068 おかえり


「『闇人』の身体を引き裂いたのは、あなたの加護の力なのね!」


 聖凪と顔を合わせたサムエルとドミニクは、『聖女』を名乗った瞬間、歓喜の声を挙げた。


「あんたのおかげか! 俺たちゃ一族全員、おめーらに救われたと言っても過言じゃないぜ」


「え、ええっ!?」


 挨拶もそこそこに始まる、気さくな会話。

 見た目のいかつさとは裏腹に、彼らはとても人懐っこい。


「な、何のことかしら!?」


「……とにかく、『聖女』様のおかげでリザードマンは救われたってことだよ」


 詳しい説明は後にして、今は歓喜の輪を受け入れてほしい。


「新奈から少しだけ聞いている。物理干渉の出来ない相手だとか」


「そうそう! 歴戦の勇士すら敵わなかったんだ! それなのに、『聖女』様の加護によって奴らは存在ごと抉られちまった! あれは痛快だったなぁ!」


「そ、そう……なの? 役に立ったのなら、何よりね」


 だが、ドミニクの興味はそれ以上に飼育小屋に向けられていた。先程から何度も壁を触っては、質感に目を丸くさせている。


「……凄えなあ、人間はこんな立派な建物を作れんだな。いや、ここも凄えが、あのコウシャって奴は意味がわからん、どうやったら作れんだ?」


「俺たちにもわからん。俺たちの世界の技術者が作ったもんだしな」


「私たちの国では、大規模な地震が頻繁に起こっていた。だから、耐震性や耐久度に関しては厳しい基準が設けられていたはずだ。そういった点からも、見慣れないものだろう」


「……地震が頻繁に……? ドラゴンでも住み着いているのか……?」


「まさか」


 違った国、違った世界のすれ違いに、思わず笑みを浮かべる聖凪。


「校舎に踏み入るには、もう少し時間が欲しい。全員がリザードマンを受け入れてから出ないと難しいから」


「わかってる。この飼育小屋とやらを見ているだけでも満足だ」


 そうこうしていると、鹿島心がむすっとした表情でイツキに近付いてくる。ちらちらとリザードマンの様子を伺っているところを見ると、恐れを抱いていることは間違いないだろう。


「……ねえ、大崎」


「ん? ああ、久しぶりだな、心」


 どうやら機嫌が悪いことだけは間違いないらしい。心当たりのないイツキは、平然と受け答える。


「どうしたの? 嫌なことでもあった?」


「……帰ってきたなら、真っ先にあたしのところに来なさいよ」


 ぼそりとこぼれた、彼女の不満。


「ああ、ごめん。お土産は……えっと、忘れていて……」


「そうじゃないわよ!!」


 もういい! と、じたばたと地面を踏みつける。起こっていることは間違いないが、それでもどこか楽しげであった。


「あ、あたしにもそのリザードマンを紹介しなさいよ」


「え?」


「平山さんだけなのずるいわ。ほら、早く!」


 といいながら、がくがくと足が震えている。彼女たちと違って、心は間違いなく得体の知れない化物だと認識していた。だが、彼女の一生懸命な強がりを見て、ドミニクは一歩踏み出した。


「ひ」


 咄嗟に口を覆う心。悪気がないことは伝わっているのか、ドミニクは嬉しそうに目尻を緩める。


「鱗は固くて分厚い。ちょっと小突いても痛みはないぜ」


「……え?」


「魚の鱗みたいに、ぬめぬめしているわけじゃねえ。立派で誇らしい鱗だ。だけどその内側の肉は意外と柔らかくて、刃物で傷つけることも容易い。ほら、覚えておけおよ。リザードマンの肉体の基本だ」


 にっこりと笑って、内側の弱い部分を見せるドミニク。


「つい先日も、物理干渉の通じない相手に全滅しそうになったところだ。俺たちは力強い種族だが、それでも最強じゃねえ。こんな立派な建築物は作れねえし、天職なんてもんにも縁がない。図体がデカいだけじゃ、この世界では生き抜いていけねえんだ」


「え、ええと……」


 想定外の言葉に、戸惑う心。彼女とて、理解しているのだ。ドミニクなりに、誠心誠意、歩み寄ろうとしていることを。


「ほら、触ってみろよ。手にひらなんか、ぷにぷにしてるぜ? 意外と弱そうだろ?」


「あ、ほんとだ……」


 傷だらけの右手を広げてみると、弾力のある肌が顔を出していた。震える指の先が接触すると、想像以上に柔らかい。


「イツキたちには、恩がある。信じてくれっつーのも難しいだろうけど、まぁ、信じてもらえるように頑張るよ。俺は、人間と仲良くしてーんだ」


「……そう、なの」


 それでも彼女は恐怖を捨てきることは出来ないが、足の震えはいつの間にか止まっていた。及び腰ではありつつも、少しは認識を改めたのだろうか。


「ドミニク、あんまり女の子を怖がらせちゃ駄目でしょ」


「へーい」


 ばいばいと手を降って、聖凪や朱鷺と会話するサムエルの元に戻っていく。その罰の悪そうな表情は、日常によくあるものだ。


「ちゃんと説明してよね」


「わかってる」


「……怪我、してない?」


「もちろん」


「危険じゃなかった?」


「実は少しだけ」


「収穫は?」


「それはこれからはっきりする」


「……はぁ~~~~~~」


 わざとらしいため息をついて、その場に心はしゃがみ込む。


「これでも一応、心配していたのよ。あんた、無茶しそうだし」


「見送るときは、そんな風には見えなかったけど」


「そりゃね。心配しているあたしなんて、可愛くないでしょ?」


「どうだろ」


 きっと彼女はイツキの想像以上に心に影を落とし、彼らの身を案じていた。それでも弱みを見せたくないから、校舎組では強がった表情を浮かべ、なんてことのないように振る舞っていたのだ。


 鹿島心は、特別に強いわけではない。

 だが、特別に強がりをしたがる、背伸びしがちな女の子なのだ。


「あたしの衣装、とびっきり可愛く作ってよ」


「中里さんの後でな」


「馬鹿じゃないの!」


 嘘でもいいから、頷いてよと。

 理不尽な怒りを向けつつ。


「ねえ、大崎」


「ん?」


 最後に、一言だけ。


「……おかえり」


「おう」


 はにかみながら、イツキは答える。


「ただいま、心」


「……ん」


 つい先程まで怒りを示していた少女は、たったそれだけのやりとりだけで、嬉しそうにはにかんでいた。






 


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