069 異文化交流


「こんくりーと? っつーのが分かんねえから、応急処置的な補強になるな」


 『血溜まりの夜』の激戦を経てダメージを負った校舎を眺めながら、ドミニクは呟いた。


「特に正門近くの壁は随分と抉られている。こりゃあ、一日二日で終わるような作業にゃならねえなぁ」


 そう言いつつ、意気揚々と校舎の補強作業に取り掛かるドミニク。太陽が顔を出している間は、ほとんど休むことなく作業に没頭する。初め、リザードマンを恐れていた学生たちは、一生懸命補強作業に取り掛かる彼を遠巻きに見つめては、複雑な表情を浮かべていた。


「なぁ……あいつ、休憩とか取らなくてもいいのか?」


「でかい図体だから、体力あるんじゃないかなー」


 稜大や新泰は、工房の窓からドミニクを観察していた。未だに恐怖心が拭えた訳では無いが、それでも彼の努力は否応なく伝わってくる。自分たちの住処を補強してもらっているのに、知らぬ存ぜぬというのが妙に居心地を悪くさせるのだ。


 最初から、恐怖心を克服した者。

 恐れていることを必死に我慢して、なんとか平然と振る舞おうとする者。

 そして――時の経過とともに、次第に恐怖心が薄れていくもの。


「……あ、あの」


 堀青葉は、意外にも勇敢だった。


「ドミニクさんの好きなものって、なんですか……?」


 彼女が声をかけたのは、サムエルだった。毎日補強作業に勤しむドミニクを影で支えながら、彼女もまだ額に汗を流している。


「あら、なにか贈り物かしら?」


「は、はい……! せっかく、補強してくれているし……せめて美味しいものを振る舞おうかなって、みんなと相談していて……」


 サムエルは、ドミニクよりも一回り小さい。女性であることも相まって、抱かれる恐怖はまだマシな方だ。声をかけられるギリギリのラインだったのかもしれない。


「イツキくんから、聞きました。補強作業が終わったら、すぐに村に帰ってしまうって……そんなの、申し訳ないです。やっぱり、お礼したいなぁって」


「あら、そんなこと気にしなくてもいいのにね」


 やはりリザードマンという存在は、人間から恐れられるものだと彼らはすぐに理解した。だからこそ、余計な波風は立てずに、当初の目的のみを果たそうとしていた。ドミニクだって、それを承知している。そもそも彼は、異世界の建築物に触れて、それだけで満足している。


「びくびくしているの、失礼だと思います……だけど、どうしてもそれは難しくて」


「うんうん」


「だけどそんな自分が嫌だし……もっと、リザードマンのことを知りたいなって……。わからないから、怖くなる。知れば、震えは収まると思って……」


 青葉のような考えは、校舎組で最もポピュラーなものである。彼らとて、馬鹿ではない。ドミニクやサムエルが、純粋な好意で補強作業を手伝ってくれていることくらいわかっている。それでも気を許せないのは、相手のことを理解できていないから。必要なのは、小さなきっかけだ。


「あ、そうだ。あなた、『雷術士』なのよね? 彼から聞いているわ」


「……え?」


 予想以上に、驚いた表情を見せる青葉。それは何も、彼女が青葉の天職を知っていたからではない。サムエルが、仲間の天職を教えてもらえるほど信頼を得ていることが、驚きだったのだ。大崎イツキは、それほどまでに心を許しているのか。


 これに関して言えば、イツキは実利を取っただけであり、それ以上の信頼はないのだが――青葉からしてみれば、驚き以外の何物でもない。


「力を扱いきれなくて困っているって聞いているの。だから少しだけ、リザードマンの魔術を教えてあげてくれないかって言われてね」


「……まじですか?」


 まじですか、まじですか、と。

 壊れたラジオのように、同じ言葉を片言で繰り返す。


「リザードマンの『シャーマン』は、雷と炎を司るの。あなた、いい匂いがするわ。ほとばしる雷の、芳しい匂いよ」


「ほ、褒められていますかー、それー?」


「才能があるってことよ」


 サムエルと青葉の異文化交流が、今ここに始まる。



 ◆



「う、うおおおおっ!? な、何だそれは!? どういう格好だ!?」


 ドミニクとサムエルが来て、一週間後の夜。

 二人の協力を労いに来た中里新奈の格好を見たドミニクは、目を丸くさせて驚いている。


「何?」


「珍妙な格好を! なんだそれは!?」


 それもそのはずだ。今、中里新奈が身にまとっているのは、メイド服である。もちろん、江頭幸太の趣味だ。リザードマンのおもてなしとして、人間の文化で接待すると説明すると、驚くほど簡単に彼女はメイド服を着ることに同意してくれた。後押しした大地いわく、「ダメ元でもなんとかなるもんだ」とのことだ。


