと外側に開いていく。ユノが手をかけていないにもかかわらずだ。
(ええっ……!?)
「
キーラの後ろにいたのは、先ほどディルクと
王宮のすぐ
「待たせたな」
顔つきの通り生真面目な物言いで、そして苦虫を
「あのディルク様の昔の知り合いか」
嫌そうにつぶやき、キーラと一緒に扉に視線をやった。そして──目を
「おい! なぜ扉が開いている!?」
「本当だわ、どうして!? 嫌だ、昨日の
「いや、昨日確かに私が閉めて鍵をかけた。覚えている」
「そうなんですか? じゃあ、どうして──?」
顔を見合わせた二人が、何かに気づいたようにぎこちなくユノを見た。
「まさかユノが開けたの……?」
「どうやって開けたんだ……?」
二人の
「触れたら開いた……気がします」
「はああっ!?」
二人が
「ユノは魔法が使えるの!?」
「そんなまさか。使えません」
全力で首を横に振った。使えないから実家から
「──まあ確かに、魔法が使えたら下働きの
キーラが
「ルーベン様が昨日鍵をかけたつもりで、実はかけ忘れたんじゃないですか?」
「そんな訳はない。確かにちゃんとかけたぞ」
「でもルーベン様はディルク様にこき使われておられるというか、いつも
「だからなんだと言うんだ! 昨日、確かに鍵をかけた。それと私はディルク様にこき使われているのではない。私が気を
「はいはい。では掃除が終わりましたら、また呼びに行きますから。今日はちゃんと鍵をかけてくださいね」
「だから、かけたと言っている。昨日の掃除担当の侍女たちにも
ルーベンは
「おまたせ、ユノ。
「あの、鍵って──?」
「ああ、ここは魔具を保管しているから部屋全体を魔力で
だから「鍵を連れてくる」と言ったのか。
「じゃあ中に入ろうか。何も
「えっ……」
(気味が悪いの?)
部屋の中は使用人の食堂くらいの大きさである。
キーラが慣れた手つきで
半地下なのにどうして窓があるのかと疑問だったけれど、どうやら中庭に面しているようだ。二つの窓の上半分から明るい日差しが降り注いだ。
(うわあ……)
部屋の中は物であふれていた。立派な細工がされているが古びた
「置いてあるのは
魔法使いが魔力を
「違う、違う。ここにあるのは魔道具じゃなくて『魔具』よ。つまり悪魔に
「えっ……?」
なんて怖い。息を
「特に怖いことはないから大丈夫よ。まあ夜中に部屋の中からガタガタと音がするとか、転げ回るような音が聞こえるとかいう
「そうなんですか……」
「本当に平気よ。掃除を始めましょう」
「はい」
年代物の棚やテーブルを布で
せっせと掃除していると、いつの間にか気味の悪さは忘れていた。キーラの言う通りおかしなことなんてないし、ただの物にしか見えない。特に明るい日差しの下では。
「ここの魔具はずっとこの部屋にあるんですか?」
「ううん。四年前に、ディルク様がここに
その名前に胸がきしむように痛んだ。
「ここの魔具は元々、司教を務める第二王子
「さすがディルク様はお
消えない胸の痛みとともに、むせかえるほどの
ディルクはいつも優しかった。
魔法が使えないと自分を責めている時に、
『魔法なんて使えなくてもいいじゃないか。俺はユノが好きだよ』
と、笑って言ってくれたことにどれほど救われたか──。
(あの時のままなんだわ……)
温かい気持ちが胸にあふれた。けれど同時に、あの愛情あふれる
キーラが
「そんな訳ないわ。ディルク様は司教様に魔具の預かり料として、法外な値段を
「えっ?」
「しかも半年ごとの
「……えっ?」
「ディルク様ってまあ優しい方だと思うけど、結構腹の内は黒いというか、いい性格をされてるわよね。ユノは昔からの知り合いなんだからよく知ってるでしょう」
そんなこと知らない。ぶんぶんと首を左右に
(──でもあれから四年も
(……あれ?)
人形の緑色の両目が光った気がした。
しかしもう一度じっくり見てみると、何の
(気のせいかな?)
不思議に思いながら、布で人形の
金色の巻き毛をした女の子の人形。古いがかなり高価なものだ。けれど着ているドレスは
(なんだかかわいそう……)
右頬をゆっくりとさすり、手で
ふと子どもの
けれどある日、その人形がなくなった。泣きながら家の中、庭、物置小屋まで
(シンディの
いつもなら何倍にもやり返されるのが怖くて何も言えない。
(だけどこれは大事なお父様の形見だもの。シンディもわかってくれるはず)
けれどシンディはわかってくれるどころか
『お母様、お姉様が私をいじめるの!』
『だってそれはお父様が買ってくれたもので──』
『ユノ! お姉さんなんだから、それくらい貸してあげたらいいでしょう。シンディはあんたと違って、毎日魔法の勉強を
勉強ならユノだってシンディ以上に頑張っている。けれど結果を出せない者はこの家で価値はない。
それが十二分にわかっていたから、母が人形を取り上げてシンディに
ろくに食事を与えられなかったり
母は名門を背負っているプレッシャーから、シンディはそれが当たり前で単純に楽しいから。
それでもなんとか二人に愛されたくて、ユノは必死に母の手伝いをしてシンディの言うことを聞いた。
それでも駄目だった。
どうしてわかってもらえないんだろう。どうして自分には魔法が使えないんだろう。どうして自分には何も出来ないんだろう……。
答えの出ない問いが、小さな体の中で
(──やめよう)
実家を追い出されて三年半が経つ。少しは
それは自分が弱いからだろうか。
その時だ。人形の両目が
「何? どうなってるの……?」
「嫌ーーっ! 人形が、人形が宙に浮いてる!?」
ユノは
そんな二人の前で、人形が左頬を
「ぎいやーーっ!!」
キーラがパニック状態で、開いた
『マリー……』
と、小さな声が聞こえた。幼い女の子が呼びかけるような切ない声。
思わず足を止めて振り返ると、浮く人形と目が合った。
(この人形がしゃべったの?)
「ユノ、何してるの! 早く!!」
戸口でキーラが
「あの、キーラさん。今、あの人形しゃべりませんでした?」
「はあっ? 宙に浮いて笑っただけでは
思わず振り返った
その瞬間、鼻のあたりにすさまじい
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