【プロローグ】
「こんな初歩
「お姉様って本当に
母の冷たい目と妹の
代々魔法使いを
「ごめんなさい。努力はしてるんだけど……」
身を縮めてひたすら謝るしかない。そのたびに自尊心がごりごりと
(本当に、たくさん魔法の勉強をしてるのに……)
朝から晩まで時間のある限り。
けれど駄目なのだ。十一歳になっても、母や妹のシンディが片手間に出す小さな火魔法さえ発動できない。
出来ないユノに
妹はそんな母の
そんな毎日は
(
毎夜ベッドで願った。けれど明日は必ず
そんなユノの心が
ディルクは、亡き父の友人であるサスカルの家に預けられている少年である。その理由も
サスカルはもう引退したが、王立
その時ばかりはユノに辛く当たらない。かりそめの
それにディルクは優しい人で、ユノにいつも温かく接してくれた。
「ユノは優しくていい子なんだから、魔法なんて使えなくたって
ディルクのあざやかな青い目で見つめられると泣きそうになった。その時だけは、ほんの少しだけ自分に価値があるんじゃないかと思えた。
母が友人宅を訪れる時はシンディだけを連れて行く。ユノは連れて行ってもらえない。だからユノがディルクに会えるのは本当にたまにだ。
(それでもいい……)
多くは望まない。たまに会えればそれで
そしてユノが十四歳になった時のこと。
その日は朝から雨が降っていた。
「ディルク、いらっしゃい」
夕食後にディルクがユノの自室へやってきた。
(久しぶりに会えたわ……!)
胸の内がたちまち不安でいっぱいになった。
ディルクが
「実は来週、実家に
(
観念して
預けられているディルクがいつか実家に戻ることはわかっていた。
「実家はここから近いの……?」
ほんの少しの希望を込めて聞いた。けれど無情にも、ディルクは首を左右に
「いや、遠い。それにちょっと事情があって──もうこの家には来られないと思う」
「……そうなの」
元気でね、と笑顔で言わなければいけない。そう思うのにどうしても笑えない。それどころか顔の筋肉を必死に突っ張っていないと
(駄目よ、ちゃんと笑ってお別れしないと)
ディルクは唯一、自分に価値があると思わせてくれた人なのだから。
「実は、ユノにこれを
思い
「えっ……?」
想像もしていなかったものを見た時の反応は、きっと
それは指輪だった。女性の──ユノの薬指にぴったりの大きさの、金のリング。
(
はじかれたように顔を上げた。ディルクが今まで見たこともない、はにかんだような笑みを浮かべていた。
「これを受け取って、俺と
一言も発しないユノに、ディルクが不安げな顔をした。
ハッとして
「ディルクったらこんなところにいたのね。おじ様とおば様がそろそろ帰ろうと言ってるわ。その前に、私の部屋にも来てよ」
甘えるようにディルクの
「じゃあユノ、考えておいてね」
ディルクが小箱を置いて部屋を出て行く。
出て行く直前、シンディがちらりと振り返った。その目に浮かぶ
ディルクたちが帰った後でいつものように皿洗いをした。台所は広いけれど、置いてある調理器具は年季が入っていて古い。
いつもは辛いだけだが今日は違う。胸の内が幸せでいっぱいだ。
(考えてみれば、ディルクの素性を何も知らないわ……でも構わない。どれほど
「ユノ」
母に呼ばれた。苦々し気な顔の母と、その後ろでほくそ笑むシンディの顔を見た時に嫌な予感が胸をかすめた。
「これは何なの?」
差し出されたのはディルクからもらった小箱だ。自室の
「問い詰めてもサスカル様は絶対に答えないけど、ディルクはかなりいい家の子息だと思うのよ。上流貴族かもしれないわ」
(まさか。そんなはずない)
確かに
「いいえ、絶対にそうよ。だからシンディならまだしも、
カーソン様。その言葉が
領主の
周囲の大反対を押し切って下働きの
みるみるうちに
目の前が暗くなった。たたみかけるようにシンディの声がした。
「あんなに優しいディルクを、お姉様のせいで不幸にするのね。お姉様は役立たずなだけじゃなくて人でなしね」
ユノは
「これはサスカル様からディルクに返してもらうわ。もちろん婚約だなんてとんでもないと伝えてね」
母が
反論する気力がなく、ユノは頷いた。
それから半年後、ユノは母から勘当されて家を追い出された。
大事な
最低限の荷物とともに
指輪を返すとディルクが青ざめていたと、サスカルがこっそりと母に話していたのを耳にしたことだ。『ユノには二度と会いたくない』と言っていたと。
ショックだった。何より自分で決めたことなのに落ち込む自分自身が
(ディルクを傷つけたのは私なのに、なんて勝手なの……)
けれど絶対に絶対に、ディルクを不幸にだけはしたくないのだ。
どうすればいいのかわからない。こんな情けない自分は、どこかで下働きでもして小さくなって暮らすのがふさわしいのだろう。
ユノはのろのろと乗り合い馬車の乗り場へ向かった。行くところなんてない。目的地も、行きたいと思うところも。
だから、ちょうどやってきた王都行きの馬車に乗り込んだ。
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