「これは、ご主人さまに使えるメイドの正装だよ! 人間のポピュラーな給仕服さ!」


 予想外に快諾されたことで、江頭幸太のテンションはめちゃくちゃだった。リザードマンの存在を一切気にもとめず、至上のメイドの完成を祝福していた。


「どうだ、ドミニク! この繊細なフリルのデザインを! 素晴らしいだろ! わはははははは!!」


 平山聖凪にメイド服を着せてから、彼のテンションは一本ネジが外れている。だが、陰気な雰囲気が若干消し飛んで、ちょっと近づき難いけど面白いやつに変わりつつあった。リザードマンへの恐怖よりも、手塩にかけて制作したメイド服のお披露目を優先する辺り、察して欲しい。


「……そこまで喜ぶようなこと?」


 着せられた本人は、無表情でドミニクに飲み物を振る舞う。リザードマン用の大きめでゴツゴツした食器に、なみなみとお茶が注がれた。


「家庭科室に残っていた、異世界のお茶っ葉。貴重だから、堪能して」


「う、うむ……」


 よくわからないが、労われていることを理解したドミニクは、ためらいがちに「お茶」に口をつける。だが、リザードマンの舌には合わなかったのか、怪訝な表情を浮かべるばかりだ。


「な、何だこれは!? に、苦すぎるぞ……!!」


「その苦味を楽しんで」


「といっても、なぁ……?」


 困った顔でサムエルを見つめるドミニク。呆れたようにため息を付いたサムエルは、コップをドミニクからぶんどる。


「……あら、本当。ほんのりとした苦味が広がって……まぁ! 素晴らしいじゃないの! この苦味が病み付きになるわね! もう少し、頂いても?」


「構わない。サムエルは話がわかるリザードマンだ」


「ごめんなさいね、この人味音痴だから」


「お、おい、俺だってまだ――!!」


 見慣れない異世界のお茶を楽しみながら、和気あいあいと盛り上がるリザードマンたち。もちろん、江頭幸太は彼らのために茶葉を用意したわけではない。ただ、メイド服を着せた新奈に給仕をさせるための理由が欲しかっただけである。


「おい、本橋。ここまで作戦が上手くいくなんて、お前は天才じゃないか?」


「よせ、事実だとしても照れるじゃないか。まったく、自分の有能さが恐ろしいよ」


「この調子だと、クラス全員メイド化計画も実現できるかもしれないな」


「任せろ、次は誰にメイド服を着せる?」


 ――とまぁ、馬鹿な会話を繰り広げていた。


「……給仕用の割に、動きづらい。ねえ、これ破いてもいい?」


「だめだめだめだめだめだめ~~~~~~~~~~~!!」


 許可を取る前にメイド服を破りそうな新奈を見て、青ざめて叫びだす幸太。


「ふりふり、邪魔」


「それがいいんだよぉ~~~~~~~~~~~~!!」


「変なの」


 そんな二人の様子を、大笑いしながらドミニクらは眺めていた。文化そのものはわからないが、メイド服が彼にとって非常に大切で、相当なこだわりを持っていることは伝わった。そのうえで、その必死さを受け流す新奈が愉快極まりないのだ。


「救世主様は、いつでもどこでも変わらないなぁ」


「ええ、全く。そんな彼女だからこそ、リザードマンを救えたのでしょうね」


「……褒められてる?」


「もちろん」


「なら、いい」


 穏やかに、新奈は微笑んで。


「……二人が楽しそうで、何より」


「…………」


 メイド服を身にまとって、儚げに笑みを見せた新奈。

 気を許していたドミニクは、一瞬だけ、メイド服の新奈の魅力に触れてしまう。


「……それ、なんだっけ?」


「メイド服?」


「めいどふく……」


 ちらりと、サムエルを見つめて。


「なぁそれ、リザードマン用にも……」


「馬鹿なこと言わないの!」


 ごつん、と。

 軽く頭を小突かれて。


「これは、人間のための衣装よ。私に似合うわけないでしょ」


「そ、そんなぁ~~~」


 わははは、と。

 今度は幸太や大地が声を上げて大笑いする。


 少しずつ、少しずつ、互いの緊張が解けてゆく。

 やはり時間こそが、仲良くなるために必要なものだった。

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カースト順位で能力が振り分けられた異世界に集団転移した生徒たちが、殺伐とした世界で必死に生き抜く中、ひっそりと最強へと成り上がります。【無秩序な終末世界にて】 ルクル @monokaki_samurai

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